異世界でエルフ嫁とイチャイチャライフ



 俺の名前はヤマト。


 前までは日本でサラリーマンをやっていたが、トラックに轢かれ、気が付いたらファンタジーの世界にいた一般人だ。

 ま、よくある異世界転生ってやつを果たしたというわけだ。


「おはようございます、ヤマトさん」


 透き通った声と共に、ガチャリと扉が開いて美少女と形容するに相応しい少女が入室してくる。


「おはよう、シャーレイ」


 シャーレイ・ローレリアン。


 絹のような金色の波打つような長髪、そして碧色の瞳と尖った耳……そう、彼女は人間ではなくエルフなのだ。


 そして、この世界で出会った嫁でもある。前世では彼女一人できなかった俺だが、転生したことでモテ期が巡ってきたというわけである。


「昼食を持ってきました」

「あぁ、もう昼か」

「ゆっくり休まれておりましたよ」


 シャーレイはふわりと微笑むと、トレイに乗った食事をベッド脇にある机の上に置く。


 見たところ、お粥にトマトとキャベツのサラダ、味噌汁に焼き鮭……うん、極めてオーソドックスなメニューだ。


「今起きるよ……いででっ!」


 体を起こそうとすると、内部からひび割れるような痛みが走る。


「ああっ、ご無理なされないでくださいっ」


 慌ててシャーレイは、こちらの体を支えて背中を優しくさすってくれる。


「悪い、まだ本調子じゃないみたいだ」

「無理もありませんよ。あれだけのことがあったのですから」


 そう、俺とシャーレイは昨日、火山で街の住民を困らせるレッドドラゴンとの死闘を終えたばかりなのだ。


 彼女のサポートもあって、なんとか討伐には成功したものの、レッドドラゴンの強靭な爪により重傷を負ってしまい、情けないことに現在はシャーレイに介護されながら生活している。


「お食事、食べられそうですか?」

「あぁ、もちろん」


 でもこうして、彼女を守ることができて良かったと心の底から思う。


「はい、あーん」


 シャーレイはスプーンでお粥をすくい、こちらの口元に差し出す。

 現在、利き手である右腕はレッドドラゴンにより包帯でぐるぐる巻きのため、食事は彼女によって食べさせてもらっている。


 こんな美しいエルフ嫁に、上目遣いでご飯を食べさせてもらえるなんて、前世では考えられない処遇だ。「あーん」してもらう度に、シャーレイの豊満な胸が揺れ、そちらに目がいってしまいそうになる。


「もう、どこ見てるんですか?」


 拗ねたような声を出す彼女。

 真面目な声も可愛いが、言ったら怒りそうなので黙っておく。


 そんなこんなで昼食を終えると、俺は肩の筋肉をほぐして立ち上がる。


「……ヤマトさん?どちらへ行かれるのですか?」

「腹ごなしに、ちょっと散歩にでも行こうかなって」

「そうですか、私もついていきますね」


 食べ終えた食事を片すと、シャーレイも付き従うように立ち上がる。


「心配しなくても、一人で大丈夫だぞ?」

「いいえ。ヤマトさんに何かあってはいけませんから」


 何があっても食い下がれないと言った様子のシャーレイ。

 こんな過保護で、ちょっと頑固なところも、俺が惚れた理由かもしれないと心の中で苦笑する。


 部屋の扉を開けると、左右に長い廊下が広がっている。

 あの狭い個室にいると、ここが屋敷であることをついつい忘れてしまう。

 外に出るだけでも一苦労だなこりゃ。


「どちらへ、行かれるのですか?」

「決まってないよ。ただ、ずっと寝てるのも運動不足だなって」

「それでしたら、館内を歩くだけでも運動不足は解消されますよ」

「確かに。こんだけ広いもんな」


 二人で笑い合う。

 本当に他愛もない会話だが、それが今は心地よい。


「今は安静になさった方がよろしいですよ」

「だな。優しいなシャーレイは」


 シャーレイの頭を撫でようとすると、何故か彼女に一歩後ずさられたような気がした。

 手を引っ込めると、また寄り添ってくる。今のは何だったのだろう。


「ところで今度また、体調が良くなったらシャーレイとーーっ!?」


 ピクニックにでも……と言おうとしたところで、その言葉は紡がれることなく喉の中で消える。


「どうされました?ヤマトさん」

「下がれ、シャーレイ」

「えっ?」


 俺の眼前に飛び込んできたのは、使用人の少女と魔物だった。


「グルァアアアアア……!」

「誰か……助け……」


 俺の見間違いでなければ、使用人の少女は魔物に今にも襲われそうになっている。


「なぜ、こんなところに魔物が……!?」

「や、ヤマトさん?」


 おかしい、ここは屋敷の中だぞ?見張りの者は何をやっているんだ。


 現在、俺は頭と右腕を負傷しており、武器を握ることすらできない状態だ。

 今行って、使用人の少女を助けられるかは分からない。



 それでも……!



