第6話  小さな会合

  結局俺は頼まれたら断るという基本のきの字もできない馬鹿であると発覚した。これに関してはなにか特別な意味は無い。ただ、昔からの癖である。


 あの時も、結局あの時も結果から見ればこの癖のせいということで。自分の時間の大半を謎のためだけに費やした。そんなダメ人間の自覚のある自分にあれを託した榲桲は本当にわかっているとしか思えないのだ。


 相も変わらず陰気で暖色の多い室内は照らされ方の違いによってより一層明るくオレンジに染め上がっていた。


 「おっ、来たな。名探偵鳴海春斗、”恋患い”の件で話したくてな。情報交換会ってやつだ」


 「俺が渡せる情報はほとんどないので情報享受会と情報提供会のどちらかが正しいと思いますが」

 いつもの席に座る、利用者のいない図書室の受付。壁にかかった表を見ると先輩は今日一人の当番だった。という事は暇つぶしに俺を呼んだことになる、後輩をなんだと思っているんだ。


「恋患いについて片っ端から調べたんだけどな。これがまあ情報が少ない。この学校で過去に記録のあるものは前の”恋焦がれ”くらいだ。あれみたいなやつの総称が”恋患い”だとすると…まだあるだろこれ」

 予想通りではあった。先輩が言ったことで疑惑が確証のない少し正当性を帯びた疑惑に変わった。だがそれはただの疑惑に過ぎなかった。理論的で合理的な理由を持ってこのに対処することはできない。確証のないまま、数学的に言えば尤度の高い推論を持つことしか許されていないのだ。

 

 今思えば、あのも本当は解決なんてしていないんじゃないかとまで思えるのだ。偶々原因となっていた事案が解決し、偶々収まった。そして何よりまた同じ境遇の者が出てくる可能性は全く減っていない。ただの応急処置に過ぎないのであった。


「何が関係するかはわからんがだからな。高校生なんてそれこそ永久的に出てくるだろ」

「発生条件がわからない事には後手に回るしかないのも現状ですね」


「いやー、まあ後手しかないだろうな」

頭の後ろで手を組んで図書室の天井を見上げる。

 

「恋愛感情なんてそもそも自分の中にとどめておくだろ普通。いるだろ?いつの間に付き合ったんだよお前らってやつ。恋愛感情が引き金になる現象なんて発現してからでしか絶対に対処できない。なんなら恋愛感情をとどめておくことが引き金になるんじゃないかってくらいだよ。あの子もそうだ、えーっとあの堅物の彼女の…苗札ちゃんか」

 

記憶の中の苗札を探していた。会ったこともないから当然と言えば当然だ。

 

「兎に角、”恋患い”はまだ出てくるかもしれないな残念だけど」


 部活動の掛け声が反響して聞こえてくる。ボールがバットに当たる音や校庭を走る掛け声等、高校の夕方を構成するのは運動部であると言わんばかりにグラウンドからの主張は強い。

 

 

「先輩、唐突ですが『恋の味方』って名乗る女の幽霊ご存じですか? 」

「知らん。大体なんだよ恋の味方って…おいまさかとは思うが」

「そいつに出くわしまして…」


 ため息をつきながら後方の壁に頭をつけた後、水飲み鳥のように前に倒れ机に突っ伏してからこちらに指を指して言った。

「お前はいつも大事な話をするのが遅い。なにが『情報がほとんどない』だ。重大すぎる」


「まだ恋患いだと決まったわけじゃなくて… 」

「それでも言うだろ。俺は何のためにいると思ってるんだ」


 そこからは事細かに説明を要求され、それを榲桲は腕を組んで静かに聞いていた。


「大体は理解した。まぁ確かにあの時とは違うな。確定はできない、ただの不審者の可能性は十分にある」


「んだが……可能性という面で言うとあの時、物が発火したように罹患者がそういう精神状態になっている可能性だって捨てきれないだろ? 」


「まぁ、確かに」

 あれが人間だとは到底思えないが、物燃えてるしな実際。そうなるとあのような状態になる恋患いがどう作用するのか……それを調べなくてはならなくなる。


「あー、取り敢えずだ。そいつの事を『恋の味方』と呼称する事にするが……お前結構ノリノリじゃないか? 」

 そう言われてハッとする。楽しんでいたつもりは無いがただ自然と「自分が解決すべき事案である」と思っていた。


「じゃあ、頼むわ」

 これが俺と先輩との距離感と関係。だが、こうなる事は分かっていたような気もして少し自分が嫌になった。


 渡り廊下を通って教室棟を目指した。コンクリートを上履きで歩く度にザラザラとした感触が伝わる。改装した教室棟と図書室のある南棟の境目ははっきりと年代の差ができていてひび割れた塗装から白く綺麗な壁のある建物へ入る行為は過去を切り離すようで清々しかった。


 約束の時間まではまだ余裕がある。昼間の強引な約束、何処に行くかなど聞いてもいないが高校生の行ける場所などたかが知れてる。電車に乗るには少し遠い住宅街の中にあるのだから、行く場所など限られている。


 廊下は窓の形に影を作り夜を待っていた。黄昏時の校内はその特有の淋しさを有している。そしてそれは多くの高校生にとって経験しないものでここにいる自分のみが全てを背負っているような感覚に陥る。


ティロリン――


 通知音が軽快に鳴った。スマートフォンを取り出し、廊下を歩きながら画面を見た。校内には「ながらスマホ禁止」の張り紙がされているがこの廊下で注意する者など一人もいなかった。


『熱は下がった。ありがと』


 何時間も前のメッセージに返信がついた。スマホを触るほどの気力もなく寝込んでいたのだろう。


『母親まだ帰ってなくて、なんか買って来てくれない? 』

 いつもの、アニメ調のスタンプで会話するようなものではなく弱々しく丁寧な言葉が続いた。


『分かった。少し予定があるから遅れるかもだけど』


 と返信して下駄箱へと歩いた。良く考えれば熱を出している友達より大事な用など無いとも思ったがいいだろう。


 夜はまだ始まってすらいない。

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