第27話「発見、そして発現」

 その日は、ウモンはゼロロと少し実験をしてみて、早く寝た。

 潮騒しおさいの声を聴きながら、お祭り騒ぎが徐々に遠ざかる。

 そうして寝て起きた朝は、昨日の続きの様に賑やかだった。


「おいおい、タガサがか? 仕事早いなあ」


 借りた部屋を出てみれば、今日も快晴。そして、浜辺に全ての漁民が集まっていた。皆、手にブラシを持って、大人も子供も働いている。

 昨日引き上げたスカサハの各パーツを、磨いてくれているのだ。

 心なしか、付着した貝殻や汚れが少しずつ落ちてて、スカサハ本来の姿が現れつつある。オリハルコンの光沢が、黒と金色の優美な装甲を輝かせていた。

 ウモンが感心していると、背後で挨拶の声が響く。


「おはようございます、ウモン殿。よく眠れましたか?」

「ああ。おはよう、タガサ。この作業、お前が?」

「ええ。善は急げと申しまして……色々調べるにしても、綺麗な方がいいでしょう」

「ま、最後は別世界に遺棄するけどな。俺の送還術そうかんじゅつで」

「それで構いませんよ。ただ、錬金術師としてはこれだけの量のオリハルコン、やはり色々試したくもなるのです」


 気持ちはわかる。

 だが、スカサハはこの時代にあってはいけないオーパーツでもあるのだ。

 旧世紀の恐るべき遺産であり、その機能を失っていても巨大なオリハルコンのかたまりなのである。ともすれば、このスカサハだけでブリタニア王国の経済が様変わりしてしまうかもしれない。希少金属オリハルコンの値崩れは、国家運営にも影響を及ぼすだろう。

 ただ、昨日からタガサは表情がいきいきとして瞳が輝いている。

 そういう彼のたっての願いで、ウモンは送還を少し先送りしているのだ。


「ウモン殿、知っていますか? オリハルコンの合金には様々あって、純金などもできるのですが……どうやら、遥か太古の時代の合金技術は我々には解析不能でした」


 このスカサハを象るオリハルコンの装甲が、オリハルコンとなんの物質を合金化したのかがわからないという。今の時代では鉄や鋼等で合金化したものを武具に使うが、それよりもはるかに優れた防御力を持っているという。

 そして、ここからがタガサの新発見だった。


「ただ、面白いことがわかりました。このスカサハ……ある一定のエネルギーの波長を通すことで、形を自由自在にコントロールすることができます」

「えっ、それってつまり」

「電気や音、人の意志……そして、魔力。そうしたものに反応、いえ、感応かんのうする仕組みがあるようですね」


 例えば、とタガサがスカサハに歩み寄る。

 あとに続けば、一生懸命表面をこすっていた子供たちが道を開けてくれた。丁度右腕にあたるパーツで、それだけでもちょっとした一戸建てくらいの大きさがある。

 本来の輝きを取り戻したその装甲の表面を、そっとタガサは撫でながら振り返った。


「ウモン殿、ちょっと魔力を込めて触れてみてくれませんか?」

「あ、ああ、いいけど……俺、魔力弱いぜ?」

「微弱な量でいいんです。勿論もちろん、大きく変形させるには膨大な魔力が必要ですが」


 とりあえず、触れて魔力を放出してみる。

 瞬間、無敵の装甲が一瞬で波打ち、柔らかくなった。

 それだけではない……固く握られた右腕の拳が、突然鋭角的に変形した。鋭く尖って螺旋ドリル状に渦を巻いた、それはまるで職人が使う工具のような形状だ。

 なるほどと感心しつつ手を離せば、右腕は元の姿に戻る。


「多分、旧世紀の人間たちは無数のオリハルコン兵器を建造し、運用していたのでしょう。そして、今よりも高度なオリハルコンの制御技術を持っていた」

「なるほどな」

「今、頭部も探してもらってるんですが……それより、ウモン殿」


 ニッコリ微笑むタガサは、やはり美貌のメイドにしか見えない。しかし、彼は興味津々といった様子で顔を寄せてきた。


「ウモン殿もなにやら調べ物をしてたようですが……なにか成果はありましたか?」

「ん? ああ、バッチリだ! ゼロロ、出てきてくれ」


 右手のブレスレットが、あっと言う間にほどけて広がる。周囲の子供たちも、突然現れたスライムに歓声をあげて集まってきた。

 そう、スライムの危険度などこの程度の周知である。

 幼い子供でも怖がらない、本当に弱いモンスターなのだ。

 だが、プルプル揺れるゼロロはウモンにはとても愛らしく見える。


「ゼロロ、昨日やったあれ……できるか? 出してみてくれ」

「ロロー! ロッ!」


 ゼロロはぶよよんとその場で弾んで、力むように震えた。

 やがて、泡立つゼロロの体内から無数の金属が飛び出してきた。それを一つ拾ったタガサが、驚きに目を見張る。


「こ、これは!?」

「うん、昨日沢山使っちゃったからな。ゼルガードの鉄砲の弾……の、抜け殻だ」

空薬莢からやっきょう、作れるんですか? そ、そうか、自分の体内で同じ元素構成を再現してるんですね。でも、こんなに精密に……そ、それより、空薬莢が作れるということは」

