解(こたえ)合わせ
苗札千代は憧れていた。
なにも劇的だった訳では無い。朝の憂鬱な登校が風紀委員である宇佐美雪菜の挨拶ひとつで簡単に変わっただけだ。
1年生の2学期、内気だった彼女の手を挙げる動機に宇佐美雪菜という人間があっただけだった。
風紀委員に入り、憧れていた人物と活動ができた、働きぶりを褒められた、それだけで体いっぱいの幸福を味わえた。
風紀委員の仕事に慣れ、正門前の枯葉も消える頃、隣に立つ宇佐美に今までにない感情が芽生えたのを感じた。生徒に注意する声も付随する白い息にも今までとは違う何かを感じた。佇まいもしなやかにスカートから伸びた脚にまでも頬を紅潮させる程の何かがあった。
それが恋であると気づくのにそこまでの時間は必要なかった。憧れが恋に変わる瞬間であった。
恋する乙女の誕生だった。だがモヤモヤとした懸念事項が頭の思考を妨げ、やり場のない気持ちに悩んだ。世間体と噛み合わない感情、劣情が嫌悪感に変わるのではとまで思わせた。だがその気持ちに決着をつけなくてはとも思わせた。
便箋を鞄の小さなポケットに真っ直ぐ入れて風紀委員の教室の扉を開けた。この会議が終われば、と小さく決意した。他の委員も席に座り、ホワイトボードの前に変わらずの無表情の宇佐美に視線をやった。
「本日より委員会内での恋愛を禁止とする」
残酷にも苗札の宇佐美への気持ちのやり場は宇佐美自身によって途絶える事となった。恋愛感情による贔屓に怒った宇佐美が新たな制限を設けた。そんな単純な理由だった。
だが苗札は原因に対して怒るほどに弱くはない。しかし、それ故に自分自身の思いにきつく蓋をして生活を送っていた。
それがこじ開けられたのはつい最近の事。
一組のカップルが目に止まった。朝早くから登校する彼らが野球部員である事はすぐにわかった。身長差のある2人が笑顔で通り過ぎるのを見た時に頭に浮かんだのは何故か宇佐美雪菜であった。
そして逸らし続けた感情が、未だに燃え続けている事に嬉しさと少しの絶望を覚え、心の中のその火を消そうともがいた。
けれどその炎は消火しようとする程に燃え盛った。苗札自身の性格と途絶えた告白も相まって完全に消す手段は無かった。
これが
恋焦がれの始まりであった。
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