第14節 いい人達って、どうしてこう本当にいい人たちなんでしょうね?

「──つまり、私が妊娠していて、私のお腹の中の子供と、私の魔力が干渉したから、途中で私が気を失ってしまった、と、そういうことね」


 目の前に座る僕を見やって、そう告げる女性──名をマリア・フリードさん、という彼女は銀髪をした美しい容姿の女性だ。


 つややかな長い銀髪に、スッ整った鼻梁。


 美貌ではあっても冷たさはなく、むしろどことなく夏の花を連想させるような、そんな笑顔を浮かべるのが特徴的な彼女は、男性──ジーク・フリードさんの妻であるらしい。


 そんな彼女からの問いかけに僕は、はい、と頷いた。


「僕の魔法によれば、そうなります」


 ここでカンコンの存在を告げると話がややこしくなるので、そう曖昧にぼかして告げる僕にマリアさんは、しかし妙に納得した表情を浮かべて、


「なるほど。確かにあれは魔力暴走の症状だったもの。妊娠した女性魔術師がそういう症状を発症することがあるというのは私も聞いたことはあるし……そう、私妊娠していたんだ」


 言いながら女性は自分のお腹を見下ろして、そこを愛おしそうに撫でる。


 それを見て、少しだけ僕はチクリと胸が痛むのを感じた。


 しかし僕はそれを内心に飲み下し、代わりに二人を伺うように見やって、


「えっと、二人は僕の【治療】魔法で治療しましたけど、お怪我はありませんか?」


 僕の問いかけに答えたのは、はたしてジークさんのほうだった。


「おう、俺は大丈夫だ。なんなら【冥府龍】と戦う前よりも調子がいいぐらいだぜ」


 ニカッと笑ってそう告げるジークさんにマリアさんも穏やかに笑いながら頷いて、しかしそこでハッとした表情を彼女は浮かべた。


「そうよ、【冥府龍】!」


 その言葉で途端に二人は警戒の視線を走らせるが、しかしどこにも【冥府龍】の姿がないことに気づいたのだろう、夫婦で似たような表情で二人は呆然とする。


「いない? えっとねえ、君【冥府龍】……ここに居座っていた大きな魔物はどうなったのかわかるかな?」


 マリアさんが僕へと視線を合わせて、そう問いかけてくるので僕はどう答えようか、としばし迷った後に、ポツリ、こう呟いておく。


「さあ、僕が来たときには倒されていました」


 僕があなたの魔法を使って倒しました、と言わないのは、あの【冥府龍】を倒せる実力があると、二人に悟られて厄介なことに巻き込まれないためだ。


 そんな僕の答えに、しかし二人は納得したのか、そうか、と同時に呟いて、


「だったら、いい。それじゃあ魔晶石は……」


「ああ、それなら。あそこに」


 言って僕が指さすと、そこには滅紫色の結晶体が落ちている。


 ジークさんとマリアさんはそれを見た瞬間に目の色を変えてそちらへと駆け寄っていき、


「よかった! 別の誰かが倒したというから持っていかれたと思ってたけど、まだ残っていたんだあ……!」


「ああ、ああ! これで俺達も国許に戻れる! もう二人で逃亡生活を続けなくていい!」


 そんな風に二人して喜ぶジークさんとマリアさんだが、そこでしかしマリアさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、自分のお腹をやさしくポンポンと叩いてみせた。


「二人で、じゃないでしょう。まだ増えるんだから」


 マリアさんの言葉で、ようやく自分達の間に新しい命が宿っていることを思い出したのだろうジークさんが嬉しそうな表情で「そうだな!」と叫び、


「おう、そうだった! 俺達の間には子供が生まれるんだもんな!」


「そうよ、あなた!」


 そうして抱き合う二人。


 ひゅーひゅー、お熱いことですねぇ。


 いやはや、まったく(見た目だけ)五歳児の前だというのにあんな風にイチャコラしやがって、けしからん、本当にけしからん。


 これは末永く爆発し続けてもらわないといけませんなあ……!


《回答:それでは二人に【爆撃】魔法を使用しますか?》


 ちょい待てこら⁉ そこは比喩表現だとわからんのかお前は⁉


《回答:当機/管理人工魂魄は人工物ですので、人の機微はちょっと》


 嘘つけ! 人の機微が分からない奴が、言葉尻にちょっとなんて単語使わねえわ!


