第26話「オリハルコンの秘密」

 回収できたスカサハのパーツが、砂浜に並べられた。

 その頃には日も暮れて、水平線に太陽が燃えている。

 そして、ウェスカー村の漁民たちはただただ呆然と遠巻きにウモンたちを見守るだけだった。その中から一人の女性が前に出てくる。

 ゴスロリを着込んだその姿は、タガサだった。

 ゼルガードから降りたウモンは、腕に抱き着くマオをぶら下げたまま再会を果たす。


「よ、遅かったな。一応これで全部だけど」

「いやあ、これは凄い! これがほぼ全部、オリハルコンですか。ウモン殿、叩き売っても大金持ちになれますよ」

「いやあ、そういうのはいいかな。今日はちょっと疲れた……一晩休んで、明日全部送還する。そうだなあ、人のいない辺鄙へんぴな場所に亜空間が繋がればいいんだけど」

「なんと、無欲……まあでも、そこがウモン殿のいいところですね。ボクもお手伝いしましょう。その前に、ちょっとだけ調査をしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」


 そうこうしていると、警戒心を尖らせつつ長老がやってきた。

 なにせ、普段は漁師たちで賑わう浜に、バラバラにされた巨人が打ち上げられたのである。そう、スカサハは胴体も手足も離れ離れだ。

 どうやら例の巨大ヤドカリが逃げて、各パーツの接続が切れたのだろう。

 それもまた妙だなと思いつつ、ウモンは長老に対応する。


「お疲れ様です、長老。あの、例の海の怪物ですけど、追っ払っておきました」

「おお、なんと! これはありがたいことですじゃ」

「それと、このデカいやつだけど……一晩、浜に置かせてもらえないかな」

「ええ、ええ、それはもう構いませんて。では、召喚師様! 我らのもてなしを――」

「あっ、いや、そういのは……気にしないでください。ただ、一晩厄介になれる宿があれば」


 だが、もう遅かった。

 振り向く長老が手を振ると、待ってましたとばかりに村人たちが歓声をあげる。あの例のヤドカリは、相当この村で悪さをしたらしい。それが排除されたということで、まるでお祭り騒ぎのような熱気が周囲に広がってしまった。

 参ったなと思いつつも、悦ばれるのは悪い気がしない。

 そう思っていると、グイグイと腕をマオが引っ張ってくる。


「お兄ちゃんっ! ドもてなしだって、いいから言葉に甘えちゃおうよ!」

「いや、それより……マオ、先にいってていいぞ。あのバケモノを撃退したのは、お前の召喚術だったしな。俺は……ちょっと、このスカサハに興味がある」

「えー、一緒に宴会しようよう! しゅちにくりーん、しよーよぉー」

「お前なあ、酒池肉林しゅちにくりんの意味わかってるのか?」


 首を大きく横に振りながら、マオはニッコニコに上機嫌だった。

 そんな彼女の足元には、すっかり仲良くなったゼロロがついてくる。

 そのままウモンは、先に検分を始めたタガサに並んだ。よほど真剣なのか、横から見上げてもタガサはスカサハを調べるのに夢中である。

 こうして見ると、女装の麗人である前に立派な錬金術師なのだとしみじみわかる。


「タガサ、どうだ? なにかわかるか?」

「ああ、ウモン殿。凄いですね……長い時間、ずっと海水にさらされていたのに全く腐食したあとがありません。勿論、少し汚れてはいますが」


 オリハルコンの装甲で編み上げられた、それはいうなれば太古の巨大な鎧だ。人の形に並べているが、ゼルガードよりずっと大きい。

 そして、中身はがらんどうの空っぽだった。

 それについても、タガサが説明してくれる。彼は胴体の中に入って、生臭い匂いに鼻を手で覆いつつ進んでゆく。ウモンも続けば、ゼロロが発光して周囲を照らしてくれた。


「旧世紀の技術とはいえ、これだけの巨大な機械を全てオリハルコンで造ることは無理だったのでしょう」

「ということは」

「中には骨格や関節部、動力源といった装置が入ってたと思われます。しかし、数千年の時を経て劣化、風化し」

「周りのオリハルコンの部分だけが残ったって訳か」


 ――オリハルコン。

 今という時代、ごくまれに古い地層から出土する謎の希少金属をオリハルコンと呼んだ。性格には、このスカサハやゼルガードに使われているタイプをオリハルコン合金という。

 オリハルコンは、他の金属と化合することによって様々な性質を持つ。

 鉄や鋼との合金は、ゼルガードの装甲の様に硬くしなやかであらゆる攻撃に強い。他にも、柔軟性のある板バネにもなれば、この世とは思えぬ宝石にもなる。ついでに、純金を生み出すことも可能だ。

 故に、錬金術という技術が発達した陰には、珍重されるオリハルコンの存在があったのだ。


「どうでしょう、ウモン殿……この遺物、少しボクに預けてはいただけませんか?」

「いやあ、今の時代にはあってはならないオーパーツだぜ? 明日には処分するよ」

「しかし、今後も旧世紀の痕跡を消して歩くなら、ある程度ボクたちにも力が必要です。活動資金のために売ることだって考えなければ」

「うーん、そうか……ちょ、ちょっとマオやナユタとも話さないとわからないな」

「それがいいですよ。お二人ともウモン殿が無欲なのは御存知ですし。勿論、ボクもウモン殿の最終決定には従います」


 タガサの言うことももっともだ。

 ただ、スルトが言い残した旧世紀の痕跡に対しての、自分なりの揺るがぬスタンスを貫きたいのも事実である。今回だけとスカサハをふところに入れてしまえば、二度目三度目だってあるかもしれない。

