第20話 国の矜持

 そして、普通に考えればくまの国の次は隣接するきりの国の番だった。やがて考える素振りをみせていたげんが口を開いた。


「一つは熊の国に援軍を出して、共にようの国を撃退するといのがあるね」


 この言葉に威候いこうが首を左右に振った。


「焼石に水でしょうな。我々の援軍ごときで陽の国に抗うのは無理でしょう。将兵の数に差がありすぎます」


 玄はその反論を予想していたとばかりに、すぐさま頷いた。


「ならば、周辺諸国に協力を募って、共に熊の国へ援軍を出すのはどうだろうか?」

「諸国の足並みが揃わないでしょうな。聞いたこともないような大軍です。戦わずして恭順をしようとする国々が多く出てくるかと。そのような中で協力や援軍の要請に応じてくれる国々が多いとは思えませぬ」


 険しかった玄の顔が更に厳しいものとなる。華仙かせんはと言えば、どこかこの脅威に現実感がなかった。


 国同士の争いと言えば、先の熊の国との戦いにあったような東の狩場がどうしたといったような戦いだ。所詮は小競り合いでしかない。征服する、されるといった国の存亡とはかけ離れているものだった。

 それが今回のことはきりの国そのものがなくなってしまう脅威なのだ。そんなことがかつてあっただろうかと華仙は思っていた。


 普通に考えても、一万もの将兵を相手にして霧の国がまともに戦えるはずかない。武器を取って戦える霧の国の者。それを総動員しても二千がいいところに思えた。それも、女性すらも頭数に入れての数字だ。


 一万対二千。守る方が優位だとはいえ、戦にもならないだろう。ならば陽の国に恭順をするのか。それ以外に道はないように華仙には思えた。

 やがて玄がゆっくりと口を開いた。


「これで霧の国は滅んでしまうかもしれない。だが、何もせずに滅ぶのは嫌だな。これは僕の我儘だろうか」


 その言葉に威侯は首を左右に振った。


「いえ、君主としては当然のご判断かと。陽の国のような大国と比べれば、国は小さいものの百年以上続く歴史があるこの霧の国。その最後が何もしないままでは、代々の君主に面目が立ちません。代々将軍家を継ぐ身の私としましても、このまま恭順をすることは承服できるものではありませぬ」


 威侯の言葉に玄は小さく頷いた。


「だけども、僕は霧の国の民には傷ついてほしくはない」

「一人も死なず、一人も傷つけずにといったことは、確かに無理かもしれません。しかし、滅ぶにしても霧の国の矜持を守る、あるいは見せる策はあるはずかと」

「矜持か。威候、果たして、そのようなものに意味があるのだろうか。違うな。霧の国の民にとって、それは意味があることなのだろうか」


 自身が言い始めた言を翻して、そのまま玄は考え込む素振りをみせた。それは確かにそうなのだろうと華仙も思っていた。そんな矜持などというものは、きっと霧の国の民にとっては稲の実、一粒ほどの価値もない。


 だけどもと一方で華仙は思うのだった。例え大国に飲み込まれるように滅ぶにしても、何もしないままでは嫌だと。もしかすると、その思いが威候の言う矜持というものなのかもしれなかった。


 それに、この場では言い出せないのだけれども、華仙にはもう一つの大きな懸念があった。霧の国が滅んだ時、君主である玄の身はどうなるのだろうか。国が滅ぶ以上は何もかもが今のままというわけにはいくはずがない。


 それは例え恭順の意を示して、陽の国に自ら飲み込まれても同じかもしれなかった。君主であった玄の安全は保障されるのだろうか。


 ならばと華仙は改めて思うのだった。自分が玄を守るのだ。どのような状況になるにしても玄を守るための最善の策を模索して、最善の策を取り続けるのだ。それが今の自分の使命なのかもしれない。


 華仙は意志の強さを感じさせる黒色の瞳を真っ直ぐに向けた。その視線の先には未だに厳しい顔つきを変えようとしない玄の姿がある。


 そう。私が守るのだ。玄のことを。

 華仙は改めて強く心の中で思うのだった。

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