第11節 〝救いの手〟
【無限迷宮】第31層。
閉じられた門の端で、僕は膝を抱えて震えていた。
「……やばいやばいやばいやばい……」
さっきからずっと震えが止まらない。
心底からの恐怖に腰が抜けて、早くこんな場所なんて飛び出してしまいたいのに、しかし動けないまま、僕はがたがたと歯の根を打ち合わせる。
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ……⁉
一瞬だけ見たそれは、巨大なトカゲのように見えた。
黒色の岩とも錯覚しそうなほどゴツゴツとした鱗に身を包んだその体は決して直立していたわけでもないのに、見上げてもなお全体像がつかめないほど大きく。
おそらく全長で30メートルは下らないだろう怪物。
そんな化け物に一瞥を向けられた時点で、僕の心臓はつかみ上げられたように引き絞られ、そしてただの一鳴きで意識を飛ばされた。
「なんだよ、あれはいったい、なんなんだよ……⁉」
【あれは迷宮30層の守護者である「
その言葉はアーシャのものか。
歯の根を打ち合わせながら、それでも僕は見えざるアーシャへ呼びかけるようにして、声を発した。
「あ、あんなの無理だ⁉ 僕の手におえない! ほ、ほかのっ。もっと上部の階層へ門を開くことはできないのか⁉」
【……残念だけど、私は封じられた身なの。ここら近辺は魔素が濃いからなんとかなるけど、これより上となると難しいわね】
そんなアーシャの回答に僕は絶望したような面持ちを抱いた。
「そん、な……」
《補足:なお、当機/【魔導書】の現状における全力をもってしても、あの【
とどめにカンコンからそう言われて、僕は完全に頭を抱えてうずくまってしまう。
「は、はは。終わりだ、もうこんなの終わりじゃないかッッッ⁉」
たまらず、叫んだ僕へ、しかしカンコンはやはり人工物だからか、いっさいの感情が感じられない無機質な声音こう告げてくる。
《回答:いいえ、30年ほどの時間を頑張れば、あの【冥府龍】も倒せるようになります》
30年? 30年だって。
そりゃあ確かに千年とか言われていた最初よりはずいぶんマシになった。
でも、30年もこの【迷宮】の中にいろ、と?
あの【冥府龍】と隣り合わせになってい続けろ、と。
そんなの僕の精神が耐えられない。
《提案:でしたら、その他の方法としまして──》
と、カンコンがなにかを告げようとした──まさに、その時。
ズズンッッッ‼ という重い音が扉の向こう側から響き渡った。
「……ッ‼ なんだ⁉」
まさか、あの【冥府龍】がこちら側の階層に来ようとしているのか、と僕が顔を青ざめさせる中、カンコンはしかし冷静にこう告げてくる。
《回答:どうも、30層で戦闘が始まったようですね》
「せん、とう?」
せんとう、とはなんだろうか、銭湯? それとも尖塔?
尖塔って字面がカッコいいよね。
だって尖った塔だぜ、きっと鋭く尖って天から落ちてきたUFOあたりを貫くに違いない。
いや、そうじゃなくて。
そう、いま僕が気にするべきは。
「戦闘っていったい誰が……」
《提案:気になるのでしたら【感知術式】で30層の様子をご確認いたしますか?》
「……頼む」
お願いするのと、カンコンが自動で魔法を発動させて30層の様子が僕の脳内に思い描かれるのは同時であった。
ぐつぐつと溶岩のようなものが煮えたぎる30層の内部。
迷路のようになった31層とは違い、ただ一つの広い空間だけが広がるそこに【冥府龍】が鎮座している。
そんな【冥府龍】の前に、しかし先ほどはいなかった二人の人物が立っていた。
おそらくは20代半ばを超えたか、超えていないぐらいの年齢した男女二人組だ。
男性の方は身の丈を超えるほど大きな剣を握りしめており、たいして女性は美しい装飾の施された杖のようなものを掲げていた。
さながら剣士と魔法使い、といったところか。
そんな二人組が、どういうわけか【冥府龍】と対峙している。
「無茶だ……」
思わずそんな声音が漏れる。
いくらなんでも、たった二人で【冥府龍】に挑むなんて……そう僕が思った瞬間。
『───』
広間の奥で女性がなにかを歌い上げる。
それに気づいた【冥府龍】が唸り声をあげ、その巨体に見合わぬ、すさまじい速度で女性へと向かって突進。
このままでは女性は、その爪なり、尾なりの一撃で吹き飛ぶ、と俺が身を固くする中で、しかしその女性を守るように男性が前へと出た。
『───‼』
裂帛の気勢。
大きく息を吸い込んで女性へと突っ込んでくる【冥府龍】にしかし自らが吶喊し、それによって【冥府龍】の巨体と真正面から衝突した。
体格も、大きさも、重さも、なにもかも【冥府龍】の方が勝っている。
なのに。
───‼‼⁉
吹き飛ばされたのは【冥府龍】の方であった。
同時に、女性は歌い上げていた歌を止め、そして天高くその手に持つ杖を掲げる。
『───』
女性がなにかを呟いた──瞬間。
【冥府龍】ごと、広間が凍てついた。
──水属性極大魔法【
真っ白に凍り付いた大広間。
さしもの【冥府龍】ですら、その身の過半を霜に覆われて動けなくなる中、そんな隙は逃さない、とばかりに剣士の男性が一歩を踏み出す。
大上段に振り上げた剣を、そのまま一切のゆるぎなく【冥府龍】へと叩きつける男性。
そうして男性が凍り付いて動けない【冥府龍】に猛攻を加えている最中、女性がまたしても別の魔法を詠唱しだし、
「……すげぇ……」
これは、もしかしたら、もしかするかもしれない。
たった二人で【冥府龍】へ挑む男女。
一目見ただけで僕の心を折るだけの圧倒的存在をしかし彼らは畏れない。
カッコいい、と思った。
彼らみたいな存在になりたい、とも。
そう思って、そして僕が彼らへ見惚れていると。
『───』
そんな僕の目の前で女性は魔法の詠唱を終える。
──火属性極大魔法【
名の通り太陽光にも似た膨大な熱量を宙に生じさせ、それを対象へ照射することにより、その熱量で敵を殺す火属性魔法の中でも最上級の一撃。
それを、女性は発動した。
同時に飛びのく男性。
───‼‼‼
たいして【冥府龍】はそれを受けまいと、必死にもがき、そうして自身の身を覆う氷を振り払っていくが──もう遅い。
『───』
魔法が発動する。
天に魔法陣が描かれ、その中で膨大な熱量を持つ光が収束する。
そして。
そして。
そして!
『───⁉』
女性の体がかしいだ。
「え──?」
僕が呆然と見やる先で、唐突に倒れこむ女性。
女性が倒れると同時に発動しかかっていた魔法も途中で中断される。
その姿に男性も気づいたのだろう、慌てて女性へ駆け寄ろうとするが、その前に【冥府龍】がその身を覆う氷を振り払う方が早かった。
───‼
それまでの恨みを返すとばかりに咆哮して二人の方へと突進していく【冥府龍】
「や、やめ──」
扉の向こう側にいる僕の言葉なんて【冥府龍】にもましてや二人にも聞こえるわけもなく。
振るわれた【冥府龍】の一撃が。
二人の体を宙へと吹き飛ばした。
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