「シャーレイ、すぐに片付けてくる」

「え!?いったいどちらへーー」


 彼女の返事は聞かず、俺は使用人と魔物の方へと向かって走る。

 確かに俺は腕を負傷していて手で戦うことはできない。だが、それは彼女を見捨てていい理由にはならない。


「だりゃぁああっ!!」


 手がダメなら、足を使うまで!

 俺は飛び上がって魔物の顔にキックをお見舞いする。


「ぐああっ!な、何だお前は!?」

「あ、あなたは……ヤマトさん!?」

「大丈夫か!?しっかりしろ!」


 使用人の方を向き安否確認を行う。

 幸い、怪我はしていないようで、間に合って良かったと安堵する。


「うぅ……あんた、いきなり何すんだ……」

「まだ生きていたのか!この魔物め!」


 魔物に更なる蹴りをお見舞いしようとしたところで、


「おやめくださいっ!」


 慌てて走ってきたシャーレイによって、羽交い締めにされる。


「離せシャーレイ!こいつは……」

「ヤマトさん!暴力はいけません!大丈夫ですから落ち着いてください!」


 大丈夫だと?

 使用人が魔物に襲われていたのを見ていなかったのか!?


「そ、そうですよ。落ち着いてください」


 挙げ句の果てに、襲われていた使用人の少女にまで諭される始末。

 これではまるで、俺が悪いかのようではないか。


「お二方、大丈夫ですか?」

「まったく、酷い目に遭ったよ。なんなんだあいつは」

「申し訳ございません。さあ、手当てにいきましょう」


 魔物に手を貸し、治療室の方へと歩いていく使用人と魔物。


「……どういうことだ?」


 状況が理解できず、シャーレイに問いただす。


「ヤマトさんこそ、ご自分が何をされたか分かっているんですか?」


 やはり、非があるのはこちらだと言わんばかりの様子だ。


「あの魔物は何なんだ?こちらの味方なのか?それとも……」


 上流階級で人間が支配されてるとでも言うのだろうか。だったら尚のこと、抗ってやるところなのだが。


「……ヤマトさん、一旦お部屋に戻りましょう」


 そんな義憤に駆られた俺に対するシャーレイのリアクションは冷めたもので、少し呆れた様子でこちらの手を引く。


「お、おいシャーレイ」

「……」


 何やら少し、怒った様子だ。

 そんなに悪いことをしただろうか……?


