ファミリー

 結婚は人生の墓場だと言うが、僕の場合は完全に逆だ。


 結婚するまでの僕の環境は、墓場そのものであった。

 居心地は悪く窮屈で、土埃に塗れた酷い場所であった。


 しかし、意中の女性が目に留まってから僕は居ても立っても居られず彼女の前に飛び出し、無事に交際し、結婚に至った。


 今では、マイホームで2人仲睦まじく暮らしている。


「ねぇ、あなた」


 散歩中、ベンチでひと休みしていると、愛しのハニーが上目遣いで猫撫で声を出す。


「私、そろそろ子供が欲しいな♪」


 そうだな……と、彼女の目を見る。

 彼女と二人で過ごす時間も良いものだが、子供がいれば、もっと賑やかで楽しそうだ。


「それじゃあ、今夜……しよっか?」


 僕の問いに、ごくりと喉を鳴らして頷くハニー。


「私ね、男の子と女の子の二人が欲しいな」

「ははは。そんな上手くいくかねぇ」


 ベンチから見える住宅街を眺める。

 あの辺の住民も、みんな子宝に恵まれ、幸せな家庭を築いている。




 その夜の僕たちは、久しぶりということもあり……まあ、派手にやってしまった。


 お陰で、服もぐしょぐしょになってしまい、洗濯しても汚れが落ちないが、こんなものをクリーニングに出すわけにもいかない。


 かなり激しくやってしまったが、近隣住民にバレていないようで安堵する。






 こうして、子供が2人できた。


 ハニーの要望通り、男の子と女の子が一人ずつが家族に加わり、4人家族となった僕たちは、わいわいと仲良く食卓を囲う。


「ママ、このお肉硬いよ」

「あらそう?じゃあ、こっちの柔らかいもも肉と替えてあげる」


 硬い肉を捨て、もも肉を娘の皿に乗せる。


「ねぇ、パパ」


 肉をくちゃくちゃと咀嚼しながら、息子が言う。


「もっと大きな家に住みたい。それでね、お爺ちゃんやお婆ちゃんとも一緒に暮らしたい」

「ははは、それはなかなか大変そうだね」


 確かに、今の家では4人より増えてしまうと狭くなってしまうため、祖父母と同居するとなると、もっと広い家が必要になってくるだろう。


 そうなってくると、やはり引っ越しが必要になってくる。


「いいんじゃない?あなた」


 いつものように、上目遣いでこちらを見るハニー。


「ああ、そうだな」


 手に持った肉を皿に置き、少し考える。

 そういえば町外れに、老夫婦が暮らす立派なお屋敷があったことを思い出す。


「そういうことなら、今夜も……ね?」


 猫撫で声を出すハニー。

 まったくもう、そんな誘い方をされたら、断れないじゃないか。


「この前は二人だったけど、今夜は家族四人でやろうか」


 娘と息子も、こくこくと頷く。

 良い団結力を持った家族になったものだ。





「ごめんくださーい」


 その夜、家族四人で大きなお屋敷を訪れる。


 お爺さんとお婆さんを入れて、6人で住むとなると、少し広過ぎる気がするが、まあ育ち盛りの子供には広いくらいがちょうどいいだろう。


 ブザーを鳴らすと、眠そうなお爺さんが扉を開ける。


「なんじゃい、こんな時間に……」


 しょぼしょぼしたお爺さんの目つきが、みるみるうちに見開かれていく。


「……う、うわぁあああっ!!ぞ、ゾンビだぁあああああっ!!」


 とんでもない声量。

 これでは近隣住民にバレてしまうじゃないか。

 お爺さんの首筋に噛み付くと、お爺さんは呻き声を上げながら、肌がみるみると腐っていく。


「このお屋敷はいただくよ。だが、心配はいらない。君たちも僕のファミリーに加わるんだからね」


 我々と同じゾンビとなったお爺さんは、蝋人形のようにこくりこくりと頷く。


「さあ、お婆さんも探し出して、僕たちの家族に入れてあげよう」

「はーい!」


 娘と息子がぴしっと敬礼のポーズを取り、散策を開始する。


「う、うわぁ……ぞ、ゾンビッ!?」

「ひ……きゃぁああっ!」


 先程のお爺さんの声で駆けつけてきた使用人の二人が叫ぶ。

 屋敷で生活する以上、執事とメイドもいた方がいいだろう。


「ハニーは男の方を、僕は女の方へ行く」

「ふふ、分断作業ね」


 家族みんなで分断作業……実にいい響きだ。


「な、なんだなんだ!?」

「うわぁあっ!な、なんだあれは!?」


 振り向くと、騒ぎで目が覚めたのか、近隣住民もお屋敷にやってきてパニックになる。


 やれやれ、また前みたく派手にやっちまうことになりそうだ。

 これじゃあまた、服も血でぐしょぐしょになってしまうじゃないか。


 などと頭の中でボヤきつつ、逃げ惑う婦人の肩を掴んで引き寄せ、力強く噛みついた。

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