第8節 わたしは くそざこ きゅうけつき です

《はあ~い! いまの言葉をリピートアフタミー!》


「……ッ‼ ……‼ わ、私は、クソザコ吸血鬼、です……!」


 屈辱に顔を染めながら、そう口にするアーシャ。


 彼女唯一の武器であったこの図書館にあるすべての【魔導書】を僕が支配下においたことで彼女は抵抗する力を失くし、ただ吸血鬼であること以外に取り立てて特徴らしい特徴もないクソザコ吸血鬼(幼女)と相成ったわけである。


 いやあ、いいよねえ。


 こう、それまで自分が圧倒的強者だと思っていた奴が底辺まで落ちるさまを見るのは。


《疑問:それは人として最低なのではありませんか?》


《そんなことは百も承知ですが、もしもしィ⁉ だけどな、こいつは僕の命を狙ってきたんだぞ⁉ だったらこれくらいの報復可愛いもんだろうが⁉》


 その気になればそれこそ薄い本展開でもしてやってもよかったんだからな⁉


 こう、触手を出してヌルヌルって! ヌルヌルヌルヌルッ‼


 ……と、危ない危ない、ついついヒートアップしてしまうのが僕の悪い癖だ。


 とりあえず、目の前のクソザコ吸血鬼さん(笑)は無力化した。


 あとはどう調理してやるか、というところだが。


「も、もういいでしょ! 降参するし、二度とあなたを私のものにするとは言わないから、私の【魔導書】を返しなさい‼」


《い~や~で~ご~ざ~る~! んなの返したらすぐに反撃食らうに決まってんだろうが‼》


 僕知ってる! こういう時に甘い言葉を言うやつが、実際には甘くないって!


 だって政治家やってる前世の親父がそれで長年の親友とか言っている人を裏切ってマスコミにスキャンダルをリークしているの見たもん!


 ホームパーティの席で、困ったときはお互い助け合おうな! とか言ってたその口で裏切るんだぜ⁉ そんな人達見て育てば嫌でも下手な譲歩が危ないってわかるからな⁉


 などと言いつつも、正直に言って数千だかなんだかある【魔導書】の取り扱いもそれはそれで困るんだよなあ。


 まさかすべてを持っていけないし、だいたいこれなんの役に立つんだ?


《回答:おおよそ現在当機/【魔導書】に足りていない戦力を補うことができるかと》


《ぜ~ったいに! 返してやらないもんねえ! べぇー!》


 剥く目はないが、気分としてはあっかんベーしながら僕はアーシャに言ってやる。


 こちとら! 【迷宮】脱出が最優先目標なんだよ‼


「うぅ~! うううっっ‼」


 僕の言葉に目じりへ大粒の涙を浮かべてこちらを睨んでくるアーシャ。


 これ以上はさすがに僕も可哀そうになってきた……なあんて思うわけがねえけどな⁉


 むしろ楽しくて仕方ないわ! がははは! もっと泣きわめけ! 屈辱に震えろ‼


 それもすべて僕を殺そうとしたことへの罰だ、ぐわっはっはっはっは!


