第8話 風紀委員長、宇佐美雪菜とシルバーバレット

「風紀委員の教室に何の用でしょう? 図書委員、鳴海春斗」

「俺の名前を覚えて下さっているんですね。宇佐美先輩、光栄です」


「各委員会のメンバーは全て把握していますよ。ライバルですから」

 宇佐美は廊下で立っている参考人達に声をかけた。

「…それでそんな大所帯で何用ですか?支給された教室は狭いんですよ。それに…」

 長くため息をつく。

「図書委員とは今、一番話したくないですね」

 間髪入れずに会話を続ける。

「今回はその件に関わってくる事でして」

 相手はあの風紀委員長だ。強気でいかねばと思い、堂々と宇佐美の目の前の席に座った。

「単刀直入に言います。風紀委員内の恋愛禁止令を撤回して頂きたい」



「へ?撤回?」「なんですとー! 」「え?どゆこと?」「風紀委員長…デカい」

 と口々に言った。誰かが殴られ、情けない声を上げた。呼ぶんじゃなかったかも…男子生徒A。


「はぁ、それが何か関係あるとでも?」

「だから説明しに来たんですよ。この学校に起こった事を」


 長机といくつかの椅子、ホワイトボードと、殆ど物は置いていなかった。席に座るのは事件の被害者とその関係者達。


「…で、発火現象と風紀委員の恋愛禁止に何の因果関係が?全くもってわけが分かりませんね」

「まず発火現象について話しましょう。最初に起こったのが家庭科室。そこにいる生徒のスマートフォンが突如発火し、校内は一時騒然となりました 」

 男子生徒Aは宇佐美に対して格好つけて手を振るが無反応であった。

 

「それは存じてます。第一、発火事件に関しては先生方から報告があったはずです」


「次の発火はそれから2日後でした。これもすぐに消火され、ここにいる笹鳴も大きな怪我はありませんでした 」


「ですがここからが問題です。何故スマートフォンと首にかけたタオルが突然燃えだしたか、です」


「誰かが火をつけた…とか? 」

「スマートフォンにか? 」

「そっか…うーん」

 杏子が疑問を口にする。それは当然の帰結、だが現実はそうではなかった。


「簡単に言うとこの発火現象は我が名坂高校で起こる怪奇現象です」


「鳴海君…そういう冗談はちょっと」

 笹鳴は呆れた顔をする。まあ当然といえば当然だ。


「まあ待ってくれ、俺を変人扱いする前に説明させてくれよ」


「この現象の名称は”恋焦がれ”。物にこもった感情が発火する現象。なあ、笹鳴。ものが燃えたとき、何を考えてた?正確に言えば誰を思い浮かべてた? 」


「そんなの覚えてないよ…。体育の時でしょ?えっとその時は休憩してて…あ」

 笹鳴は顔を赤らめる。続けて男子生徒Aは何故か誇らし気に語った。

「元カノだっ!!料理部の娘たちと比べていた!やはり俺には彼女しかいなーい! 」


「俺はこの二人に共通点なんてないと思ってました。ですが違います。この二人の共通点、そして”恋焦がれ”の発生条件は」



「誰かを思い慕う事、そしてその人に関係するモノを手にしている事です」

 宇佐美は顔色ひとつ変えず思案し、他の皆は困惑していた。宇佐美は口を開き、笹鳴が何かに気が付き立ち上がった。

「どういうことですか?鳴海図書委員」

「鳴海君!わかったから…それ以上は」

 

 笹鳴の制止する手を目で捉えてそのまま話を続けた。

「まず彼のスマートフォンには彼とその前の彼女のプリクラ写真が入っていました。そして笹島は...ある男子から貰ったスポーツタオルを首にかけていた。その条件下で…まあそういう事です」

「ありがと...鳴海君」

 笹島の顔が真っ赤になってショートしそうだったので慌てて濁した。こういうのを純粋というのか。

 

「私も少しは榲桲から聞いてますよ、昔の発火事件のことは。ですが伝承も何もないこの事件を超常現象と断定するには早計では?」

「伝承ですか...もしかしたらあったかもですが。例えば吸血鬼を倒すには銀の弾丸を打ち込めっていう話はよく聞きますが、そういった話には原初の人がいたはずです」

「原初の人? 」

「初めて吸血鬼に打ち勝った人ですよ。銀の弾丸が効果的であることを突き止めそれをひたいにぶち込んだ。まあ、ひたいじゃないかもしれないですけど」


「俺らはエピローグにいるに過ぎない。この対処法もわからない怪奇現象に効果的な銀の弾丸を一から作り上げなくてはならないんです」


 宇佐美はその白く細い腕を組み、話をゆっくりと咀嚼した後、まっすぐにこちらを向いた。

「ですが私の時間を奪ってまで話しているわけですから、原因とその対処法も当然あるのでしょうね? 」

 

