すり替え

 「なぁ、水と焼酎入れ替えようぜ」


 それは、ほんのバカな友人のささやき声から始まった。


 「え、どういうことだよ?」

 「俺たち、明日の市民マラソン大会の給水係だろ?ランナーが飲む水を焼酎にすり替えるんだよ」


 我ながら、とんでもない友人を持ったものだ。

 うん、素晴らしい。面白そうだ、やろうやろう。


 「乗ってくると思って、この業務用の焼酎を買っておいたのさ。ランナーが発狂する様子を、俺たちは冷たい麦茶を飲みながら眺めるっていう算段よ」


 聞けば聞くほど最低な作戦だ。


 しかし、僕も日頃の退屈な日々に鬱屈としており、焼酎で喉を焼き見悶えるランナーを目の前で見られることへの高揚感を隠しきれずにいた。


 「焼酎と水なんて、ランナーには見分ける余裕すらないはずだ。コップに注いで給水所のテーブルに並べてしまえば、まずバレないだろう」

 「いいね。決行は明日だね」

 「おうよ、共に爆笑しよう」


 この時は想像もしていなかった。


 まさか、あんなとんでもないことになるなんて……。


【翌朝】


 「そろそろ、一番のランナーが来る頃合いだな……」


 友人は給水所で、コップに焼酎を注ぎ始める。


 「一番乗りのランナーに、この焼酎をお見舞してやるぜ。ククク……!」

 「キミは本当に天才だね……」


 2人で笑い合う。


 しばらくすると、男性の影が見え始める。

 身長は180以上、スポーツ選手のような体幹で、ここまで走るのもかなりの長距離のはずだが、表情を崩すことなく走ってくる。


 「水はいかがですかー?」


 友人の声で男性は気付き、こちらにやって来ると、焼酎の入ったコップを何の疑いもなく喉に流し込む。


 「……ぐおっ!?」


 ガラスのコップが地面に落ちて割れる。

 頭を押えてうずくまる男性。


 おおぉ……!期待通りのリアクションだ!

 こんな面白い姿を間近で見られるなんて……!

 ……ん?今、ぼとって何か落ちなかった?なんだろう?


 拾い上げてみると、なにやらプニッとしており柔らかい。


 「が、眼球……?」


 友人の言葉で理解した。

 それは男性の目玉そのものだった。


 「グオッ……グォオオ……!!」

 「う……うわぁっ!?」


 男性の表情……いや、顔、体が次々と形を崩していく。


 皮膚がただれてドロドロと溶け、歯が歯茎ごとボロボロとこぼれ落ちていく。


 「ナゼ……ココにアルコールが……?ば、化ケの皮ガ……皮ガァアッ!」


 残った右目が僕たちをギョロリと睨みつける。


 「クソ……折角、ニンゲンのフリをして暮らしてイタのに……バレちゃあしょうがねェ……!」


 皮膚のただれきった男性は右腕を振り上げる。


 ビシャッ!


 鮮血が飛び散り、僕の顔に降りかかる。


 下を見ると、友人の首がごろりと転がっていた。


 ギロリ……!


 男性だった化け物は、こちらをひと睨みすると、左手を振り下ろす。



 諸君、給水係になっても焼酎と水は入れ替えてはならない。


 でないと、僕たちのように取り返しのつかないことに……



 ひぎゃっ!

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