「ああ。使う前の状態もコピーできると思うぜ。それをこれから試してみるのさ。よし、行くぞゼロロ」


 ゼロロは空薬莢をあらかた吐き出し終えて、ぽむぽむとあとをついてくる。

 子供たちがわいわいと空薬莢を拾う声が、ちょっとずつ遠ざかっていった。

 当たり前だが、ゼルガードが旧世紀の科学技術で出来ていても……使った弾薬は減り、やがて底をつく。だから、ゼロロに頼んでどうにかできないかと試してみたのだ。

 スライムは本来、あらゆる物質を融解し、エネルギーとして取り込む力を持っている。

 ウモンもここまで上手く運ぶとは思いもしなかったのだ。ゼロロは普通のスライムとは真逆に、取り込んだ物質の性質を転写し、全く同じ形状と質量のコピーを大量に作ることができた。

 原理はわからないが、スライム自体がまだまだ正体不明なモンスターでもある。召喚された際は、いわゆる『その他』に分類される外法種エクストラとされるのもそのためだ。

 ウモンはそのままゼルガードに近付き、中のマオとナユタに声をかけた。


「おーい、マオ、ナユタ! おはよ、ちょっと相談が……お、おいおい、なんだ?」


 あられもない悲鳴が響いていた。

 それはナユタの声で、なんだかちょっと色っぽく湿っている。

 ゼルガードは今、片膝を突いて奇妙なポーズに固まっていた。両手で器を作るようにして、胸の前にかざしている。湯気があがっているのは、本当に手の中に湯が張られているのかもしれない。

 そして、その手の中から二人の声が聴こえていた。


「あっ、ウモン! 助けてください、マスターが! マスターが!」

「こーら、ナユタ! 逃げないで! ……よし、脱げたわ!」

「マスター、私はアーキテクト・チャイルドです。通常の人減より遥かに代謝が穏やかで、つまり私は汚くないですし臭いません!」

「でもさー、いつもこの服だと流石さすがにね。洗濯もしなきゃ! 勿論、お兄ちゃんが!」


 俺がやるのかい、と心の中で突っ込む。

 だが、マオにやらせたら危険だ。ナユタの一張羅いっちょうら、あのすべすべでピチピチな服が無残な姿になってしまう。マオに家事のたぐいをさせてはいけないのだ。

 そうこうしていると、ゼルガードの手からナユタが飛び降りた。


「うわっ! お、お前っ、ナユタ!」

「うう、ウモン……私はアーマメント・アーマロイドのコアユニット、制御装置にしてエネルギー源です。だから、お風呂は必要ないのですが、マスターが」


 全裸のナユタが、目の前にぶらさがっていた。

 白過ぎる肌は病的で、血色が悪いとさえ思える。そして妙に華奢きゃしゃで細くて、出るとこだけが激しく少女を主張してくる。メリハリに富んだ起伏から、慌ててウモンは目を逸らした。

 そして、見てしまった。

 ナユタの背中に小さな金属の出っ張りがあって、そこからケーブルが伸びている。それは、遥か上でゼルガードの操縦席に繋がっているのだ。

 そして、そのケーブルを上からマオが引っ張り手繰たぐり寄せる。


「お兄ちゃん、ちょっと聞いて! ナユタってば、生まれてから一度もお風呂に入ってないのよ! ド無精ぶしょう極まりないのだわ!」

「マオ、お前だって俺がいなきゃ一週間は入らないだろ……同類だ、同類」

「アタシにはお兄ちゃんがずっといるからいいの! だから……ナユタにはアタシが、お兄ちゃんみたいなのになってあげなきゃ!」


 なんのかんので、ささやかな母性がくすぐられているのか、それとも兄以外に初めて親しい同性の友達ができたからか。どっちにしろ、マオの生活に小さな変化が訪れていた。

 観念したようにしょんぼりと、ナユタは再び空中風呂に引き戻されていった。


「やれやれ、賑やかなことで。あ、そうだ。ナユタ! なあ、昨日使っちゃった、バルカン? とかいうやつの、弾の話なんだけど――」


 その時だった。

 不意に隣のゼロロがぶるりと震えた。そして、次の瞬間には全身がハリネズミの様に尖って泡立つ。突然トゲトゲまみれになってしまった相棒に、ウモンが驚き駆け寄った。

 同時に、ゼルガードから聴いたこともない不穏な警報が響き渡る。

 それはまるで、世界の終わりを告げる天使のラッパみたいな音だった。


「なっ、なな、なんだ!? おい、ゼロロ……お前、なにが――」

「きゃっ! ちょ、ちょっとナユタ!」


 不意に、頭上から今度はマオが降ってきた。ウェスカー村で借りたのか、漁民が水辺で作業する時の服を着ている。その小さな体を、なんとかウモンは受け止め、そしてそのまま重なるように倒れ込む。

 その時にはもう、全裸のナユタは操縦席に飛び込んでいた。

 突然、ゼルガードが爆風を周囲にまき散らして立ち上がる。


「お兄ちゃん、ナユタを!」

「わかってる!」


 咄嗟とっさにウモンは、硬くなってしまったゼロロを抱き上げる。ウモンの体温を感じて落ち着いたのか、すぐにいつもの弾力が戻ってきた。

 そして、ゼロロはウモンの意志を察して長く長く伸びると……飛び上がるゼルガードの胸元へとウモンをぶら下げてくれるのだった。

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