第5節 だいたいこういう時に助けてくれる人って敵になる感じのパターン
ずらりと並ぶ書棚。
そこには色とりどりの背表紙を持つ本が並べられていて、それでいて円弧を描く空間は、どことなくお洒落だ。
《……っていうか、一部の書棚浮いてね、あれ》
ファンタジーである。
いや、僕も【魔導書】なんてファンタジーな存在だけども、浮いている、自分で動く、実は元人間、と言う以外に特にファンタジー要素もないので……いや、多いか。
まあ、とにかくあれだ、ファンタジーの図書館っていったらこれだよねって感じの図書館的な場所にどうやら僕は連れてこられたらしい。
【ほうら、いつまでそこで立ち止まっているの「魔導書」さん。こちらにいらっしゃいな】
またもや響き渡った声。
すると僕の目の前にぽっぽっぽっ、と火の玉? と言うかまあそんな感じの光が生じて、僕を導くように道をつくる。
あれだ、空港の滑走路における誘導灯みたいな感じ。
ああ、いや正確には侵入灯って名称だっけ、まあそんな風に二つ一列で並んだ道へと僕はいざなわれるようにして向かってみる。
そうして僕が向かった先には
そんな椅子の一つに、その人は座っていた。
「こんにちは、それともこんばんは、かしら【魔導書】さん?」
《あ、どうも》
挨拶を向けられたので、反射的に、ふわり、と頷くような動作で本の体を振る僕。
そんな僕の挙動が面白かったのか、その人はクスクスと笑ってこちらを見る。
きれいな容姿の人である。
やや赤みがかった髪は長く豪奢で、瞳は血赤色。
身にまとうのは、夜会に着ていくような露出の多い真紅のドレスで、髪と言い瞳と言い、全面的に赤を押し出している感じだった。
ただその派手なまでの服装に反して、彼女の体は小柄だ。
というか、幼女、である。
年齢としては十歳に届くかどうか。
服装に比してあまりにも小柄な体付きだというのに、それに比してもなお〝美しい〟という印象が先に来るほどには彼女の存在は鮮烈だった。
そもそもよく見れば、彼女の耳は鋭くとがっている。
それだけならエルフあたりの存在とも連想したが、同様に笑みを浮かべる彼女の口元からのぞく犬歯の鋭さが目に付いて、だから恐らく彼女は──
《吸血鬼……?》
「あら、すごいじゃない。私の容姿を見てすぐにそう判断できたのはあなたが初めてよ」
彼女の言葉に僕は、ああ、やっぱり、と納得を浮かべる。
《やはり吸血鬼でしたか。えっと、それでお名前は……?》
「【緋の魔王】アナスタシア・ヴァレンシュタイン……なんて昔は名乗っていたけど、それも千年も前の話だから。いまはアーシャでいいわよ」
《ま、【魔王】⁉》
またもやWEB小説お約束のあれである。
なんかよくわからんけど、世界とか滅ぼそうとしちゃう系のめっちゃ強い存在。
だいたい魔族とか呼ばれて、敵側に回る奴が多いけど、最近の作品だと逆に味方側どろか、なんなら主人公自身が魔王なんて呼ばれる存在だったりするので、具体的な定義は難しい。
それでも目の前の存在が【魔王】なる名称で呼ばれていた、とわかって僕が激しく驚愕する中、しかし吸血鬼の女性──アーシャは、つまらなそうにこう告げてくる。
「だから昔の話よ。いまは封じられた身で、当時の力なんてほとんど持っていないから、せいぜい趣味で魔導書を集めているだけの暇人とでも認識してちょうだい」
《は、はあ……? っていうかそもそもなんであなたは僕の声が聞こえているんで?》
カンコン曰く、僕の声は圧縮された思念であって、人に伝わる類のものではないとのことだが、それなのに、どうして目の前の女性は僕の言葉を理解できるのだろうか。
「ああ、それは簡単よ。趣味で魔導書を集めているって、いま言ったでしょ? 魔導書というのはそれぞれが元となった魔導師の人格の影響を色濃く継ぐから、ある程度対話できる魔法を使うと手懐けやすいのよ」
おやおやぁ?
なあんか、話が怪しい方向に行きだしたぞ~?
いや、もちろん人を疑うのはよろしくない。
一応は助けてもらったのだし、まだ明確になにかが確定していないのだ。
だから、いまのうちは礼儀正しく彼女へ接するべきだろう。
《は、はあ。そうなんですか……。あ、いやしかし、先ほどは助けていただいてありがとうございました。あなたが助けて下さらなければ僕もどうなっていたことか》
「いいのよ。その代わり、もらいたいものがあるから」
《……。はあ、もらいたいもの、とは? 見ての通り僕はなにも持ってませんけど?》
僕の問いかけに、はたしてアーシャと名乗る吸血鬼はこう告げてきた。
「大丈夫よ、私がの欲しいのはあなたの身柄だから」
はい、確定!
やばいよ、本当に薄い本展開だったよ‼
いや、待て、落ち着け僕、ここは確認が大事だ。
なんたっていまの僕はクソザコの浮かぶこと以外に取り柄がない【魔導書】
ここで対応一つ間違えたら、僕自身がヤバいので、とりあえず慎重に聞いてみることにした。
《……えっと、身柄とは、どういう意味で?》
「あら、けっこう直接的にいったつもりなのだけど? つまり、あなた自身をこの魔導書館のコレクションに加えたいっていうっているの。具体的には私のものになりなさいな」
やっぱり、そういうことじゃん⁉
めっちゃギラギラした目で見られている、キャー!
まだ僕は、僕の貞操を失いたくないんだよー‼
《ははは、ご、ご冗談を。僕なんて、ほら、浮いて喋れるだけのクソザコ【魔導書】ですよ?》
「それが珍しいの。そもそも私は【魔導書】というだけでほしいのよ。だから、私のものになりなさいな、魔導書さん?」
いや、だからなりなさいなって、話じゃなくてですね……。
《えーと、その。僕に拒否権はありますか?》
「ないわ」
ですよねー。
っていうか、このパターン二度目だぞ!
二番煎じは飽きられるんだぞ!
だから読者受けを狙って発言を翻すならいまだからな!
読者ってなんのことだよ⁉
「……もしかして、私のものになるのは、いや?」
小首をかしげて、そんな風に聞いてくるアーシャ。
いや~、小首をかしげるなんて形容詞、普段絶対に使わないでしょ、何なら普通の女子は首をかしげるのもがっくりと行くよ、がっくりと、なんて風に想ってたけど、まさに目の前のアーシャがした動作は小首をかしげる、という感じで。
まあ、つまり、なんだ。
《嫌です》
「そう、じゃあ仕方ないから力づくで私のものにするわ」
僕の拒否に、アーシャはやれやれ、と首を振って、そのまま手を振り上げた。
そして、僕とアーシャの戦闘が始まる。
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