第13節 現代紳士はスマホの中に叡智を隠す

 落ちていた。


「あぎゃあああああぁぁぁああああッッッ‼」


 勢いよく僕は空中から地面へと向かって落下していく。


 いや、ほんとマジのフリーフォールよ。Free fall‼


「無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬぅッッッ‼」


 轢死の次は墜落死とか嫌でござるぅ⁉


 っていうか、マジで本当に地面が近い⁉


 マジ無理、もうヤバい、あと三秒で地面に落ちる。


 ほら、い~ち~。


 に~。


 さ~ん──


《報告:【落下速軽減】の魔法を行使します》


 と言うカンコンの声と共に落下する速度が緩まった。


 本当の地面スレスレで止まった落下に、心臓をバクバクと鳴らしながら僕は安堵する。


「ああ、よかった。止ま──ふぎゃっ⁉」


 唐突に魔法が切れて顔面からゴツゴツとした岩場に落とされた。


 とんがった岩と盛大な接吻かまして激痛にのたうち回る僕はたまらず文句を叫ぶ。


「おい、カンコン‼ テメェ、いまの絶対にわざとだろう⁉」


《回答:はて、なんのことやら?》


 こいつ、見え透いた嘘を……⁉


 どうやら僕が無理やりに【冥府龍】へと挑んだことがよほど腹に据えかねているのか、そっけない態度をとるカンコンにプンスカ怒っていた僕だが、ふとその思考で気づく。


「あ、そういえば【冥府龍】!」


 言って僕が振り向いた先で、そこにいるはずの【冥府龍】へと視線を向ける。


 しかし、そこには膨大な閃光で貫かれて灼熱した大穴しかなく、黒い鱗に覆われたクソデカ大トカゲはどこにもいない。


「倒し、たのか?」


《回答:はい、【冥府龍】の反応はどこにもありません》


 カンコンがそう答えるのと、ゴドンッというすさまじい音が響くのは同時だ。


【あら、魔晶石】


 そんなアーシャの声が言うように、地面へと落ちたのは滅紫色に染まった僕の背丈をも超えるほど大きな水晶だ。


 僕でも肌で感じるほど、内部に膨大なエネルギーを貯めてそうなその石。


 それが唐突に現れたことに僕は目を白黒させる。


「あれは、なんだ……?」


《回答:あの結晶体は魔晶石となります。膨大な魔素を貯め込み【魔神】の魂の欠片を宿した魔石の一種ですね。どうやら【冥府龍】は【魔王】の成りかけだったようで》


 カンコンの説明に、僕はしかし、ふうん、と生返事を返して。


「って、あ! そうだ、あの二人は⁉」


 言って視線を周囲へと向けた僕は、少し行った先で倒れ伏す二人の影を見つけた。


 慌ててそちらへと駆け寄り、しかしその怪我の深さに息を飲む。


「……ッ! 管理人工魂魄、この人達を治療することは可能か⁉ できれば女性のお腹の中にいる赤ちゃんも含めて‼」


《回答:当機/管理人工魂魄を正式名称で呼んだことに免じて、その命令、受諾しましょう》


「頼む!」


 そう僕が叫ぶと、カンコンは自動的に魔法を発動してくれて、二人の体に重なるような形で魔法陣が展開。


 特に女性の方にはもう一つ小さな魔法陣がお腹の上に展開し、そうしてそれが二人の体に重なると、途端にあれほどの大怪我をしていた男性の傷は癒え、女性の方も青白かった顔色がうすれ、健康的な肌艶を取り戻す。


「……ぅ」


 そうして傷が治った途端、男性の方がそんなうめき声を出して目を開けた。


 ゆっくりと開けられる茶色い目。


 精悍な容姿をした男性だ。


 身長にして2メートル近い巨漢で、その肉体は服越しにでもわかるほどたくましく鍛え上げられており、髪は瞳と同じ茶色で、その一部が長く伸びていて頭の後ろで束ねられているのが特徴的だった。


 そんな容姿の男性が目を開き、こちらを見る。


「……こど、も……?」


 男性が発した疑問の声に、しかし僕はどう答えていいかわからなかった。


「……あ、え、えっと……」


 途端に言葉へと詰まってしまったのは、別にコミュ障とかではなく彼らへとどういう立ち位置で接するかに迷ってしまったからだ。


 これが生前ならば、学校の同級生にはお茶目な優等生として接したし、家でならば親に叱られない程度のいい子を演じていればよかった。


 カンコンやアーシャには僕が【魔導書】だとわかっているので相応の態度も取れる。


 だが、そうじゃない人間には果たしてどういう態度をとるべきか。


 そう迷っているうちに、完全に目覚めたらしい男性がその上体を起こし、


「ここは、まだ【迷宮】の中なのか? なのに、えっとどうして子供が……」


 周囲を見渡して、そう困惑の表情を浮かべる男性。


 それに僕はこう答える。


「あ、あの。二人が倒れていたから、治療しましたっ!」


 とりあえず、というように僕がそう告げると男性はハッとしたような顔をして、


「そうだ! マリアは⁉ マリアの奴、いきなり倒れて‼」


 慌てて周囲を見渡した男性は、しかしすぐそばで今も眠る女性を見て、安堵の息を吐いた。


「よ、よかった。とりあえず生きているみたいだな……」


「あ、はい。その、お腹の中の赤ちゃんも無事です」


 男性の言葉にそう僕が答えると、しかし男性から返ってきたのは、は? という言葉だ。


「お腹の中の赤ちゃんだって……?」


 きょとん、とした表情を見るに、もしかして知らなかったのだろうか?


 少し余計なおせっかいだったかもしれない、とは思いつつ僕は頷き返して、


「はい。お腹の中にいる赤ん坊がその人の魔力に干渉したとかで気を失ったみたいで」


 そう僕が告げると、途端に目を大きく見開く男性。


「なんだって……⁉」


 そうしてもう一度バッと男性が振り向くのと女性が目覚めるのは同時だ。


「……ぅ、ん、ここ、は?」


「お、おう⁉ 目覚めたか、マリア‼ お、お前、妊娠していたんだな! 赤ちゃん! 俺達の子供だ!」


「……ジーク? 妊娠って、そりゃあ、あんだけ激しく毎日ヤッてれ──むぐっ」


 女性がなにかを口走ろうとした瞬間、僕でも驚くほどの速度で男性は女性の口を防ぐ。


「ば、ばか! お前、ここには子供もいるんだぞ⁉」


 ちらっ、ちらっ、とこっちを見て焦った表情をする男性。


 へえ、ほーん、激しく毎日ねえ。


 うん、まあ僕も途中まで聞こえていたから女性がなにをいいたいのかはわかるよ?


 今時の男の子はスマホさえあれば、その手の知識をどこからでも手に入れられるからね?


 僕だってスマホの中には秘蔵のあれやこれやを隠しているわけだし、だから、そう子供の作り方ぐらい知識としては知ってますとも。


 そうして心の中で僕がニマニマしていると、「子供?」と呟く女性。


「……なんで、【迷宮】の中に子供がいるの?」


 いや、ほんとごもっともな意見だと思います。

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