椿落ちる轍にて

@yukibutsuyametai

 その日は早い梅雨入りで叩きつけるような雨が一日中降るような、そんな日だった。

 コンクリートが湿るカビたような匂い、雨を一身に受ける木々は時折音を立てて揺れ、大粒の水滴は騒がしい程に哭いていた。

 傘が煩く泣いている。

 雨具を付けていても尚濡れてしまうような、ある夜の事。

「ねぇ、この子死んじゃってるの?」

 口にする内容とはあまりにも不釣り合いな呑気な声色で、男は問い掛ける。

「さぁ。でもこんなところにいるんなら死んでるんじゃない?」

「でも息してるように見えるけど。」

「え、生きてんの?」

 他の男たちは口々に声を上げた。

 やいのやいのと言っている間に、一人の男は傘を捨ててその人物の身体を持ち上げる。

 その身体は健康とはお世辞にも言えない程に軽く、だらん、と力無く垂れ下がる手足は真っ赤に腫れ上がり、まるで本来の細さなど失っていた。肌も蒼白く、端から見れば死人も同然。浅く上下する唇と薄い胸が、辛うじて生きていることを証明していた。

 瞳の閉じられた人形のように整った顔は、大粒の水滴が何度も落ちて、濡らされていった。

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