第5話 メリーさん

 



 メリーさん。

 その名前を聞けば、大体の人は誰なのか分かるだろう。


 余りにも有名な都市伝説。そして語られる容姿。

 その知名度は計り知れない。


 ただ、実際に対面したことのある人はいるのだろうか。

 残念ながら、都市伝説通りなら出会った瞬間サヨウナラ。話を広めることすら叶わない。


 俺だって、まさか生きている内に出会えるとは思いもしなかった。

 自称の可能性も考えられるが、ドアも開けずに部屋に入り、ふと目の前に現れる時点でこの世の人ではないのは確かだ。


 そんなことを考えながら、俺はもう1度目の前に座るメリーさんを確認する。

 少しウェーブのかかった長いブロンドの髪。

 色白の肌。

 二重でくっきりとした目に、透き通るような緑色の瞳。

 中世ヨーロッパを思い出させるよな服装。

 元々が西洋人形だったという都市伝説通りなら……その容姿は合点がいく。

(やっぱり見れば見るほど……都市伝説のメリーさんそのものだよな)


 とはいえ、今まで自分が見てきた幽霊とは違い、あまりにもハッキリとした姿には戸惑う部分もある。

 大体は薄かったり、身体の一部が無かったり、声だって断片的に口にしている人もいれば、呻き声しか出せない人もいる。


 そんな中、目の前のメリーさんは良い意味でおかしい。まさに目の前に普通の女の子が居るかの様な感覚だ。

(まぁ、俺の部屋に女の子がいる時点で違和感はありまくりなんだけどね。にしても、正座……してるよな? だとするとテーブルから見える上半身から逆算して身長は150センチくらいか。それにやっぱりなかなか胸もあるよな? サイズ的に……)


「ねぇ? いつまでジロジロ見てる訳? 聞きたいことがあるのでしょう?」

「あっ、ごめんごめん。なんか本当に女の子が居るような感覚でさ」


(って、まずいまずい。目の前にメリーさんが居るのも変な話なんだけど、その他色々おかしなところがあるんだ。メリーさん自身にも興味はあるし……どうせならその辺聞かないと)


「それについては否定しないわ。それで?」

「えっとじゃあ……ズバリ胸は何カップでしょう?」

「……はっ?」


(うおっ、あの凍えるような目はヤバい! いや、いくら幽霊だからって流石にデリカシーがなかったな)


「いやいや何でもないです。あの、じゃあ……あなたは、かの有名な都市伝説に登場するメリーさんで間違いないんですか?」

「……あぁ。なんかそういう話があるみたいね。聞いたことはあるし、色々言いたいことはあるけど……答えはイエスよ」 


「マジですか。じゃあ、率直な疑問なんですけど……電話掛けてきたじゃないですか? どこで俺の携帯の番号を?」

「番号? そんなの簡単よ。遊んでもらった人の携帯から適当に選んでるだけ」


(遊ぶって……絶対楽しい事じゃないよなぁ。俺の前に遊んでもらった人ご愁傷様。……ってあれ? 俺の番号知ってるってことは、俺の知り合いなんじゃね?)


「えっ? てことは、その遊んでもらった人って俺の知り合いなんですか!?」

「知り合い……かどうかは分からないわよ。けど……あなた見てると、どうも関係性が見えてこない」


「関係性って……ちなみに名前は? どんな奴でした?」

「あのねぇ……少し遊ぶだけの人の名前なんて覚えてるわけないでしょ? 覚える必要もないし。けど、男だけど髪の毛長かったわね。あと、部屋も汚かったわ。……あぁ思い出すだけで吐き気がする」


(男で長髪? 誰だ? 俺のスマホに入ってる知り合いで……って違うな。俺が知らなくてもあっちが知ってたって場合もある。けど、思い当たる節は無いぞ?)


「……これはわたしの推測だけど、多分あなたとは取り分け関係のない人だと思うわ。訛りが違うし、仕事してるみたいだった。何人も詰め込まれた部屋で、必死に電話してたわね」

「訛りって……分かるんですか!? くっ、せっかく標準語を取得したと……って。仕事してた? しかも部屋でひたすら電話?」


(おいおい、それって明らかに詐欺とかそっち系じゃ……)


「そうね。むさ苦しそうだったわ。まぁ、沢山番号入ってたから、次の遊び相手は選び放題だったけど」


(おいー! やっぱそっち系か。けどなんでそんな人が俺の番号を!? むしろそっちの方が怖いんですけど)


「そんな引く手数多の中から選んだのが……あなたとはね」

「いやいや、なにその顔! 溜息!」


「あなたねぇ、この状況分かる? このわたしが遊ぶ気すらなくなってんのよ? なんでか分かる?」

「いや……あっ、パンツ見られたからですか?」

「なっ!」


 その瞬間、少しだけ頬が赤くなるのを俺は見逃さない。

 普段は強気な態度の中、時々浮かばせる弱い部分。


(このメリーさん……ツンデレとみたっ!)


