第14話 LADY,DONE
「うるさい、うるさい。黙れよ!烏森だろ、この声。何の真似だ?まだアタシを邪魔したいのか? なあ! 」
「ちっ、違う!本当に見えてないのかよ。ここにいるじゃないか」
混乱する2人を見て混乱する。何が起こっている?うずくまって叫ぶ阿知和のスカートの端は水に濡れて色が変わっていた。辺りをきょろきょろと見回し目を大きく開く。目の周りに爪を立てもう一度周りを見渡す。そんな阿知和を見て恋敵が笑っているように感じて振り向けない。
「何...何が起こってるの?ねえ春斗、教えてよ」
「わからない、これ。恋患いの併発?それとも恋敵のもう一つの病状?なんにせよ、阿知和が」
明らかに病状が違う。もう感情の一部が分離する恋敵と病状もプロセスに至るまで違いすぎる。あの火災の原因の恋焦がれだって複数人に感染したときだって病状は一致していたし、それに至るまでの過程も共通点があった。だがこれは明らかに別の症状だ。最悪の事態になった。
「驚きですか?鳴海春斗。眼前の光景は貴方の予想と異なっていますか?ふふっ」
「ああ、そうかも。なら教えてくれよ、哀れな驚きの最中にいるこの鳴海春人にさ」
振り返らないまま強がった。混乱を隠すように、虚言で重ねる。
「…阿知和はお前だろ? 」
恋敵の言葉が詰まる。
「…ええ、まぁ。貴方に教える事などありませんけど」
恋敵はこの期に及んで何かを隠している。それが何かは分からないが展開によってはこの地獄のような状況を打破できるヒントが得られるかもしれない。
「彼女は今強制的に自分自身の感情と対面させられているのですよ。私が彼女になるのも時間の問題です。
どういう意味だ?
「春斗っ!なこちゃんが、なこちゃんが! 」
杏子が阿知和に駆け寄る。傘なんて放り投げて、靴下なんて濡れてもいいかのように駆け寄った。
それとは対照的に右手は傘を手放さないし、靴底は地面を離さない。この状況で何も動かせない自分を呪った。
「目が!付いてる、はずなんだ。空もこの屋上のコンクリートですら見えてるし触れてる。私の目と手の感覚のは確かなのに」
阿知和は眼球の存在を確かめるかのように指を食い込ませて指の隙間から空を見る。
「恋敵…もういいから。早く阿知和を」
悟ってしまった。
「何故?私に何をさせようと? 」
「い、今のままじゃ、阿知和は自覚できない。だから、だから」
「ふふっ、自覚させればいいのですね。それでは」
「
左肩に寒気が走った。肩を叩かれ、その横顔が通る。青い瞳はまっすぐ前を向き、口元は吊り上がるのを我慢しているかのように震えていた。
「春斗! 」
杏子が声を荒げてもなお、恋敵が通りすぎたのに目で追うだけだった。傘を持った手が緩み、傾いて雨が軽く叩かれた肩を濡らす。茫然と、目の前の歩いていく恋敵を見つめていた。
何もできない。その無力感が一気に襲ってきた。恋敵の交渉はとっくに決裂した。さらに阿知和の目を直す方法なんて考えられない。どちらかを早く解決しないといけないのに、何一つとして薬になるものが見つからない。
目の前には混乱し叫ぶ阿知和に近づいていく恋敵の姿が見える。
「アタシはお前が見えない!聞こえるのにその背後は見えるのに」
「
「自分がどれなのか、わかんなくなって、きてるんだ」
その悲壮に満ちた吐露は僅かな違和があった。烏森は叫ぶその姿を為す術なく目に焼き付けているだけだった。
「ふふっ、長かった。貴女の一目惚れが恋に成るまで、
足音は雨音にかき消され、それでも一歩近づく度に目の前で敗北の文字をなぞられるような寒気が襲ってくる。
「さぁ、私を――――」
恋敵は手を伸ばす。勧告と救済の両方を内包しているかのような白く長い指が阿知和に伸びる。
その時、その手は払われた。力強く、烏森が振り返らずにその勧告を叩き落とす。
「黙ってろ虜路すみれ。僕が話してんだ」
恋敵は顔色変えずに払われた手を撫でた。
「……今更。今になってその子を助けようと?貴方達が原因なのにですか? 」
「私はこの子の理想です。だから作ってそれを演じた。それが私という病。創造した偶像が罹った
「だから、私の行動は彼女の意思でしょう?それがあの子の為でしょう? 」
またあの血走った眼を見せる。
その笑みを見ること無く、烏森は少し黙った後大きく息を吸い込んだ。
「……難しいこと知らないけどさぁ、僕はしなきゃいけないからするんだ。君は確かに阿知和の理想かもしれないけど。今の阿知和も僕の理想だから!理想が理想を食うなよ。配信でもしててくれ、僕のために」
恋敵はその言葉を飲み込むことなく足を踏み出した。しかし、その目の前には両手を大きく広げ真剣な面持ちでまっすぐに恋敵を見る杏子の姿があった。
「通さないよー。なこちゃんが今苦しんでるから。手を差し伸べるのは貴方じゃない、私でもないけど」
少し照れくさそうに笑い、濡れた頬を袖でふき取る。傘はとうに乱雑に投げ捨てられていた。
杏子はこちらに視線を送り、目が合ったら大きく笑顔を向けた。恋敵にも同様の笑顔を見せて言う。
「あなたのお話、まだ聞いてないもんね」
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