【それじゃあ、私の方で二人に祝福の呪いでもかけてあげましょうか? とりあえず〝男が浮気したら一生尻の毛がむしられ続ける〟って呪いあたり】


 それもそれで、地味に怖いわ⁉ どこが祝福だよ⁉ っていうか【魔王】が悪乗りするな⁉


 そんな風に僕が脳内で困った人工知能と【魔王】幼女との間でやりあっていると、ようやっと我に帰ったのだろう二人が、顔を真っ赤にしながら僕の方へと振り向いてくる。


「あー。すまないな、坊主。ほったらかしにしてしまって」


「お、おほほ。これはその、違うのよ? 夫婦ならこれぐらい普通なんだから」


 絶対に嘘だと思ったけど、そこを指摘しない程度には僕も空気は読めるのである。


 と、その時、ふとマリアさんがコホンと咳払いをしてこんなことを聞いてきた。


「そういえば、あなたはどうしてこんな【迷宮】の中にいるのかしら?」


 いまさらなその問いかけに、しかし僕はどう答えるべきか迷ってしまう。


 正直に、実は僕って【魔導書】で~、なんて言えるはずもなく。


 だから、僕は代わりの言葉を探して、脳を素早く回転させた。


 こういう時こそ、かつてボライターを目指したその能力を生かし、二人が納得するいかにもな物語を考え出すべきだ!


 唸れ、僕のボライター脳!


 っていうか、ボライターってなんだよ、クソダサいな⁉


 なんて風に僕は脳内でボケとツッコミを繰り返しつつ、思いついたことを口にしてみた。


「……えっと、気づいたらここにいた、というか。そのそんな感じでして……」


 秘儀、曖昧に答えときゃあ、とりあえず相手が勝手に勘違いしてくれる作戦!


 政治家だった父がよくやっていた手だ。


 実際にはなにも答えていないのに曖昧な感じでそれっぽく答えておけば、相手が勝手に勘違いして感心してくれる、と言う技である。


 意外とこの技は簡単なようでいて難しく、コツは相手が勘違いしてくれる程度に情報を出しつつ、しかし詳細は語らない、というところにある。


《指摘:それは一般的に詐欺というのではないでしょうか?》


 HAHAHA! な~にを言っているだい? 政治家と詐欺師は紙一重な職業じゃないか!


 まあ、とりあえず、そんな風に言ってみると思惑が成功したらしく顔を曇らせた二人。


「そう、じゃあやっぱり……」


 表情を険しくしてそう呟くマリアさんに、ジークさんがしかし努めて明るい声を出して、


「あー、それじゃあ、お前の名前を教えてくれないか? いつまでも小僧とか呼ぶわけにもいかねえしな」


 そんなジークさんの問いかけにしかし僕は困ったように眉根を下げる。


 名前、名前ねえ……。


 確かに前世の名前はある。


 でも、あの名前古臭いんだよなあ。


 下の名前もそうだけど、上の名前も絶妙にダサくて、あまり名乗りたくない感じだ。


 なので、僕はこう答える。


「名前、ありません」


 言った瞬間、二人は再び表情を曇らせた。


 いや、こうなることはわかっていたよ?


 でも、やっぱりここで前世の名前を名乗るのは違うよねって感じだし。


 ほら、せっかく転生したんだからさ、前世の名前とは別の名前を名乗りたいじゃん?


 今生ではどんな風に名乗ろうか? ヴィルヘルム? ウィレム? ウィリアム?


 とりあえず、そんな風な名前を名乗ろうかなあ、と僕が考えていると、


「うーん、そっか。まあそれなら仕方ないわね」


「おう、そうだな。それよりも魔晶石を回収して早く地上へ戻ろうぜ。せっかくだから、転移結晶を使っちまおう。お前もお腹の中の子供がいるしな」


 明らかに話を逸らそうとしてわざとらしく明るい声音を出すジークさんとマリアさん。


 あ、ここでお別れかな、と僕は思った。


 僕と彼らは所詮他人だ。


 彼らが【迷宮】から出るというのならば、僕との縁もそれっきりだろう。


 そんな風に僕が納得して、彼らへお別れの挨拶をしようとした──まさにその時。


「ほら」


 そうジークさんが告げて、どういうわけか僕は抱き上げられた。


「は? はい⁉」


 そのままがっしりとした太い腕で支えられた僕が目を白黒させていると。


 マリアさんの方が、魔晶石をその身に抱えつつ、懐からなにか青色の結晶のようなものを取り出すと、それを天に掲げて、


「転移・迷宮都市」


 その一言と共に僕の視界は真っ白に染まっていった。

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