 無欲とタガサは褒めてくれるが、ウモンは自分を高潔な人間とは思っていない。

 意志は弱いし、こう見えて結構社に構えていじけた面だってある。

 そうこうしていると、ずっと黙ってたマオが口を開いた。


「難しい話、終わった? ならさ……この鎧、洗ってこのまま使っちゃおうよ!」

「はぁ? マオ、お前なに言ってんだ」

「だからね、これをゼルガードに着せるの。あ、でも、ゼルガードもオリハルコンでできてるんだっけか。重くなるだけかな……強くなったりしないのかな」


 残念だが、そう簡単な話ではない。

 なにせ、スカサハとゼルガードではサイズが違い過ぎる、同じアーマメント・アーマロイドでも大人と子供くらいの差があるのだ。大人の服を子供が着ても、ただぶかぶかで動きにくいだけである。

 マオの発想はシンプルだが、どうやらタガサには響くところがあったようだ。彼は「なるほど!」と表情を明るくさせる。


「とにかく、出てから話しましょう。臭いも酷いですが、外より中の方が大掃除が必要ですね」

「ああ。さ、行くぞマオ。ってか、そんなにひっつくなよ」

「またまたー、お兄ちゃんだって嬉しい癖に」


 三人で外に出ると、もううたげの準備が始まっていた。

 どうやらまたしても、感謝の祭が開催されてしまうらしい。

 悪い気はしないが、まだまだ王立亜空学術院の学生なのに、気分はちょっとした冒険者だった。


「お、そうだタガサ」

「はい、なんでしょう」

「錬金術で、これと同じものって作れないか?」


 ふと思い出して、ウモンはポケットからとあるものを取り出す。それは、先程海中でスカサハのパーツを回収するついでに、ただよっていたものを拾ったものである。

 例のバルカンとかいう頭部の武装を使った時に出た、いうなれば空薬莢からやっきょうである。


「フォトン系の武器はチャージしておけばまた使えるけど、こういう弾丸を撃ち出すタイプは弾切れがあるからさ」

「ちょっと拝見……ほう、ほうほう。雷管を用いた弾丸のようですね。これだけの精度のものとなると」

「難しいのか?」

「難しいことなればこそ、挑戦する気にもなります。しかし、ボクでは時間がかかりますね」

「そうか、サンキュな。これはこっちで考えてみるさ」


 ゼルガードは無敵の巨神ではない。先程も水中では思うように動けず、リミッターを外すためにマニュアル操縦をウモンが行ったのである。また、水圧のブレスが掠った時などは、オリハルコンの装甲が欠けてしまったのだ。

 ナユタは、ある程度なら自動再生できると教えてくれた。

 しかし、使ってしまった弾薬は戻らず、この時代では同じものを手に入れる方法はない。


「ま、とりあえずは夕飯だな。……ん? どうした、ゼロロ」


 気付けば、ゼロロがぼよよんと足元で伸びたり縮んだりしている。なにかを訴えているようだが、ロロロロ言うだけでなんとなくでしか伝わらない。

 だが、ウモンにはゼロロが建設的な提案を申し出ているように思えた。

 そして、意外なことにマオが全く同じことを口にする。


「お兄ちゃん、その、鉄砲の弾? ゼロロがなんとかしてあげるって言ってる!」

「おいおい、マオ……お前、ゼロロの言葉がわかるのか?」

「ふふ、さっき助けてもらった時に仲良くなっちゃった。大体ならわかるよ? ゼロロもアタシと同じ、お兄ちゃんが大好きなんだもの!」


 満面の笑みでそう言われると、非常に照れくさい。

 おやおやと微笑むタガサからも、なんだか生温かい雰囲気が伝わってきた。

 ともあれ、今日はやれることはもうないし、日が落ちれば真っ暗になる。

 ふと振り返れば、ゼルガードの胸部が開いている。海風に身をさらしたナユタは、なびく髪を手で押さえながら沖を見ていた。

 寄せては返す白い波が、徐々に夜の帳に沈んでゆく。


「ナユタもゼルガードから離れられたら、一緒に飯が食えるのにな」

「……だよね、お兄ちゃん。アタシ、ちょっとあの背中の紐、外してくる!」

「ちょ、ちょっと待て! それは……で、できるのか?」

「なんか、あのピッチリした服を脱げば取れそうじゃない?」


 こうして遠目に見てても、まるで尻尾の様にナユタの背中から奇妙なケーブルが伸びている。それはゼルガードの操縦席に繋がっていて、まるでナユタを縛る鎖だ。

 ナユタは、自分がゼルガードの動力源だという。

 つまり、あのケーブルを抜けば……ゼルガードは動かなくなる?


「……最後の最後には、そうだなあ。ゼルガードも、この時代になくてもいいものになる。そうなったら、マオ。俺とお前とであれを抜いてみるか」


 こちらに気付いたナユタが、手を振ってくれた。

 無邪気に手を振り返すマオを見て、だんだんとウモンは自分の生き方がわかってきたような気がした。気がしただけで今は十分だと、胸を張って言える夕べだった。

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