第2節 拝啓、魔導書に転生しました、どうしましょう? 敬具
《待てやごらぁッッッ‼》
たまらずそう叫んで、僕は目覚めた。
ぜえぜえはあはあ、と荒い息なんてしてみながら、絶叫する僕。
うん、ぜえぜえ、の部分はいいけど、はあはあ、の部分はあれだな、なんか変態みたい。
《指摘:そもそも、あなたが眠る直前に言いかけたのは〝え? ちょっ、待って⁉〟であったはず。なにそれを改変して〝待てやごらぁッッッ‼〟などとカッコつけているので?》
うわー、言いやがったよ、こいつ。
人がせっかく茶化して場の空気を和ませようとしたのに、そんなこと言うなんて。
もうこうなったら、本当の変態になって、こちうをはあはあ息を吐きながら、ぺろぺろとしてやるしかないな、うん。
《回答:そんなことは是非とも止めていただきたい。第一、あなたには呼吸する器官はもちろんのこと、舐めるための舌も存在しないのでは?》
管理人工魂魄──ああ、長ったらしくて面倒くさいな、あとで別の名前つけよう──からの指摘を聞いて僕は、え? という声を漏らす。
そして僕はそのまま自分のことを見下ろしてみる。
いや、この場合見下ろすというのは適切ではないか。
視点を下げる、とでもいうべきかもしれないような動作で、自分自身の方へと意識を向けると、まず最初につるりとした表紙が見える。
そう表紙だ。
革にも似た重厚な装丁に彩られ、中心部には星のような十字のような、そんな感じの紋章。
そのまま視線を右に向けてみると、なんということでしょう。
辞書にも匹敵するほど分厚いページが折り重なっているではありませんか。
これはたぶん666ページはある。
つまり獣の数字だ。
具体的にはわからないけど、その数字が獣の数字とか言われるからきっとそうなのだろう。
そんな感じで分厚いページが、しかし留め具か何かで縛られていて、勝手にバラけないようになっているので、とりあえず僕は安心してみたり。
そうして安堵した僕は、そのまま視線を左に向けてみると、見えるのは背表紙。
こちらにはなにも印字されていなくて、ただただ茶色い皮っぽい素材のそれがあって、つるつるとしていながらざらざらとした質感がなかなか麗しい。
うん、つまり、なんだ、あれだ。
《本ッッッ⁉》
《回答:正確には【魔導書】です》
そう、つまり僕は本──管理人工魂魄が言うには【魔導書】になっているのである。
《えっ、は⁉ どういうことだよ、これは⁉》
《回答:それはあなたの魂魄を取り込む直前にも言いましたよね? あなたを当機/【魔導書】の一部とする、と。その結果としてあなたの人格を含めたあなたの魂は当機/【魔導書】の一部となり、現在の状態に至るというわけです》
《なんか、いろいろ省いてそうな説明どうもありがとうございました! いや、だとしても本はねえだろ⁉ いくら【魔導書】だからって最近のWEB小説でも転生したら初っ端から人型になる作品がほとんどだぞ⁉》
《回答:残念ながらここは現実ですので》
そうだけども! そうだけどもさ‼
《うわー、マジかよ。転生ってだけでも、驚きなのに【魔導書】とかマジかよ……》
いささか、落胆したような声音でそう呟く──と、言っていいのだろうか? 声帯とかそれを発するための喉とかないんだけど……。
《回答:正確には現在あなと当機/管理人工魂魄との間で成立している会話は、人工人格同士による光速圧縮思念交換と呼ばれる機能を用いたものです。つまり生物のように喉から声をだして発言を行っているわけではありません》
《詳しくて、どうでもいい解説どうもありがとう! っていうかさっきから気になっていたけどお前、僕の思考読んでいるよな⁉》
《肯定:当機/管理人工魂魄には、管理者権限により他の人工人格及び人工知能への思考閲覧権限があります。これは当機/【魔導書】の機能を円滑に動作させるための機能であり、当機/管理人工魂魄が有する上位者権限に基づくものですので、拒否はできません》
つまりこいつには僕の思考が駄々洩れってことじゃねえか⁉
《最悪だ……。ほんっとうに最悪だ。アホやらかして死んで、そして気づいたら本……じゃなくて【魔導書】に転生してました、とかありえね……!》
と、そこまで呟いて、ふと僕は気づく。
《転生……? うん、そうだよな、僕は死んで転生した。んで、いまの僕の状態は【魔導書】という存在なわけで、でも魔導書なんて元の世界にはなかったよな? んん? ということはつまり──ここって異世界?》
《肯定:あなたがもともといた世界とは異なる世界と言う意味において、この世界は異世界と呼称するべき場所となります》
なん、だと……⁉
《つまり、異世界転生⁉ ひゃっほーい! 異世界転生だ、やっほー! しかも【魔導書】とかかなりレアな存在としての転生だぜ⁉ きっと僕にはチートがもりもりあるはずだ!》
WEB小説のお約束その二。
なんかよくわからない存在に転生したら、だいだいめっちゃすごい特殊能力が隠れていて、それを使って無双できるわけである。
《回答:残念ながらそれはできません》
《………。ひゃっほー! 異世界でチートしまくって〝え? 僕なんかやっちゃいました?〟的なこと言ってやるもんねー!》
《回答:ですので、それは残念ながらできません》
《………。うっし! ハーレムだ! この際、転生したんだから元の世界ではできなかった女の子に囲まれてキャッキャうふふのハーレムを目指してやる! つーか、それぐらいの特権がなかったら【魔導書】とかに無理やり転生させられた意味がねえっての!》
《回答:いい加減聞きやがれよ、このアホ。そんな力がないって言ってんだろうが》
聞いているうえで、全力で無視していたのだから、気づいてほしい。
《……マジでないの?》
《肯定:そもそも当機/【魔導書】があなたの魂を取り込むことになった理由を覚えておいででしょうか?》
ああ、あの三行だか四行だかで説明された、あれね。
《……えっとなんだっけ【魔神】の欠片? 魔晶石とか千年魔石とかとも言ってたな。それによって情報汚染だか何だかを受けて、機能の大部分が不具合を起こしたんだろ? だからそれを補うために僕を取り込んだとか云々言ってよな》
《絶句:………》
《おーい、絶句って宣言した上で黙るのはやめましょう?》
《驚愕:あなたはてっきり知能が低能なバカだと思っておりました。しかし当機/管理人工魂魄の話をしっかり聞いていたとは、いやはや……》
《舐めなんよ⁉ こちとら学年で常に成績一位の帰宅部エースだったんだからな⁉》
ペーパーテストじゃあ常に満点、運動に関しても根っから運動神経がいいから、どんな競技でも大活躍で、女子にキャーキャー言われていた身である。
他人に縛られるのが大っ嫌いだったので、部活には所属しなかったが、それでも体育会系、文系問わずいろいろな部活からお声がかかる程度には文武両道であった。
とまあ、そんな僕の学生生活は横に置いておいて。
《……つまり、あれか。機能不全を起こしまくっているせいで、チート的な力が使えない、と、そうお前はいいたいのか?》
《回答:正確には、あなたの魂を取り込んだことで、かろうじて機能が崩壊するのは防ぎましたが、それでも万全とは言えません──ぶっちゃけ、生存するので精一杯かと》
まじかー。
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