小さな惑星
キラキラと光る青いガラス玉が、道端に落ちている。
どうせ子供がビー玉でも落としたのだろうと、普段なら無視して歩みを止めることはなかった。
でも、僕はそのガラス玉が随分と気になり、いつの間にかしゃがみ目を凝らして凝視していた。
ここまで僕の興味を引く、このガラス玉はなんだろうとゆっくり手を伸ばすと、ふわりと浮かび上がる。
不思議な力だ。
ガラス玉ではないのかもしれない。
では、これはいったいなんだろう?
気になった僕は、そのガラス玉をズボンに入れると家に帰ることにした。
「ただいまっ」
僕は玄関に飛び込むと、靴を乱暴に脱ぎ捨てて自分の部屋に入る。
気になる……気になる……!
そんな知的好奇心が、僕の心と体を満たしていた。
僕の部屋には、窓に望遠鏡、勉強机には顕微鏡が置いてある。
友達からは「科学バカ」だとからかわれるが、別にどうだっていい。気になったものは、自分で解明しなければ納得いかない。
「あれ……?」
窓を見ると、いつの間にか外は真っ暗だった。
今の季節は夏だし、時刻も夕方の6時くらいだ。
いったい、どうしたんだろう。
「そうだ、そんなことより」
僕はズボンからガラス玉を取り出し、顕微鏡にセットする。
僕の好奇心をこんなに刺激したのだ。何かあるに違いない。
ガラス玉をセットしたのを横から確認すると、顕微鏡越しに眺める。
「…………あっ!!」
ビンゴだった。
このガラス玉は、ガラス玉ではなかった。
「すごい……」
僕の目に飛び込んできた光景は、想像を絶するものだった。
にょきにょきと立ち並ぶたくさんのビル。
ブンブンと走る車。
横断歩道を渡る無数の人々。
「……星だ」
ガラス星なんて、とんでもない。
これは、星だ。惑星なんだ。
そして、僕たちと同じような生活をしていることが分かる。文明レベルだって、おおよそ近いものと推測される。
例えるなら、高層ビルから眺める景色といった具合だろう。人も建物もとても小さく見える。
少し惑星を回せば、ぐるりと世界が変わる。
一面に広がる大海原になったかと思うと、深緑の森に切り替わり、そしてまた人々の生活が映し出される。
「すごい……これはすごいぞ……!」
昔から望遠鏡で星を眺めるのは好きだったが、どうせ僕が見つけた星なんて、世界のどこかの誰かが見たであろうものだ。
しかしこれは違う。誰もまだかつて見つけたことのない、文字通り大発見に違いない。
僕が見つけた、僕だけが見つけたという特別感に、気分が高揚してくる。
「こんなに小さいのに……みんな頑張って生きてるんだなあ」
「なにが頑張ってるんだあ?」
「わっ!お……お父さん!?」
横から声がかかり、振り向くと父親が立っていた。
「さっきから晩飯だと呼んでたんだがな、相変わらずおめぇは集中すると周りの声が聞こえなくなるな」
わしゃわしゃと乱れた髪をかきながら顔を赤くして笑う親父。
「そ、それより、また飲んでたの?」
「ああ?仕事終わりに飲んで何が悪い?ほら、さっさと来い」
親父は悪い人でもないし、酒癖が悪いわけでもない。
なので僕も、そこまで怒ることでもないのだが、今日は少し苛立つことがあった。
「お父さん、足を掻きながら食べないでよ」
左手でボリボリと足の裏を掻きながら、右手で食事する親父に指摘すると、親父は怪訝な顔を浮かべ、
「今日のお前はやけにうるさいな。何かあったのか?」
「うっ……べ、別に何も」
「ははーん。コレだな」
親父はニヤニヤと小指を立てる。自信満々のようだが、残念ながらハズレだ。
「最近、水虫になったみたいでよ。コレが痒いのなんのって」
だからって、食事中に見せられて、愉快になる人はどこにもいないだろう。
親父の足は、スネ毛の剃り残しがあり、見てみて腹が立つ。更に足の裏はいかにもおっさんの足といったもので、水虫の他にもイボや出来物でブツブツになっている。
「あらやだ。うつさないでよ」
「はいはい、言っといてやるよ。水虫さんや、母さんにはうつすなよー」
そんな両親の会話は、今の僕にはあまり頭に入っていなかった。まさに心ここにあらずで、あの惑星のことばかり考えていた。
☆
それから僕は、学校から帰ると顕微鏡で惑星を覗き人々の生活を見るのが趣味になっていた。
ペットは何ヶ月か飼うと飽きて、捨ててしまう人も多いらしいが、これは当分飽きる気がしない。餌も必要なさそうだし、首輪も必要ない。
「おや……?」
今日もぐるぐると星を回して楽しんでいると、ある場所が気になり止める。
随分と既視感のある場所が写り込む。この街並み……それに、この建物……。
「ここ、僕の街そっくり……」
それだけじゃない。この赤い屋根の二階建ての一軒家は、僕の家そっくりだ。隣の山田さんの家まである。
まさか……まさかね。
苦笑いしながら、何気なく窓の方を向いた、その時だった。
「…………えっ!?」
目があった。
僕の視界に飛び込んできたのは、いつもの青い空と白い雲ではない。
空全体を覆うほどの大きな目が、大きく見開かれこちらを見ていた。
「な、なんだよ……あれ……?」
驚きのあまり足腰に力が入らなくなり、バランスを崩して勉強机を倒してしまう。
惑星が机から転げ落ち、顕微鏡は壊れてしまったが、今はそれどころではなかった。
「なんだ?今、凄い音がしたが……?」
そこへ、部屋の扉が開き気怠げな様子の親父が顔を出す。
「お、お父さん!大変なんだ、空が……空がっ!」
「落ち着け、空がいったい、どうしたと……」
ぐしゃっ!
親父の足の下で、何かが壊れる音が鳴る。
「あ、なんか踏ん付けちまったみてぇだ」
慌てて足を退かすと、そこには粉々になってしまった惑星が。
「なんだこりゃ?ガラス玉か?」
「お、お父さん……あ、あれ……!」
「あれ?窓がどうしたんだ……あ?」
窓の外は、先程の目はなかった。
だが、そんなことはどうでも良いと思えるほどに恐ろしい事態に陥っていた。
「なんだありゃ……足?」
空の向こうから、目視でも確認できるほどのものすごい速度で、足がこちらに迫ってきている。
「まさか……あれって……!」
信じられない話かもしれないが、その足は親近感があった。
剃り残しのあるスネ毛、水虫に出来物だらけの不潔な足の裏は、こちらに近づいてくるたびに現実味を帯びてくる。
あの汚い足は……親父の足!?
そんなあり得ない屁理屈のような話だが、そこでようやく僕は気がついた。
僕がいつも顕微鏡で見ていた、親父が踏み潰した惑星の正体って、地きゅ────
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