「大体ね! なに寝ころんでるのよ! おかしいでしょ?」

「えぇ!? お言葉ですけど、今まで電話取った時、寝てた人居なかったんですか? 壁にもたれ掛かってたり……」


「まぁ実際壁に寄り掛かってる人は居たわ。けど、そんな状態だったらこっちも分かるわよ。容赦なく上から登場するわ」

「じゃあ、睡眠中の人は……」


「大体ベッドでしょ? そもそも、いくら寝ててもわたしからの電話出たら飛び上がってたわよ」

「じゃあそのまま熟睡中だったら……」


「永遠に夢から醒めないでしょうね」

「こわっ!」


(さっ、流石都市伝説。やることがえげつない)


「ちなみに、その遊んでくれた人達ってのは、その後……」

「そうね? ……色々かしら?」


「いや、色々って……どの程度の間隔か分かりませんけど、そんなことしてたらニュースになってますって!」

「あのねぇ、色々は色々よ? ケチャップ出しすぎたり、うれしくて飛んでっちゃったり。それとね? 年間で行方不明の人って何人いると思う? それこそ、届出すらされない人もいるわよね? そういうこと」


(こっ、これ以上深く聞かないことにしよう。うんそうしよう。体の隅々がそう警告している)


「なっ、なるほど」


(とにかく話題を変えないと……)


「そっ、そういえばカップラーメン好きなんですか?」

「カップラーメン? えぇ好きよ」


「いっ、いやぁなんか意外ですね。ちなみに何味が好きなんです?」

「特に好きな味はないわ。カップラーメン自体が好きだから」


(よっし、上手く話題を逸らせた。にしてもカップラーメン好きとはな……やっと共感できる部分が見つかった)


「それにしても、お湯の沸かし方とか分かるんですね」

「ちょっと、誰だと思っているの? それくらい分かるわ」


「いやぁ、すいません」

「……もう。あなたって本当につまらないのね。わたし疲れちゃった」


(はい?)


「いや疲れたって……」

「そもそもあなたがあんなことしなければ、今頃楽しく遊んでいたのよ?」


「えぇ!? あんなことって……」

「わざわざタイミング良く寝て……挙句のあてに下に……」


(ん? なんかどもってね? これは……微弱に感じる恥じらい!)


「いやぁごめんごめん。レース付きだとは思わなかったもので」

「ちょっ……あなた……」


「けど、なんかイメージとは違う感じ……」

「あなた、小声でさっき言ってたけど……まさか本当に全部……」


「えぇ。レース付きの真っ白いパンツ見ましたよ」

「くっ、くぅ……嘘よっ!」


「いやいや、違うくないですよ?」

「うるさいうるさい」


(なっ、なんだ? いきなり子供っぽくなったぞ? こりゃ完全にツンデレだな。この容姿……ツンデレ……最高かよ)


「いやでも……」

「もういい。疲れた」


「はい?」

「疲れた疲れた。遊べると思ったのに、あろうことか出張った先にはつまらない奴」


「つっ、つまらないって……そんなハッキリ言わなく……」

「いや、ほんっとにつまらない。今世紀最大につまらないわ」


(待って、あなたが言うとかなりの説得力なんですけど? しかも今世紀最大って……かなりショックなんですけど!?)


「いっ、いや……」

「つまらなくて、疲れた。本当に疲れた。ということであなた責任取りなさい」


「えっ?」

「疲れたって言ってるの。見れば使ってない部屋ありそうじゃない。ちょっと使わせてもらうわよ」


「はい? あの言ってる意味が……」

「あまりにもあなたがつまらないから、疲れた。今日は別の人と遊ぶ気にすらならない。移動する気もなれない。だからそこの部屋使わせてもらうわ。飽きるまでね? そんであんたその責任取って、カップラーメン準備しなさい? いいわね?」


(……責任って! 部屋使う? 飽きるまで使う? しかも遠回しにご飯を用意しろ? まてまて色々理解が……)


「そのつまり……メリーさんはしばらくここにいると?」

「えぇ」


「んで、そこの空き部屋を使うと?」

「えぇ」


「そんで俺はメリーさんの為に3食用意しろと?」

「その通り。理解が早いわね」


(ちょっとまて? 飽きるまでと言いつつ、これって……1つ屋根の下にメリーさんが居るってことじゃね? 言い方変えると同……)


「ちょっと? いいわね? 嫌とは言わせないから。そんじゃ、わたしは寝るから……じゃあね」

「ちょっ……」


 こうして、俺意見なんかガン無視のメリーさんは、すたこら部屋の方へと歩き出す。そしてリビングから見える3つのドア、その1番窓側の部屋へと入っていった。


(いやっ、当たり前のようにドア通り過ぎないでもらえます? せめて普通に開けてくれませんかね?)


 心の中ではそうツッコんだが、有無も言わせないその姿に圧倒され、俺はその後姿を見守る事しかできなかった。


(まじかよ行っちまった。てか、本当に居座るつもりなのか? まぁ空き部屋あるから別に……って待て待て! メリーさん端の部屋行ったよな!? ヤバい! あそこは唯一空き部屋じゃない。俺の……)


「きゃぁぁぁ! ちょっとぉぉ!」

「萌えグッツ置き場ぁ……」



 こうして色々なことがありまして、なぜか知らないけれど……


 俺はメリーさんと一緒に住むことになった。




「この変態ー! 何よこれぇ!」

「ちっょ、ちょっとメリーさん!? 頼むから壊すのだけは止めてぇぇ!」



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