第19話 功教

 自国の文化を大陸中に広める。それがようの国の帝、りょく帝の望みだった。


 根底には陽の国の国教に定められているこう教の宗教的な考えがあるのだが、夏徳かとくはそれに対して特に思うところはなかった。宗教も含めて自国の文化を外に広めたいのであれば好きにすればよいと思う。


 それがある意味、国としての宿命なのかもしれないとの達観したような思いもある。武人の端くれとして命じられたことはやろうと、ただ単純に夏徳は思っているだけだった。


 それに、熱心な信者というわけではないが、宗教に関して言えば夏徳自身も功教の信者だった。陽の国の人々の殆どがそうであるように、夏徳にとっても功教は生まれた時から周囲にあるもので、人々の生活に根差した宗教だった。その教え自体にもそれほど不都合を感じるものではないと夏徳は思っていた。


 ここ数年の間に併合していった国々の人々を除けば、陽の国の人々の殆どが功教の信者と言ってよかった。勿論、陽の国の帝、緑帝は功教の熱心な信者である。


「夏徳、お主は元々、我が国の精鋭が集まる東方軍の軍師だったと聞いている」

「まあ、そうですね」


 東方軍の中で序列最下位の軍師だったが、東方軍の軍師であったことは嘘でも間違いでもない。


「私は期待しているのだぞ」


 呂桜りょおうは端正な顔を夏徳に向けている。その顔つきは真剣そのものだった。

 期待されると言われて不快になることはない。それも、絶世の美女と言って差支えない呂桜に言われているのだ。だが、小国しかない西方地域を平定するにあたって何を期待するのだろうかと思う気持ちもある。


 それとも、西方地域を平定した後は、その小国群の背後にある大陸を分断している山脈を越えて、さらに西方へ攻め入ろうとでも考えているのだろうか。


 いやいやと夏徳は思う。仮に陽の国がこのままの勢いで、山脈で断たれている大陸の東部すべてを平定できたとしても、山脈を超えて大陸の西部へ攻め入ることは無謀でしかないだろう。


 まあ、これ以上は考えても致し方ないと夏徳は思い直した。出自としては農民の子弟でしかなかった自分だ。そのような自分が、たまたま学べる機会を得て運よく軍師になれただけなのだ。これ以上のことを考えるのは、分を超えていると言うべきなのだろうと夏徳は思う。


 運よく軍師になれただけとはいえ、この地位でそれなりの恩恵も受けてきた。一介の農民では決して享受できないような事柄を。となれば、これまでに陽の国から受けた恩恵を多少でも返さなければ、罰があたるというものだ。珍しく殊勝にそう思いながら夏徳は呂桜に向かって頷いた。


「承知致しまた。偉大なる呂桜将軍。この夏徳、非才、不祥の身ではありますが、偉大な呂桜将軍のために、ご恩に応えるためにも粉骨砕身精進させて頂きます」


 装飾語が多すぎて最早、何を言っているのか分からんな。ま、口ではこのような感じで何とでも言えるのだがな。

 夏徳は心の中で呟くのだった。





 その時、げんはかつて見たことがないほどに厳しい顔を周囲の者に見せていた。だが、それも無理のないことなのだと華仙かせんは思う。


 はしらの国が陽の国によって滅ぼされた。その報せが届くとほぼ同時に、くまの国が陽の国に攻め入られているとの報せが届いたのだった。


 以前に父親の威候いこうが言っていたこと、懸念していたこと。それが現実として目の前に差し出されてしまったのだ。威候と陽の国の脅威について話した時から、まだ二か月もたっていないだろう。


「陽の国の将兵は約一万とのこと。熊の国も長くは保たないでしょうな」


 威侯の言葉に玄は無言で頷き、少しだけ考えるような素振りをみせた。一万の敵に攻められれば熊の国などはひとたまりもないだろう。何せ熊の国の住民の数よりも多いのだ。


 でも、それは霧の国も同じことだと華仙は思う。きりの国の住民も五千人程度しかいない。一万の将兵で陽の国に攻め入られれば、それに抗う術があるはずもない。

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