第7話 色違いの髪と猫
「鳴海、来たな。取り敢えず駅の所まで歩くから」
校門前まで進むと杏子と阿知和は談笑しながら俺を待っていた。阿知和は部活の後なのか短パンにジャージの格好であった。学校指定のカバンを後ろで背負い花壇の縁に座っている。
駅と言ってもただ地下鉄のホームへと行くだけの、周りにスーパーとコンビニと飲み屋が数軒あるだけの小さなものだった。田舎よりマシだがそれでも寂しいものである。
高校が背中の方で小さくなった頃、杏子が疑問を口にした。
「寧子ちゃんはなんで『なこ』って読むの?どう見ても『ねこちゃん』だよ」
「なんぞの寧だ。反語の寧んぞ、いずくんぞ」
「じゃあ、イコちゃんだ! 」
「それで『なこ』って読ませたんだよ。うちの親は 」
「反語の寧んぞ、『どうしてうちの娘が幸せにならない事があるだろうか?いや無い』ってな」
「素敵な御両親だね。自信満々だ」
それを聞くと少し誇らしげな笑みを浮かべる。
「杏子はそういうの聞いてないのか? 」
「うーん、『人の悩みをずっーと聞いてあげられる位優しい子に育ちますように』だったかな?よく分からないや」
杏子、アプリコットの事だが何かそのような意味があったかと言うと分からない。花言葉が何かだろうか?
「『最初っから真ん中通って最後まで』って言ってたっけ。また聞いてみようかな」
「『真ん中通って』か、そりゃ長話は疲れるからな。途中休憩は大事だ」
そして何故かこちらをちらっと見た。
「春斗はなんで春斗なの? 」
薄暗くなった住宅街で自己に関する難問を突きつけられたがすぐに由来とかそういうものだと理解した。
「俺が冬に生まれたから」
「へ? 」
考え込む杏子と呆れた顔でこちらを見る阿知和。そんな顔で見られてもそうなのだから仕方ないだろと心の中で悪態をついた。
「産まれるのが春の予定だった。だから安直に決めたんだ。でも予定より早く生まれてそのまま春斗 」
いつ思い出しても適当な親だと思う。今となっては名前の由来などどうでもいいとも思えるが小さい頃は何故冬生まれなのに春なのか割と真剣に悩んだのだ。
「なにそれ、やべぇな。誕生日冬なのかよ」
そんな会話をしながらそれなりに人通りの多い街を歩く。買い出しの主婦やスーツ姿の者まで帰路に着くことだけを考えて足早に駅の方面へと歩いていった。
「あ、あった 」
杏子が駅前のスーパーの扉の前にあるカプセルトイの筐体を指さした。忙しなく出入りする買い物客とは反対に静かに鎮座していた。
二人は中腰になり目当てのものを探す。
「これだ!寧子ちゃん!『こふぇねこ2』あるよー! 」
これが目当てだったのかと答え合わせが終わった時のような安堵感があった。6種+シークレット、色々な猫が何かしらの飲み物に浸かっている。
「杏子!こ、これ 」
「うんすっごく可愛い」
おもむろに財布を取り出す。一回300円の決して安くは無い運試し。だが目の前の二人は既に勝負師の目をしていた。当たることを信じて疑わない、そんな目を。
「シークレット当たるかな? 」
「どうだか、だが引かなきゃ当たらねぇ。だからワタシ達は
かました阿知和と恐る恐る硬貨を入れる杏子。ハンドルを思いっきり回しカプセルを手に取る。
「金が尽きたらそこにいる鳴海に頼めばいい。そのために呼んだからな」
「うん! 」
「おい、俺はそんな事の為に来たのか」
当たり前だと言わんばかりに笑う。これはさすがに予想外だった。杏子も屈託のない笑顔で答えたのは流石に呆れた。
「カプチーノみぬえっと…烏龍ちゃうちゃう。これは…なんだッ!! 」
「来い!シークレット! 」
「来て!お願い! 」
思いっきりカプセルを開けた。包まれた紙を外しその中にいたのは…。
「ダージリンべんがるの毛色違いだぁ!! やったぁー!可愛いよぉ」
小さなカップに入った小さな猫を二人で愛でていた。カプセルトイの表示に大きく載っているのでシークレットではないのだがそれでも彼女らは笑顔でその小さな猫に笑いかけていた。
「だけどまだだ。シークレットがまだだよ寧子ちゃん。あと3回は引ける…引けるよ」
「無理すんな、家帰れなくなるぞ」
よく見る依存症の目をした杏子を
結局、杏子は計4回、阿知和は2回引いたが全てシークレットでは無かった。落胆しつつも納得したように手のひらの猫の写真を撮る。
「私、ジュース買ってくる!なにかいる? 」
「適当に頼むよ」
すくっと杏子が立ち上がりスーパーへと入っていく。それを目で追った後阿知和は筐体に背を預けるように座り込んで目の色を変えた。ぼそっと呟いた。
「なぁ鳴海。鮎原は、あいつには恋人とかいるのか? 」
凡そ阿知和の口から出る言葉とは思えないほどの繊細な悩みの吐露だった。その言葉がどういう意味を持っていても本来の阿知和とは異なる声色と目つきであった。
「…いない。多分」
だってと続ける事は出来なかった。それは俺には荷が重すぎる。何故とも聞けなかった。
着信――
今までかかってきた事ない、薫からだった。
「いいよ、でろよ」
躊躇っている俺に相手が誰かわからない阿知和は通話を許可する。スーパーの入り口、人も行き交うそこに立ったままスマートフォンを耳に当てる。
「もしもし?薫か」
「よっ、春斗。ちょっといい? 」
電話越しの薫はいつもの調子で話す。雑音などは聞こえず屋内にいるのだろうと推測した。
「今そこに、阿知和さんはいる? 」
あの昼時、薫もそこにいた。俺が阿知和に誘われるのも俺の苦々しかったはずの顔も見ていた。だからこそ今電話してきたのだろう。
「いるけど? 」
「ああ、そっか」
その声は何故か少し震えていた。というより――。
「春斗、落ち着いて聞いてくれ。いや、阿知和さんはこれを聞いてないよな? 」
「聞いてない。話してくれ」
電話している相手が俺でなければ「運命的だな」とでも言って祝福したのだろうが生憎そんな性格じゃない。
「今、『白いパーカーの女』がそこにいる。すぐそこの廊下に立って辺りを見回している」
体中に何かが流れたような感覚が起こる。そんなことないと思っていた。あの時は深夜だったから、今はまだ午後7時を回ったばかりだ。
「今学校か?それとも」
「落ち着いて春斗。こっからがやばい。だいぶ訳わからない事になってるんだ」
冷汗が背中を通る。冷たく背骨を添うように、この得体の知れなさを知覚させるように通っていく。
「あいつ、阿知和さんの顔をしてる。髪も長いし、目の色も違うけどはっきりと分かる」
断定した薫の声もさっきよりずっとこわばっていた。
考えろ鳴海春斗。どこかに繋がりが、原因があってこんなことになっている。阿知和寧子と同じ顔の『恋の味方』、襲う理由と『あの子』の存在。探せよ、もうこれは”恋患い”と言えるとこまで来ている。あのもたれかかって3回目のカプセルを開ける阿知和には何かがある。
「あ、出た。シークレットだ」
阿知和はただそう言ってこちらに見せて笑っていた。
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