 またもや僕が心の中でヒートアップしている最中、アーシャは屈辱でその身を震わせながら、しかし顔を上げてこちらをまっすぐと見やってきて、


「わかったわ……! 【魔導書】達の支配権はあなたにあげる! あげるから、どうか私をこの魔導書館に置いてちょうだい……‼」


 そういってあろうことかアーシャの奴が土下座をかましてきた。


《ほわっつ⁉ ジャパニーズどげ~ざ⁉》


 え、なに。こっちの世界にも土下座の文化があるの⁉


 っていうか、仮にも【魔王】とか名乗っている奴が土下座するとかどういう状況⁉


《回答:それほどまでに【魔導書】が大事なのではないかと》


 うん、まあ、そうなんだろうけど。


 僕もさすがに大好きなラノベや漫画、ゲームといったものを親に捨てられそうになったら土下座ぐらいするし、そういう意味ではアーシャの気持ちもわかる。


 だからと言って、危険な【魔導書】をタダで彼女に返してやるわけにもいかない。


 さて、どうしたものか、と僕が悩んでいると、


《提案:当機/管理人工魂魄の方から目の前の【魔王】アナスタシア・ヴァレンシュタインの活用法について、一つ案を提示させていただきたく思います》


《ほ~う? 言ってみやがれなさい》


 僕の言葉にカンコンは、はい、と頷くような間をおいて。


《確認:案の実行前に当たる前提として問いますが、そもそも当機/【魔導書】があなたの魂を取り込んだことになった原因を覚えているでしょうか》


《ん~。たしか【魔神】の欠片とかいうのを取り込んで、そのせいで情報汚染を受けたとかなんたらって話だろ。これは僕の認識だが、つまりお前は取り込んだらやべぇものを取りこんじまって、そのせいで機能がバグって壊れてしまったってところか?》


《肯定:おおむねその認識で間違いありません。少しだけ詳細を語りますと、当機/【魔導書】が取り込んでしまった魔晶石は、古の【魔神】の力を色濃く残した魔石です。その力はすさまじく。ただ取り込むだけでも内部を侵食され、当機/【魔導書】の機能は損なわれました》


《ふむ、なるほど。つまりお前はその魔晶石? に浸食を受けてたんだよな? んん? だとするとどうして僕を取り込む必要があったんだ?》

 ここら辺は純粋な疑問として興味本位に聞くとカンコンは律儀に答えてくれた。


《回答:簡単に申しますと、魔晶石が放つ【魔神】の力を濾過するためです》


 ほわっつ?


《濾過? 濾過ってーと、あれか? 水をこして不純物を取り除く的な意味の濾過か?》


《肯定:その濾過で間違いありません。当機/【魔導書】は【魔導書】であるがゆえに、どのような対処を行っても【魔神】の力を濾過することはできません。ですが、そこに天然の魂を挟み込むことで魔晶石から発せられる【魔神】の力はその魂に吸着され、純粋なエネルギーのみを当機/【魔導書】の内部に取り込むことが可能となります》


 いま、聞き捨てならない言葉を聞いたぞ?


《ちょっーと待てい⁉ 【魔神】の力が取り込まれって! それってつまり僕の方になんか悪影響があるってことじゃあないんですかい⁉》


《回答:その点についてはご安心ください。極端な影響は当機/管理人工魂魄の方でアジャストしております。それでも残る副作用はせいぜい精神的に高揚しやすくなる程度かと》


 あら、やだ! なんか転生してからずっとテンションがおかしいって思ってたけど、それが原因だったのでございますね⁉


《……ま、まあ、いい。とりあえず目立った形での悪影響はいまのところないからな。それで、話を戻すけど、このいまも土下座しているアーシャをどのように活用するつもりだ?》


 僕とカンコンの会話はカンコンが言うところの光速圧縮思念交換なるものでの会話らしいので、実際のところは僕達の会話は文字通り光の速度で交わされているのだ。


 だから、アーシャも僕とカンコンの会話は聞こえていないらしく、またその副作用としてカンコンと話している間は時間の流れが極端に遅くなる。


 ゆえに、そう僕はアーシャの土下座姿をずっと見ていられるわけだ、はあはあ。


《指摘:変態臭いですよ、変態》


《うるせえ! わかっているわ⁉ それより、さっきの質問に答えてくださいまし⁉》


《了承:はい。先ほども言いましたが天然の魂には【魔神】の力を吸収する効能があります。そしてその【魔神】の力を最大限に吸収して生まれるのが【魔王】と言う存在なのです》


《へえ。【魔王】ってそういう存在だったのかー》


 微妙に棒読みなのは、こいつがなにを言いたいのかわからないためである。


《肯定:ですので、当機/【魔導書】は、霊的に【魔王】アナスタシア・ヴァレンシュタインと接続することであなたと当機/管理人工魂魄が受けている魔晶石の影響を分散することを提案したいと思います。そうすることで機能の回復が飛躍的に早まるかと》


《……? 機能の回復が早まることで、なにができるんだ? あ、いや数字で示せってわけじゃなくて、具体的になにができるようになるかって、ことで示してくれ》


 そんな僕の問いかけに、はたしてカンコンはこう答えた。


《わかりやすいところでは、人間と同じ姿形になることも可能になるかと》


《今すぐやれ》

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