第2話 始まりは突然に

 

 



「ありがとうございましたー」


 俺の名前は駄賃場だちんば夏月なつき。大学1年生だ。

 高校卒業を機に、憧れの東京デビューを果たした……いわいる上京組。実家は本州の端っこで俗に言う田舎だ。

 それでもまぁ、ここでの生活も数カ月。ここレインボーマートでのバイトも決まり、都会の生活にも慣れて来た気はする。


 ちなみにさっき機嫌を損なわせてしまったのは、ここの店長槻木つきのきさん。黒ぶち眼鏡にその鋭い眼こ……いや、凛々しい顔立ちは出来る女性像そのもの。


 実際、仕事はかなり出来る。俺達バイトやパートのおば様方のシフト調整は勿論、商品の仕入れやその他もろもろを完璧にこなしているし、ましてやあの年齢で店長をしている時点で疑いようがない。

 いやまぁ、実際に年齢を聞いたことは無いけど……雰囲気的に若い気はする。


 最初はその冷たい言動と表情に、今後一緒に働いて行けるのかと一抹の不安を感じたけど、意外と慣れるもんだ。なんだかんだで、あだ名で呼んでくれているし。ただ『だっち』は如何なものだろう。外人みたいで気に入ってはいるけど……って、そんなことは今はいい。


「はぁ……」


(どうやって機嫌……治してもらおうかな……)




 ●●●




「お疲れ様でしたー」


 コンビニから一歩外に出ると、もわっとした空気が顔面を捉える。

 それと同時に噴き出す汗が、その蒸し暑さを思い出させた。


「うおっ……今日も暑いなぁ」


 夜だというのにこの暑さ。東京にも慣れたと思ったけど、この熱烈な歓迎には未だに尻すぼみしてしまう。

 とは言え、幸いにもマンションはすぐ近く。本当に家の近所でバイトが見つかったのは運が良かった。


 それに運が良いと言えば、とろける極上プリンを献上したことで無事店長の機嫌が直ったことだろうか。

 直接聞いたことはなかったけど、店長の後に休憩に入ると高確率で休憩室のゴミ箱にデザートの殻が捨ててあることに気が付き、ピンときたもんで……ここぞという必殺技が上手く決まった。


 なんてことを考えながら、コンビニを出て約30秒。自販機の前を通り過ぎるとそこはもう家。

 ほぼほぼレインボーマートの隣といっても過言ではない場所に、そびえるのは5階建ての立派なマンション。その外見はいつ見ても真新しく感じてしまう。


(よっと、中に入って……エレベーターのボタン押してっと)

 エレベーター付きで5階。トイレと浴室が別で、部屋も4部屋という多さを備える。

 それがここでの俺の住処。いや、お城だ。


 大学から3駅は離れた場所だけど、比較的駅の近くだから通学にはさほど困らない。ましてや周辺のアパート・マンションの家賃に比べると結構安いし、不動産屋さんの話だとその住み心地からか滅多に空くことがはない物件だったらしく、運が良かったらしい。


(大家さんもめちゃくちゃ綺麗な人だしね)


 ガチャ


「ただいま」


 こうして今日もいつものように帰宅。もちろんただいまなんて言ってはみたけど、部屋には誰も居ない。まぁ実家の癖という奴だ。

 最初はドアを開けた瞬間の暗い雰囲気に慣れなくて、無意識に口にしてたっけ。


「ふぅ」


 部屋の電気を付け、ソファに鞄を置く。

 すかさずエアコンのスイッチを付ければ、あっと言う間に花金ナイトモードの完成だ。


 大学生、ましてや夏休み中に花金なんて言うのはおかしいかもしれないけど、明日はバイトも休み。

 自由な時間が過ごせるのは心が躍る。

(さて、何しようか? 海外ドラマでも一気見するか。いや、前に届いたゲームをオールで……)


 ピリリリリ―――


 なんて考えに耽っていた時だった。突然、鞄のスマホが鳴りだした。


(ん? 誰だ? こんな時間に……)

 徐に鞄を開けると、すかさずスマホを手に取る。そして、待ち受け画面に目を向けると、


 非通知


 その文字が表示されていた。


(非通知?)

 正直、心当たりはなかった。いつもだったらそのまま無視していたかもしれないけど……今は花金ナイトモード。その浮ついた心が、画面をスワイプしていた。


 ピッ


「もしも……」


 ≪もしもし? わたし、メリーさん……今、清春駅きよはるえきに居るの……≫


 プツッ


(……はっ?)

