第4節 同じ見た目だからと言って分かり合えるとは限らない

 目の前には、僕と同じようにフヨフヨと空中に浮かぶ本がいた。


 いや、僕と同じように、というのは正確ではないだろう。


 だって、僕は人間だ。


 いまは【魔導書】なんかになっているが元人間であり、いまも人間だと自覚している。


 よって、目の前に浮かぶあの本のことは〝いま現在の〟僕と同じようにと言うべきだろう。


 うん、なかなかテツガク的に決まったな、よし。


 さて、改めて目の前に浮かぶ本みたいな奴を見てみよう。


《……あれは、いったい……》


《回答:あれはこの階層によく出現する【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】という名の魔物となります。見た目の通り、空中に浮かぶ魔物であり、個体としての強度はそこまででもありませんが、ひとたびそのページが開かれると多種多様な魔法を放ってくるという厄介な魔物ですね》


 ほうほう、多種多様な魔法を放つ、とな?


《具体的にはどんな感じで魔法を放ってくるんだ?》


 僕の問いかけに、果たして答えてくれたのはカンコンではなく【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】と呼ばれる魔物の方だった。


 具体的には、まさにカンコンが告げた通り、己の体をばかりっと音を立てる勢いで開いて、そして見せつけてきたのは【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】を構成するページの一部。


 まるで露出狂の変態が己の中身を見せつけてくるような動きだな、などと思っていた僕の目の前で、その開帳されたページが光──そしてすさまじい勢いで火の玉が打ち出された。


《うおっ⁉》


 とっさに飛びのくような動きで横へと回避。


 僕のすぐそばを駆け抜けた火の玉は、そのまま通路の奥の方へと飛んでいき、暗闇の向こう側でボッ! と音を立てて爆発する。


《え? は?? ええ⁉》


 なんか撃ってきた⁉ と僕が驚愕する間もなく、さらにページを光らせ、魔法の発動準備にかかる【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック


《ちょっ! 待て待て! 同じ空中に浮かぶ書物同士仲良くしよう! 攻撃ダメ! 絶対!》


《指摘:そもそもあなたの音声は思念的なものですので、魔物である【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】には聞こえませんし、そうじゃなくても【摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】は言葉を解しません》


 心温まる指摘をどうもありがとう⁉


《じゃあどうすればいいんだよ⁉》


《提案:とりあえず、こちらも魔法を放ってみては?》


 カンコンが告げた言葉に、いまにも魔法を討ち放ちそうな魔物の存在も忘れて僕は、へ? と間抜けな声を出した。


《魔法っ? え、僕って魔法が使えるの?》


《はい。初歩的なものでしたら。念じてくだされば、あとは勝手に発動します》


 言われたので僕は頭の中で魔法よ、発動せよ、と念じる。


 いや、頭なんてないんだよ?


 でも、ほら物事を考えるのはやっぱり頭っていうか、脳じゃん?


 だから僕は仮想的な頭を思い描き、その中でさらに魔法を使う僕自身をイメージする。


 唸れ、僕のイメェェエジ!


 そうすると、僕の体がポウッと温かくなって、そして目の前に魔法陣が展開した。


《うおおおおお!》


 裂帛の気勢を上げ、そして魔法陣がひときわ輝くと──そこから火の玉が発射される。


 ポンッ!


 ヒュー。


 ドンッ。


 パチパチ。


 ………………………………………………………………………………………………………。


《まったく効いてないんですけど⁉》


 っていうか、いまのなんだ⁉ 花火か⁉


摩訶不思議なる書物ワンダリング・ブック】とかいう魔物の表面を焼き焦がすことすらできず、ただ当たって火花を散らしただけに終わった僕の魔法に僕自身で絶望している一方、相手も相手であんな雑魚魔法でも攻撃を受けたと判断したのか、怒り狂ったように眩い輝きを放ってくるではないか。


《警告:あれはけっこうまずいですね。受けたら我々は一撃死かと》


《警告って言うわりにはあっさりしたご指摘どうもありがとう⁉ とりあえず逃げるぞ‼》


 そう叫んで僕はくるりとその身をひるがえすと、おおよそいまの僕にできる全速力で背後の道へと向かってカッ飛んでいく。


 とにかく距離を取らねば、という僕の背後でひときわ大きな輝きを放った書物の魔物が、そのまま空気を引き裂くような音を立てて魔法を撃ち放つ。


 ビュオオォォォオオオオッッッ‼ という轟音は風の魔法かなにかだろうか。


 いずれにせよ、直撃すれば一たまりもないと音だけでわかる魔法から逃げるべく全速力で空中を走る僕だか、悲しいかな。


 その飛行速度は、驚くほどに遅かった。


《このままじゃ死んでしまいますぅ~‼》


 たまらず僕が絶叫を上げた、まさにその時。


【なら、こちらにいらっしゃい】


 そんな声が突然に響いた。


 いきなりの声に僕がびっくりするのもつかの間、すぐそばの岩場に何やら黒い扉? みたいなものが出現するのを僕は目撃する。


《あ、あれは、なんだ⁉》


《回答:どうやらこの【迷宮】の別空間につながる異次元通路のようですね》


【いいから、こちらへと来なさい。生き残りたいのでしょう?】


 またも僕へと話しかけてきた謎の声。


 背後にはいまも風の矢が迫っており、たいして目の前には謎の黒い門。


 明らかにあの先にはなんかありますよ~、と主張してやまないあそこに飛び込むか、それとも無視して駆け抜けるか、それを考えて僕は──


《警告:あと00.2秒で風の魔弾が当機/【魔導書】に直撃いたします》


《ええい! ままよ‼》


 けっきょく僕は黒い門へと飛び込んだ。


 同時に僕の背後を半ばかすめるようにして過ぎ去っていく風の魔法。


 その後の追撃は、しかし黒い門が閉じたことでなんとか回避できた。


 だが、それはつまり僕がこの黒い門の中に閉じ込められたという意味である。


 あ、黒い門の中って言うとややこしく聞こえるけど、別に言葉のままの意味ではない。


 要するに黒い門の先にある場所に閉じ込められたというわけだけど。


《こ、これは監禁された感じとですか⁉ まさかの薄い本展開ですと⁉》


 いや、僕の本の体で薄い本展開ってどんな展開だよって感じだけど、でも人間って意外と業が深いからなあ、世の中には本でいたしちゃう人もいるかもしれないし……。


 などなど僕がもんもんと考えながら視線を向けた先、そこに広がっていたのは──


「図書館……?」


 だった。

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