「な、なあ、悪かったよ。だから離してくれないか?」

「…………分かりました」


 おずおずと言った様子で、握りしめた手をゆっくりとほどく。

 会話を交わすことなく、部屋に戻ると「夕飯の準備をしてきますので、ごゆっくりなさってください」と言い残しシャーレイは扉を閉める。


 良いことをしたはずなのに、どういうわけかシャーレイは不機嫌だった。




 やはり、さっきのあの魔物と何かしらの繋がりがあるとしか思えない。

 あれじゃあまるで、あの魔物を庇っているようではないか。


 彼女を疑うような真似はしたくないが、どうにも様子がおかしいと言わざるを得ない。


 俺のカンが正しければ……もし、そうだとしたら……。


 ☆


「ヤマトさん。夕飯を持ってきました」


 ノックと共にシャーレイが食事のトレイを持って入室してくる。


「ヤマトさん。気分は落ち着かれましたか?」

「あぁ、すっかりな」


 あれからだいぶ時間が経ったおかげで、むしゃくしゃしていた気分もだいぶスッキリしたと言える。

 だが、まだわだかまりはある。


「では、お食事にーー」

「……なあ、シャーレイ」


 恐る恐ると言った様子で、彼女の瞳を見つめる。


「さっきの魔物は、いったいどういうことなんだ?」

「…………」


 目に見えて、シャーレイの顔つきが不機嫌になったのが分かった。

 彼女に軽蔑されるのは辛いが、それでも俺は続ける。


「あの魔物とは、何かの繋がりがあるのか?君を疑うような真似はしたくない。なぜこの屋敷に魔物を入れる理由がある?何かあるのならーー」

「いい加減にしてくださいっ!!」


 トレイの乗った机を強く叩くシャーレイ。味噌汁が少しこぼれる。


「さっきから何を言ってるんですか!ヤマトさん!」

「いや、俺はただーー」


 話し合いで解決を……と言おうとしたが、シャーレイは捲し立てるように話す。


「魔物?屋敷?ヤマトさん言ってることは、本当に意味不明です!ここの、どこが屋敷なんですか!?」

「え、だってここは俺と君の家だろ……?」


 凄い剣幕に、少しばかり怖気付きながら返答すると、シャーレイはため息をつき、「これを言うのは一度や二度じゃないんですけど……」と前置きすると、




「まだ分からないのですか?ここは、日本なのですよ?」



 エルフの美少女の口から、まさか俺の元いた世界の国名が飛び出すとは思わなかった。


「ここはあなたの言う、異世界ではありません。ヤマトさん、いい加減に目を覚ましてください」

「な、何を言うんだ。俺は交通事故に遭ってこの世界に来たって説明したじゃないか」


 そう言うと「違います!」と真っ向から否定される。


「……あなたは確かに交通事故に遭いました。そしてこの病院に運ばれて入院生活をしている患者になりました。あなたが勝手にこの場所を異世界のお屋敷だと錯覚しているだけです」


 ここが……病院?

 俺が入院患者だと……?


「そして、さっきあなたが蹴り飛ばした方は魔物ではなく、こちらで入院されている患者さんです。それに襲われてもいません。看護師と談笑していただけです」

「そんなバカな……」


 頭の整理が追いつかない。

 全て、俺の幻覚だと言うのか?


「じゃあ、君は……シャーレイは……?」


 声を絞り出すと、シャーレイは肩をすくめて笑う。


「シャーレイですって?私は松田マユミ。こちらの病院で看護師をしております。当然、あなたの嫁などではありません」


 視界がぐらつく。

 世界が歪んでいく。


「うぅ……」


 ぐにゃりと世界が形を変えていく。

 屋敷の一室だと思っていた場所は、徐々に病院の白い個室へと姿を変えていく。


「そんな……シャーレイ……あぁっ……!」


 再び目を合わせた時、そこにいたのはエルフの美少女などではなく、30代後半のどこにでもいる日本人女性の姿だった。


「全部……俺の妄想だったのか……レッドドラゴンを倒しに行ったのも、あの時の冒険も……」


 口にするまでもない。

 俺の脳内で、現実と妄想がはっきりと区別されていく。

 シャーレイとの出会い、結婚、各地への冒険、それらは無慈悲にも、全て妄想というカテゴリーに分別されていく。


「うぅ……うぅぁああああああああああああああああああああっ!!!」


「……っ!落ち着いてください!ヤマトさん!大和和明(やまとかずあき)さん!」

「うるさい!お前は誰だ!?」


 見知らぬ看護師を突き飛ばし、食事をひっくり返す。


「は……はは……はははははっ!!俺は認めないぞ!そうだ、こんな世界こそ偽物だ!俺をあの世界に戻せよ!」


 シャーレイはこんなババアじゃない!

 あいつと過ごした日々が偽物だと!?ふざけるな!

 瞼を閉じればくっきりと、あの美しい笑顔が映るんだ。

 そうだ、俺はもう一度、あの世界に戻らなきゃあいけないんだ。

 それがどうして、こんな世界に戻ってこなければいけないんだ!!


「あっちの世界こそが俺の本当の姿なんだ!あの場所での生活が俺の……うぐっ!」


 右腕を負傷しているため自由に動かせず、看護師に取り押さえられる。


「何すんだ!!ふざけんな離せ!!」

「離しません。一旦、眠っていただきます!」


 看護師は注射針を取り出すと、俺の腕に打ち込む。


「う……」


 その直後、全身の力が抜けて意識が混濁していく。


 全部……夢だったのか……あの世界は……?


 いや……たとえ夢でも良い……。


 だから、もう一度……何度だって見せてくれよ……。


 俺にはもう、あの世界しか……。



 ☆



「ん……うぅ」


 意識が徐々に覚醒していき、ゆっくりと瞼を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、見たこともない無機質な石畳の天井だった。


「ここは……?」


 辺りを見渡すと、壁は全て石でできており、そこにいくつもの鉄格子がはめられている。


 思い出せ……俺に何があった……?


 確か松田マユミに……いや違う。


 そうじゃない。


 これは偽物だ……忘れろ。忘れるんだ。



 あぁ。



 そうだ。思い出してきたぞ。



 俺は嫁のシャーレイと楽しく他愛ない話をしながら談笑していたんだ。


 そしたら、いきなり王国の番兵がやってきて、俺を捕らえたんだ。


 そしてあいつら、俺をいきなりこんな牢屋にぶち込みやがったんだ!


 そうだ、そうに違いない。


 一体、どういうわけでここに閉じ込められたのかは分からないが、シャーレイのことが心配だ。

 まずは……そう、この牢屋から抜け出さなければならない。


 鉄格子を力強く握りしめる。



「待っていてくれシャーレイ……俺は必ず、君の元に帰るぞ」

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