 その短い通話。その非通知の電話。その内容は、頭を真っ白にするには十分だった。

 確かに聞こえた女の声。そしてメリーと言う名前。

 俺にはメリーと言う友達は居ない。ただの間違い電話じゃないかとも思った。

 けど、電話越しに聞こえた清春駅は……自分の住んでいる場所の最寄りの駅で間違いない。


(いや……まさか……)


 ピリリリリ―――


「はっ……」


 考えがまとまらず、ただスマホを握りしめていた時だった。またしても着信音が流れる。

 そして恐る恐る画面に目を向けると、そこには……


 非通知


 またしてもその文字が表示されていた。


 ……ゴクリ


 思わず生唾を飲み込む。頬には汗が伝い、スマホを持つ手が微かに震える。


(これは……まさか? いや……)

 電話の内容。その名前。そんな一連の流れに思い当たる節はあった。それは余りにも有名な都市伝説。誰もが1度は耳にした事のあるようなモノ。

 けど、有名だからこそ誰かの悪戯じゃないか? そう感じる部分もあった俺は……


 ピッ


 もう1度、その電話に出ることにした。


「……もし……」


 ≪もしもし? わたし、メリーさん……今、レインボーマートの前に居るの……≫


 プツッ


 その電話の主は、さっきと同じ人物で間違いなかった。そして口にしたレインボーマート……その名前はまたしても心当たりがある。


(待てよ……レインボーマートって……俺のバイト先)

 今さっきまでバイトしていたコンビニ。それこそレインボーマートだった。


 ピリリリリ―――


「ちょっ、待て待て……」


 理解が追い付かない。

 駅からレインボーマート。その順序は確かにへと続く順路でもある。


(けど……本当なのか? 本当にあのなのか?)

 あまりにも有名な都市伝説。だからこそ、一種の作り話なのだと思っていた。

 ただ、またしても表示された非通知の文字は……その考えを打ち砕いて行く。


(もう1回……出てみるか……)

 恐怖と好奇心。そのどちらかかは自分でも分からない。ただ、その指先は画面へと向かっていた。


 ピッ


 ≪もしもし? わたし、メリーさん……今、シャトレー晴夢の前に居るの……≫


 プツッ


 ……ここまで来ると、もう信じるしかなかった。

 どんな目的か、なんで俺なのかは分からない。ただ、着実に……


(おいおい、まじでこのマンションの前に居るのか?)


 メリーさんは近付いて来たのだから。


 ピリリリリ―――


 あからさまに、そのペースは速い。

 近付いていることを示すかのような間隔の速さに、何とも言えない感覚が襲いかかると同時に……心の中で1つの考えが浮かびあがる。


(マジモノのメリーさんだとしたら……助からないんじゃね?)


 ピッ


 ≪もしもし? わたし、メリーさん……今、505号室の前に居るの……≫


 ……終わりだ。

 505号室……それはまさに自分の家で間違いない。あのドアの向こう側にメリーさんはいる。

 そう思うと、俺は都市伝説でのメリーさんの話を思い出した。


(確かメリーさんって元々は外国製の人形……だったよな? そんで最後は、今あなたの後ろに居るのって言って、振り向くと……ってとこで話しは終わってる。その後は諸説あるけど、まぁ命を奪われることは確かだ。と言うことは、次の電話で……)


 ピリリリリ―――


(これを取ったら後ろに居るってことか)

 都市伝説通りなら、次の電話の内容はこうだ。わたしメリーさん、今あなたの後ろに居るの。

 そして振り返った瞬間、そこにメリーさんが居て、後は……


(元々人形だったメリーさんか。ネットのイメージだと、金髪でロリータっぽい服だったよな……ん? ロリータファッション!?)

 その刹那だった。自分でもよくは分からない。ただ、頭の中に浮かんだメリーさんの人物像。それがハッキリした途端、ある疑問が頭を過った。


(電話に出たら、今あなたの後ろに居るのってなって……後ろに居るんだよな? だったら、電話取った瞬間…………床に寝てたらどうなるんだ?)

 この状況……つまり後ろに空間があるなら、いわいる瞬間移動で背後を取られることも止む無し。ただ、タイミング的に背中に空間がない場合……メリーさんはどうするんだろうか。


 我ながら、呆れたものだ。命の瀬戸際だと言うのに、なぜそんな疑問が浮かぶのか。

 けど、逆にこうも思えた。



 どうせ死ぬなら、やって死のう。



「よっし」


(行くぞ。電話出た瞬間、床に仰向けに寝る。これで後ろには行けないはず。あとはどうなるか知ったことか。運が良ければ……助かるかもしれない)


 その瞬間、俺は覚悟を決めた。


 ピッ


 ≪もしもし? わたしメリーさん……≫


 電話口の声は、今まで聞いて来た女の声で間違いなかった。それを確認すると、俺はすかさず床に寝ころんだ。


(えぇい。あとは気の向くまま、どうにでもなれ!)

 そんな思いを胸に、俺はただ真っすぐ天井を見つめた……



 ≪今、あなたのうし……えっ?≫



 その瞬間だった。

 それはあり得ない光景だった。


 目の前には天井が広がっていたはずだったのに、それが一瞬にして薄暗くなった。


 まるでトンネルに入り込んだ……そんな感覚。

 そしてその奥底の光景が視界に映った瞬間、俺は思わずこうつぶやいていた。




「あっ、白いパンツ。レース付きかぁ」




 ただ、そんな白い光景も一瞬。どこからともなく聞こえてきた声と共に、俺の視界は真っ黒になってしまったのだから。






 俺の名前は駄賃場夏月。

 一般的な男子の考えと、

 一般的な男子の欲求を持つ。


 して言うなら、少しだけ霊感があるだけの……


 ごく普通な大学生だ。




「バッ……バカぁ!!!!!!」




 うぐっ!



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