第12節 〝誰が為に己を賭けよ〟
男性と女性が地面にたたきつけられる。
『………』
二人はピクリとも動かない。
男性のほうはもろに【冥府龍】の一撃を食らい、全身から血を流して気絶。
女性の方は、そんな男性に守られる形で抱え上げられているが、それでも先ほど異変を起こしてからずっと目が覚めていない。
「な、にが……?」
僕の疑問に果たして答えたのは管理人工魂魄だった。
《回答:女性側の胎内に未成熟魂魄を確認。どうやらその魂魄と女性の魔力が干渉したために起こった魔力暴走によって、女性の意識が喪失したものと思われます》
未成熟魂魄……つまり、赤子が彼女のお腹の中にいるということか。
それが何かしら魔法に影響を与えて彼女は気を失ってしまったらしい。
だが、そんな事情なんて【冥府龍】には関係なく、あいつは二人にとどめを刺そうと、一歩、また一歩と近づいていく。
「……! やめ──」
ろ、と口にしかけて、しかし僕は、そこで口を紡ぐ。
では僕になにができるのか、と疑問してしまったからだ。
彼らを救いたい?
馬鹿を言え、あの【冥府龍】に僕が敵うわけがない。
一番の得策は見捨てることだ。
けっきょくのところ彼らとは直接の面識もない、こちらが一方的に知っているだけの関係。
あの二人が死んだところで、僕にはさしたる影響もなく、ここで見捨てたところで誰が責めるというのか。
彼らは運がなかった、ただそれだけ。
そうだ、女性のお腹がほとんど膨らんでいないことを見るに、まさか彼女も自分の中に新たな命が宿っているなんて、これっぽっちも思わなかったのだろう。
だから、そう。
彼らの不幸こそ憐れだが、それをどうこうする責任も力も僕にはなくて。
「──でも」
僕は知っている。
目の前に生まれてくる前の命があると。
ギュッと拳を握りしめた。
あの二人がなぜ、こんな場所に来たのかはわからない。
ものすごく強いから、力試しにでも来たのか、あるいはもっと別の理由があるのか。
いずれにせよ、あの男性と女性は、きっと夫婦なのだということだけは僕にもわかって。
そしてそんな二人に愛されて生まれるべき命がそこにあるのも僕は知っている。
見捨てていいのか?
合理的に考えれば見捨てるべきだ。
でも、それは二人だけじゃない。まだ生まれていない命も見捨てることになる。
「──ああ、クソッ──‼」
叫んでしまったのが、ダメだった。
「カンコン‼」
僕は知っている。
僕には何もできないことを。
そして、できないならばできる奴にやり方を聞けばいいということも。
《回答:ですから、カンコンと呼ぶのは断固拒否すると申しまし──》
「あとで、別の呼び名をつけてやるから、あの人達を救う手立てを今すぐ考えろ‼」
僕の命令に、しばし黙った管理人工魂魄は、
《指摘:大変なリスクを伴います。この状況への介入は当機/【魔導書】の保全を担う者として断固拒否いたします》
「そうかい。じゃあ、こうする──‼」
言って僕は、すぐそばにあった門へと手をかけた。
幸いにして門は僕の五歳児じみた小さな腕でも簡単に開けて、そのまま僕は奥へ踏み込む。
《警告:いったいなにを⁉》
「お前がなにもしないというのなら、強制的になにかしたくなるようにするまでだよッ‼」
僕が叫ぶのと小さな侵入者に【冥府龍】が気づくのは同時だ。
──GULLU……‼
ひぃぃぃいいいい、やっぱり怖いいいィィィいい‼‼‼
もうホント、マジヤバい! ヤバすぎてヤバたにえん、飛び越えてヤバ谷宗十郎だよ⁉
いや、ヤバ谷宗十郎って誰よ⁉
まあ、とにかくヤバい。
あー⁉ 【冥府龍】がこっち向いたァ──⁉
「なあんか、息すってんですけど⁉」
そう僕が叫んだ通りの行動をして。
そして【冥府龍】はそれを吐き出した。
轟ッ‼
そんな轟音を立てて、目の前に炎の津波が迫る。
【冥府龍】による火炎放射だ。
龍の息吹と言う言葉そのままのそれが、もはや壁のようになって僕へと迫る。
《対処:はあ、全く仕方ありませんね》
そんなカンコンの言葉と同時に僕の視界が唐突に光へと包まれる。
そうして襲ってくる浮遊感。
「うおおお⁉」
気づけば僕は、広い30層の天蓋近くに浮いていた。
「え、ええ⁉ なにしたの⁉」
《回答:【転移】の魔法を使いました。それ以外に当機/【魔導書】の保全を図れませんでしたので。また、そのまま可能なら視界を下の方へと、具体的には女性が魔法陣を展開した場所あたりを見てくださると幸いです》
「お、おおう⁉ それでなにができる⁉」
《回答:大変不本意ではありますが、あなたの無茶に付き合わせていただきます。あなたの視界を利用して、当機/【魔導書】と魔導書館の【魔導書】の力を合わせ、女性が発動しかけていた魔法を再発動します。時間がかかりますので、どうかそれまで死なないように》
「いや、死なないようにってどうすればいいのよ⁉」
ただ空中に浮いていることしかできないんですが、もしもしぃ⁉
そんな風に内心では叫びつつも、僕は視界をはっきりとあの女性が魔法陣を展開したあたりへと向ける。
《捕捉:魔法陣の残留魔素を確認いたしました。魔素の
カンコンが告げた瞬間、空中に光が走った。
魔法陣だ。
女性が気絶すると同時に霧散していたはずのそれが、確かに空中へと描かれていく。
──GULU‼
それに【冥府龍】も気づいたのだろう。
顔を上げ、そして再度の火炎放射を放とうと大きく息を吸う。
「ちょっ、ちょちょちょ! ダメダメダメダメ──‼」
そう僕が絶叫していると、
【うふふ。面白い状況ね! ちょっと力を貸してあげるわ‼】
脳内で唐突にアーシャの声が響いて、かと思ったら開きっぱなしになっていた31層へと続く扉から大量の本達が飛び込んでくる。
【
無数の浮遊する本が、そのまま僕と【冥府龍】の間にある空間を埋めていき──
──轟ッ‼ という音と共に超高温の熱量が吐き出された。
それに対し【
発射された魔法と【冥府龍】の火炎が衝突するも、しかし所詮は下級の魔物が放った魔法だからか、次々と火炎に撃ち負けて焼かれていく【
だが、それでも彼らの活躍によって、火炎は僕へ突立つする前に相殺される。
「おおお、すげえ!」
【ふふん。彼らも欠片とはいえ「魔導書」なのよ。これぐらい当然でしょう】
僕の脳内で自慢げに語るアナスタシア。
《報告:魔法の
カンコンが告げる通り、すでに魔法陣は空中で元の姿を取り戻し、いつでも魔法を発動できる状態となっていた。
空中でそれを見た僕は頷いて一言。
「やれ──‼」
その言葉と同時に、魔法陣がひときわ大きな輝きを放ち──そして閃光が巻き起こる。
一閃。
そうして、放った魔法の一撃は。
確かに【冥府龍】を貫いた。
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