第10節 人間態になったからと言って、事態が好転するとは限らない件

「いやっ、なんで五歳児⁉」


 絶叫と共にそう叫ぶ僕へ、頭の中からカンコンがこう告げてくる。


《回答:魔素マテリアルの不足によるものです。当機/【魔導書】はまだ十全なる力を取り戻しておらず【魔王】アナスタシア・ヴァレンシュタインとの霊的な接続をもってしても、機能の八割はいまだ不具合を起こしたままとなっております》


「長い。端的に一行で」


《回答:つまり材料が足らないから幼児の体しか作れねえってことだよ》


 地味に僕の真似をしてきやがったな、こいつ……⁉


「いやいやいや。ダメじゃん⁉ 五歳児の体でどうやって【迷宮】を脱出しろと⁉」


《回答:いえ、そうとも限りませんよ。人間態を得たことでこれまであなたの思考や存在を維持するために使っていたリソースが解放されたこと、さらにここにある魔導書の支援を受けることにより、以前よりも強力な魔法が使えるようになりました》


「つまりは?」


《回答:31層であれば問題なく立ち回れるかと》


 おお!


「なんだよ、それ早く言えよ! じゃあ、善は急げだ、アーシャさ~ん!」


「……いやよ」


 こいつ、拒否してきやがっただと⁉


 と、気持ち古典的な少女漫画の劇画風な顔をしてみつつ、見やるアーシャのほう。


 そこには頬を膨らませて不貞腐れたような表情をする吸血鬼がいた。


「なにを言うのかはだいたい察せるけど、これ以上の協力はごめんよ。あなたのせいでせっかく復活のためにため込んでいた力の大部分も持っていかれたし……!」


「魔導書館の司書として一生涯雇用」


「さあ、なんでもいいなさい! 私にできることならあらゆることに答えてあげるわ! なんなら世界でも滅ぼしてやろうかしら⁉」


 なんかいろいろぐちぐち言っていたので、とりあえずこいつに効くだろう言葉を告げて見たら効果覿面だったので、だったら、と僕は告げて、


「ここに来るときに空けたあの門を同じ場所に開けてくれ」


「あら、それぐらいでいいの?」


 コテンと小首をかしげて問いかけてくるアーシャに僕は、おう、と答える。


「とりあえず、復讐してやりたいやつがいるからな……‼」


 そうして僕は改めて黒い門を出て【無限迷宮】31層へ。


 なんか、いろいろとあってずいぶん久しぶりな気がするが、これでもまだ一、二時間しかたっていないというのだから、おそろしい。


 転生してからここまで数時間もたっていないのになかなか濃い人生送っているなぁ、なんてしみじみ思いつつ僕が周囲を見やると、そこに、そいつがいた。


「見つけた! 【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】‼」


 僕の叫び声に答えるように、そいつ──空中に浮かぶ本みたいな魔物【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】もまたこちらへと振り向き、そしてやはり露出狂の変態みたいな動作でその体を開く。


 見せつけられたページが発光するのにあわせて、僕もまた腕を前へ突き出した。


「唸れ、僕のイメェェェエエジッッッ‼」


 瞬間、僕と【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】の間で魔法陣が生じる。


 両者ともに同時の速度で全く同じ魔法陣が展開。


 そして放たれた風の魔弾は、やはり全く同じ速度で両者の間を飛翔し──そして激突。


 魔法で押し込められていた風が正面衝突したことで解放され、すさまじい烈風を吹きすさばせる中、【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】はそれでも新たな魔法を発動しようとし、


「フッ! 遅い‼」


 言って僕は二発目の魔法を撃ち放った。


 憐れ、【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】は速攻で撃ち放たれた僕の魔法に対処する間もなく、その開かれた本のど真ん中に風の魔弾が直撃し、そのまま巨大な風穴を空ける。


 一瞬の静寂の後、【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】は黒い靄のようなものと化して、そのまま空中に溶け去っていき、それを見て僕はガッツポーズをした。


「よっしゃあ! 僕の勝利ぃ!」


 こうして僕の復讐は成った。


 さんざん追いかけまわされて、挙句の果てにクソ吸血鬼が待っている場所に叩き込まれたんだ、その死をもって償ってもらわねば割に合わない。


【ちょっと、誰がクソ吸血ですって?】


「うおっ⁉」


 なんで、いきなりアーシャの野郎の声が⁉


【言ったでしょう。私は魔導書と会話できる魔法が使えるって、それの応用よ】


 ちくしょう! また僕の思考を勝手に覗き見る奴が増えやがった‼


 ほんと、わりと深刻に僕の脳内プライベートが脅かされる昨今。


 それをひしひしと感じつつ、しかし僕は別のことへ気分を向ける。


「とりあえず、31層でも探索しようかっ!」


【迷宮】っていったらWEB小説でも憧れの場所!


 男の子に生まれたんだったら、そこを探索しつくさねば!


【意外と単純というか。あなたって、わりと単細胞な性格しているわよね?】


 言うなよ、そんなことは僕が一番知っているんだから⁉


 思いつつ、僕は周囲を探索。


 すると、三歩も歩かないうちに、第二の【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】を見つけたので、とりあえずというように先制で魔法をぶっ放して倒しておいた。


 と、思ったら、また【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】が現れる。


 なので、とりあえず倒しておいた。


 そして角を曲がったら【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】──倒した。


 直線を行ったら【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】──倒した。


 ばったり【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】──ぶっ倒した。


「……ちょ~と【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】さんが多すぎじゃあありませんかねえ?」


【あ。それ、私のせいだわ。私がここら近辺に魔導書館の入り口を開くことが多いから、そのせいで「魔導書」の〝型〟が「迷宮」内に漏れ出てしまっているのでしょうね】


 なんだよ、お前のせいかよ⁉ マジふざけんなよ‼


 とか何とか言いつつ、僕はあっちへいったり、こっちへいったり。


 けっきょくこの階層ではどこにいっても【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】しか出会わなくて、いい加減ふわふわ浮く本にうんざりしていた──まさにその時。


「お?」


 目の前に、それはそれは重厚な門が見えた。


「えっと、あれは……」


《回答:あれは30層へと続く階層の境界となります》


「おお! ってことは、あそこをくぐれば【迷宮】30層に迎えるのか!」


 ようやく上の階層に行ける! と歓喜して僕は門へと手をかけ。


【あ、ちょっと待ちなさい! そこから先は──】


 とアーシャの野郎が何か言っていたが、それを聞かず。


 そして僕が扉を開けた先で。


 ──GUL……。


 目が合った。


 恐ろしく巨大な影と、僕の目が。


「あ──」


 愕然と目を見開いたまま固まる僕へ、そいつは──


 ──GULLLLLLAAAAAAAAAAAA‼


 そんな咆哮を真正面から受け。


 僕の意識は霧散する。

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