第2話 鎌鼬

 色葉と並んで神社まで引き返した。

 まだ日が高いので独りで帰れるというけど、送るつもりでいた。夜になればなるほど気分がいいからだ。

「六花姉に依頼が来ているんよ」と色葉はいう。

「最近さあ、都会もんが準備もなしにお山に来てら、それで怪我するひとが多いんよ。ほら山ガールとかキャンプものがアニメで出てからさあ」

「怪我ってそれ滑って打撲とか、打身とか」

「いんや、切り傷。それも刃物みたいに深いんやて。そうすぱっと」

「切り傷か」

「そんでね。町からの依頼が来てんの。地鎮祭みたいな予算で申し訳ないけどって。その怪我人が多く出た野原を、巫女舞で鎮めて欲しいんやて」

「それはどこ?遠くは嫌だな」

「うん、近場って言えば近いよ。大蛇が原」

「ああ、あそこか。それでもそれって巫女舞よりも、鳥獣駆除の方がいいんじゃない。ほら回覧板にもあるように猪とか」

「その猪も切り刻まれた死骸があったんだって。芒や笹ではああならないって」

「・・猪が?」

「そう、それが何体も出るって。それで誘われて熊まで山を下りてくるんだって、ちょっと大事ずら」

「そうね。町からのお祓い料は主家で受け取ってよ。私はこの間稼いだし、それにこの仕事が鬼絡みならば、そっちこそ幸いなんだけどな」

 色葉は無作法な片手拝みだけど、右手を顔の前に立てて、はにかんで笑った。

「ボクからもちょっとお願い。そのお祓い、ボクも一緒にするしない?」

 私は苦笑してその作法に小言を言いかけたが、はっと思ってやめた。そうだな、私の見ていない所でこの子の能力が発動するのは心配だ。

「いいわよ、でも本当に鬼だとわかった段階では、身を引くのよ、わかった?

それが条件」

「約束ね」と言って、隠していた左手でお守りを出した。妙な気が立っている。まだ真新しいもので、さほどの霊力も感じない。

「これは?」

「その怪我した人が持っていたお守りだって、何かの手がかりになるかと思って、総務課から預かってきた」

「そう」と呟いて、私は色葉を促して見送りに立った。

 しばらく並んで降ったところに父親がRV車に座っていて、スマホ画面を見つめていた。全く嫌われているものだ。

 運転席側の窓ガラスにこんこんと突いて、にこりと微笑んでみせた。

 背骨が凍る思いをしただろう。


 翌朝は三段の滝で行をしていた。

 麻の行衣のみでもちろん下着などはつけない。

 滝に打たれていても迸るような発熱がある。

 これは修行ではない。

 体熱を下げるためで、それは雪女の生理でもある。

 雪女は猛烈な超冷気を発することができる。

 自分の思いのままの空間を瞬時に凍結させたり、予め念を送った場所を凍結させることもできる。呼気で超冷気を直接受ければ、この滝であろうと一瞬で巨大な氷柱となる。

 そればかりか大気でさえ液状化させることもできる。

 雪女はいわば生体の高出力熱交換機みたいなものだ。

 ただそこに存在しているだけで、周囲の熱量を奪い、溜め込んで圧縮し続ける。変換熱を適度に放出しないと周囲を絶対零度まで引き摺り込みそうだ。

 鬼や悪霊との闘いを厭わないのも、この能力の発散にただ都合がいいということに過ぎない。

 折をみて溜め込んだ熱量はじわじわと放出して、自分由来の冷気を中和している。肉体にそうした変換熱が溜まると意識がぼうっとなる。人間にも熱が溜まるとそうなるらしい。このために鬼との闘いでの長期戦は特に警戒している。

 雪女とはいえ物理法則には逆らえない。

 奪った熱量は排熱として宥めているが、つい注意を怠ると排熱で小火を出してしまうこともある。

 夏場は空調代わりに神社の周辺を冷却するままにしていた。蓄積した無駄な熱量は天空に散布して夕立を楽しんだ。色葉は「主家よりもこっちが涼しい」と言って、受験時の夏休みなどは本殿に居続けたものだ。

 秋になって気温が低くなると、奪熱と排熱の微調整に気苦労が絶えない。それに面倒な時はこうして水ごりや滝行をして精神の休憩を楽しむ。

 そもそも私には空腹感はない。

 それではなぜ獲物として、生き物の生気や精気、鬼や怨霊を喰べるのか。また喰べたくなるのか。

 生命活動のためには、熱交換だけでも何とかなりそうな気もする。けれどもとても味気ない生活に思える。

 獲物の成分は、ビタミンみたいなものだと思う。私たちは獲物の記憶や意識を補食時に共有する。重たい恨みなどが篭っていると、本当に美味しい。そのスパイスみたいなものが私の長命に繋がっている気がする。

 そう。

 私は三世紀は生きている。 

 

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