第6節 ぼくは くそざこ まどうしょ です

 戦闘が始まる、キリッ。


 なあんて、カッコよく決めて見たものの、それは戦闘と呼べるものではなかった。


「来なさい【治天の書】」


 アーシャがそう告げると同時に、書棚の一角から一冊の本がひとりでに浮かび上がって飛び出すと、そのまま振り上げていた彼女の手に収まる。


 あの内側から感じる力から見て──なんて言ってみたいが、もちろんクソザコ【魔導書】である僕にそんな感知能力があるわけもなく。


 ああ、でも、あれに関してはわかりやすい。


 つまり、その、あれだ。


 僕と同じ【魔導書】である。


「──【光あれ】──」


 たった一言。


 それだけで、世界が光に覆われた。


《うおっ、眩しィィ⁉》


《警告:高純度魔力を織り込んだ閃光攻撃です。術式解析……完了。魔法の効果は、術者にとって〝敵となる者〟の強制排除となります》


《わかりやすく一言で!》


《光を浴びれば死にます》


 最ッ高に! わかりやすいな、こんちくしょうめッッッ⁉


《どうすればいいんだよ、そんなの⁉》


《提案:抗魔力特性および遮光性能を織り込んだ結界の展開を推奨》


《じゃあ、それで!》


 言った瞬間、あれだけ眩しかった光がとたんに薄れ、しばらくして光そのものが収まる。


《ちょぉぉおい! なにいまの、殺す気か⁉》


「あら、ちょっとした挨拶じゃない。このぐらい【魔導書】さんならどうとできるでしょ?」


 ちょっと、アーシャさんや、あなたは僕がクソザコだと忘れていやしないでしょうかね⁉


 挨拶で殺されるってけっこう斬新よ。


 WEB小説では普通にあったわ‼


《ここ現実! 頼むから現実さん仕事してくれぇぇぇえええ‼》


 そんな僕の切実な願いもむなしく。


 アーシャの野郎が、また腕を振り上げる。


「次は、そうね。来なさい【閻魔の書】」


 言った瞬間、あろうことか僕が逃げていた方向の書棚から一冊の本が浮かび上がってそのまますさまじい勢いでこちらへと突っ込んでくるではないか。


《うおっ、危ない⁉》


 二度目の轢殺はごめんでござるぅぅぅううう‼‼⁉


 そんな思いで必死に回避したのが功を奏したのか。


 飛び出てきた【魔導書】はそのまま僕のすぐそばを過ぎ去っていってくれたが……それは、つまりアーシャの野郎の手に収まったという意味でもある。


「──召喚サモン火炎邪精霊イフリート】」


 轟ッ! と燃え上がる炎。


 一応、ここ図書館の中だというのにそれを無視して全体を覆う莫大な火炎が空間をなめていき、そうして劫火の中央でそれは生まれた。


【──ゥ、オ──】


 それは一見すると人のようにも見えた。


 人と同じ五体を持ち、手足を持ち、直立する影。


 しかしその顔は獣のような意匠を持ち、側頭部からは羊のようにねじくれだった角が生え、その手足に伸びる爪の鋭さと言い、背中から伸ばす蝙蝠のような翼と言い、


《なんか、ヤバいのキタ───‼》


 だめだめだめだめだめ! あれ絶対ダメ!


 僕で対処できない。


 ヤバい、無理ッ‼


【ウオオオオオオオオオオオオオッッッ‼‼‼】


 ほら、なんか吠えてるし⁉


 もうやだぁ! ぼくお家帰るぅ~‼


《疑問:あなたのお家とはどこなのでしょうか? この世界に転生した以上、あなたには帰れる家というものは存在しないと思われるのですが?》


《知ってるよ、このバカ野郎! そんなアホみたいなこと言っている暇があるのなら! この状況何とかする方法を提案してみやがれ、このドぐそAI‼》


《……提案:それでは当機/管理人工魂魄より、この状況を打開するための案を一つ考案させていただきたく思います》


《オオゥ⁉ いいだろ、言ってみやがれくださいまし⁉ も~し、その案とやらがクソみたいなないようでござさんしたら、わたくし、あなたを一生ゆるさねえぞましてよ⁉》


 なぜか変なお嬢様言葉になりながら僕が問うと、カンコンはその時ばかりは真面目な声音となって、こんなことを聞いてきた。


《質問:この周囲にある書物はすべて【魔導書】でしょうか?》


《知らねえよ! 僕はついさっきここに来たばかりなんだぞ⁉》


《提案:それでしたら、【魔王】アーシャにそれを質問してください》


 ええっ、メンドくさ‼


 でも、カンコンは案があるというので、やむを得ず僕はほんと心底からいやいやながら、マジで不承不承の体で、いや、ほんっと~に、


《命令:早く、問いを発してください》


 声音だけで呆れているとわかる口調でカンコンがそう告げるので仕方なく僕は問うた。


《ねえ、アーシャさん! ここにあるのって全部【魔導書】⁉》


「ええ、そうよ。これからあなたもこの本達の仲間になるの」


《だってさ、カンコン‼》


《承知:では、この状況に対処可能です》


 ほ~う~? 言いやがるじゃねえか、じゃあやってみろよ⁉ ええっ⁉ もし失敗したらただじゃあおかないからな?


 具体的には、僕の貞操と命が危ういんだぞ、コンチクショー⁉


《案があるなら早くやれ! この場を切り抜けられるのならばなんでもいいからさ!》


《了承:では、当機/管理人工魂魄が提案する打開案の実行を開始いたします》


 そうカンコンが言うのと、そいつが襲ってくるのは同時だった。


【ウオオオオオオオ‼】


 唸り声とも咆哮ともつかない叫びをあげて、アーシャ曰く【火炎邪精霊イフリート】と言う名前らしい化け物がすさまじい勢いでこちらへと吶喊してくる。


 イフリートってあれだよね?


 それこそWEB小説とかで悪の精霊とか悪魔としてよくもちいられる題材!


 中東あたりの悪霊だか堕天使だか言われているようだけど、要するに炎の悪い奴ってわけ。


 そういう存在も小説の題材にするとかけっこう日本の創作界隈って節操ないよねっ!


 あなたもそう思いません【火炎邪精霊イフリート】さんッ⁉


【ウガァッ‼】


《話通じねえ⁉》


 そうだった、向こうには僕の言葉が通じないんだった──‼


《い~や~! 死にたくないィィィいいい!》


 せっかく異世界転生したというのに、どうしてこんな速攻で死ぬ羽目になったんだ、クソが、それもこれもすべてチート無しで転生させやがったカンコンが悪いQ.E.D照明完了


 いや、証明したところでなんも変わんねよ‼


 とか何とか言ってたら【火炎邪精霊イフリート】さんが迫ってまいりましたぁ──!


 魔導書転生~転生したら古代超人類の魔導書でした~・完

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