第12話 前口上

 そんな華仙かせんの思いを感じ取ったのかのようにげんが口を開いた。


「こうなることを可能性の一つとして予想していたのと、予想していなかったのでは大きく違うんだ。現に威候いこうは可能性の一つとして予想していた。だから、二百の兵をすぐに揃えることができたのだからね」


 まあ、それはそうなのだけれどもと華仙は思う。華仙は我が父親ながら鬼瓦のような顔をしている威侯の顔を思い浮かべる。父親が用意周到だったことは認める。でも、まだ十九歳でしかない玄と経験豊かな威侯を比べても仕方ないのではとも思う。


「それよりも、上手くいくのかな?」


 華仙はそう言って出立前に玄が言った策を口にした。


「心配はいらないよ。威侯も承認してくれたのだからね」


 玄は飄々とした体で答える。承認したと玄は表現しているが、あれは言い出したら聞かない玄が威候を押し切ったというのが華仙の率直な感想だった。


「それに、何かあれば華仙が守ってくれる。そうだろう?」


 玄は続けて微笑を浮かべた。それはそうなのだけれども、そうあからさまに言われてしまうと、最後は人任せですかと言いたくもなってくる。


 加えて華仙の中には緊張もあった。華仙にとってこの戦いが初めての実戦というわけではない。今までもくまの国との小競り合いは幾度もあった。十五の時から父親の威侯に付き従っている華仙は、これまでに人を傷つけたことも殺めたこともある。


 ただ、あくまでもそれは遭遇戦に近いような小競り合いで、数百人同士が対峙するような本格的な戦いは初めてだった。そのためか、先刻から妙な緊張に襲われている自分を華仙は自覚していた。


 緊張は判断と動きを鈍らせる。戦いの場では自然体で。それが常に父親の威侯から言われてきた言葉だった。華仙は大きく息を吸い込んで、またそれを吐き出した。そして、意志の強そうな黒色の瞳を玄に向ける。それを見て玄がゆっくりと口を開いた。


「よし。では始めようか」


 いつものように飄々と言う玄に華仙は小さく頷いたのだった。





 玄に付き従うのは華仙を含めて十人足らずの兵士だけだった。華仙たちは玄を中心として熊の国が設置した柵の前に進み出た。


 近づく華仙たちに気がついて、熊の国の兵士たちが武器を手に柵の内側に集まってくる。


 既に弓矢が届く距離だった。敵兵が浮かべている顔の表情も認識できる。華仙は玄の傍で身構えていた。何かあれは身を挺してでも玄を守らなければならない。もう今は熊に襲われた時のような無力だった子供ではないのだ。玄は必ず自分が守るのだ。


「熊の国の者たちとお見受けする。聞け!」


 玄が華仙の横でよく通る声を張り上げた。


「ここは我らきりの国が保有する東の狩場。熊の国がそれを占拠するとはどういった了見だ!」


 どういった了見も熊の国が東の狩場を奪いに来ただけなのではと華仙は思わないでもなかった。もっとも、国と国との戦いだから、ある程度の前口上が必要なのも分からないまでもない。


 当然、いやあ、間違いでしたと熊の国が言ってくるはずもなく、柵の内側から玄と同様に大きな声で返答がある。


「これはこれは霧の国の君主、玄様と見受けられる。そのような少人数で何用ですかな。この狩場はそもそもが熊の国の物。よって先日よりこの狩場は熊の国が貰い受けたのだ」


 無茶苦茶な理屈だった。いや、理屈にもなっていないだろう。盗人猛々しいとはこういうことを言うのだろうかと華仙は思う。確かに霧の国の物となる前、東の狩場は熊の国の物だった。だが更にその前は霧の国の物で、更にその前は……。


 要は昔を辿っていけば、どちらのものでもあったと言えるのだ。もっとも、そんな理屈は後づけでしかなくて、狩場を占拠しているぐらいなのだから熊の国としては喧嘩をする気は明らかなのだが。

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