「発生原因も目星は付いてます。この日誌をご覧ください」

 ぼろぼろの保健日誌を机に差し出す。恋焦がれた女子生徒の叫び。休日返上で調べたんだ、無駄にはさせない。


「これは...」

「恋焦がれに殺される...?」

「この学校の前身、名坂女学校で起こった発火現象の原因となる女子生徒が当時の保健教諭に当てたメッセージです」


「これが原因とでも言いたいのですか?この女子生徒が」

「当時、名坂女学校では不純異性交遊として他校の異性とかかわることを禁じていました。それが彼女の”恋焦がれ”発症と感染拡大の原因でしょう」


「感染拡大...?この”恋焦がれ”は感染するのですか? 」

「この日誌にもあるでしょう?学友の所持品が燃えたと」


「ん?ちょっと待って。じゃあなんでそんなに拡がってないの?風邪みたいに感染っちゃうならもっと火事が起こっちゃうんじゃない?」

 相変わらず杏子は鋭いとこを突いてくる。

「これは母体となる人物からしか感染しないからです。この事件はある一人の生徒によって起こってしまったものなんですよ」


「そして私が考えるにその生徒とは…」

 少し躊躇った。少ない手がかりから確証の無い答えを出すのは道理に合ってないと言われても文句はなかった。それでも、言うしか無かった。

 

「苗札千代さんです」

 今まで何気なく聞いていた苗札の表情が変わる。自分がこの話に介入するはず無いと思っていたかのような、驚きと動揺を見せた。

「え...?私」

 

「待ってください。”恋焦がれ”の原因の生徒のように抑圧した環境で苗札さんが発症したとして、そこのお二人に感染する意味が分かりません。彼女とその二人に接点はないはずです」

 宇佐美は立ち上がり強引に話を遮った。


「正門前ですよ…朝の練習がある野球部のマネージャーと普通の時間に登校する男子生徒に接触できるのは一人だけです」

「朝の挨拶と荷物検査ですか…確かに彼女は朝早くから来てくれていますが」


「それでも恋愛禁止を解除する理由にはなりません!そんなものは学び舎である我が校に、それも風紀の手本となる我々には必要ないものです! 」

 動揺を隠すように机を叩き、声を荒らげた。

「そっ、そんな事ない!恋愛は必要無くないよ風紀委員長さん、私最近マネージャー楽しいの。えっと…あの、よな…がとゴニョニョ」

「そうだデカい風紀委員さんよ!恋とは良いものだ!あいつとの日々は高校生活を最高に彩ってくれた!」



「宇佐美先輩、俺は正直恋を特別なものだと思ってないし、そんな事をしようとも思わない。けど物を燃やしてしまうほどの彼らの感情は規則では制限できないと思ってます。それは風紀委員でも同じなんじゃないですか? 」

 恋愛なんてものは勝手に湧き出てきて制限されればされるほど、それこそ燃えるように強くなる。そんな厄介な恋の性質が実体化してしまったというありえない怪奇現象、それが恋患いなのかもしれない。


「それに苗札さんは言わば恋焦がれの犠牲者です。この事件には加害者などいない。風紀委員の責任はないと判断されると思いますよ」

 先の会議、それが懸念事項なのだろう。このことが追及されれば彼女の高校での地位は危ぶまれる。


「…分かりました。苗札さんはいつも頑張ってくれています。制限を解除しましょう」

 宇佐美の決定に歓喜の声が上がった。

「良かったよー千代ちゃん! 」

「苗札さん!やったね」

 苗札自身は状況を飲み込むまでに数秒かかり、その後宇佐美に対して微笑んだ。


「ただし苗札さんのみ、特例で認めます」

 なんとも言えない空気が流れる。一瞬誰も理解ができず首を傾げた。

「風紀委員としては認可しがたい。ですがこの一連の火災事件の対策として…やむを得ずです」


 杏子と笹鳴は顔を見合わせた。

「…まあでも、千代ちゃんが自由ならそれで」

「…そうだよね。良かったことには変わらないし」

 和やかな空気が再び流れた。

「やるじゃん、鳴海君」

「やっぱ春斗だよ、できると思ってた! 」

 やっと終わった。よりにもよって恋愛について考え続けることになるとは…2年のスタートとしてはこの上なく、最悪だ。


「…めです」

 一つのこぼれた言葉が辺りを静かにさせた。全員の視線が俯く苗札千代に注がれる。

「え?」

「それじゃあダメなんです…。だって」


「私が好きなのは宇佐美さんなんですからぁ!!! 」


 宇佐美は椅子から転げ落ち、今までとは別の感情を顔に出していた。

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