第24話「影の女王への謁見」

 昼がる海域は大自然の楽園。

 色とりどりの魚たちが乱舞し、海底にはサンゴしょうが広がっている。ウモンにも、ナユタがゼルガードを慎重に操縦しているのが伝わってきた。水の抵抗もあってか、足元に気をつけてゆっくりとゼルガードは進んでゆく。

 ナユタは周囲の景色に見とれていたが、はたと普段の生真面目きまじめさを取り戻した。


「ウモン、妙です……スルトが教えてくれた地点の反応が」

「どした? なにもないのか?」

「いえ、巨大な金属反応があります。しかし」

「しかし?」

「非常にゆっくりとですが、反応が動いています。移動してるんです」


 この時代、すでに文明は衰退して一度滅び、新たに再スタートしてから数百年がたっている。世はまさに、封建制度の中世社会が各国によって形成されていた。

 必定、旧世紀の遺産どころか、旧世紀そのものを知る者はいない。

 星をも焦がす苛烈な戦いは、全てが神話となって伝わっているのだった。

 だから、埋もれて眠る古代の遺物が、勝手に動き出すとは考えられない。

 だが、現実を直視することから逃げないのがウモンという少年だった。


「俺たちの他にも、古代兵器を探してる連中がいるのかもしれない」

「そうなんですか? た、例えば」

「冒険者なんかはパーティを組んで遺跡調査を行うし、そこからまれにオーパーツが発掘されることがある!」


 ――オーパーツ。

 それは、出土した時代の文明では解析不能な物質の総称だ。ウモンたちは、自分たちと同じような文明レベルが旧世紀にあったとは知らない。世に言うナユタたち西暦の時代、十八世紀前後の世界観に近いのが現代である。

 そして、旧世紀は物質文明を極め、数多あまたの技術を生み出した。

 その片鱗へんりん、例えば携帯通信気スマートフォンのようなものでも、ウモンたちにとってはオーパーツなのである。


「では、別の人間が?」

「いや……落ち着けよ、ナユタ。海流に流されて動いてる可能性だってある。まずは事実確認だ、ゆっくり近付いてくれ」

「了解です、ウモン……はっ! あ、あれは!」

「どうした? ナユタッ!」


 僅かにゼルガードが速力を上げる。

 その中心で、ナユタが驚きに手で口元を覆った。

 大きな瞳が潤んでて、そこに映るものへとウモンも首を巡らせた。


「あ、あれは……凄く、大きい……あれはなんですか、ウモン!」

「……くじら、だなあ。うん」

「あ、あれが鯨なのですね! データベースで見たことがあります。地球最大の哺乳類……本物の鯨なんですね」

「は? いや待て、鯨は魚だろ?」

「いえ、哺乳類です」

「俺たちと同じだって? あの鯨が? だってお前、さめとかイルカと同じだろ、あれ」

「鮫は魚類、イルカは鯨と同じ哺乳類です」

「まじかよ……ま、まあいい。それより、目標を追ってくれ」


 少し沖に出たところで、巨大な鯨に出くわした。

 ゆっくりその横をすり抜けて、ナユタは巨大な金属反応を追う。

 だが、そんなウモンたちの乗るゼルガードを察知したかのように、突然目標は速度を増した。やはり、自然現象で流されている訳ではなさそうだ。


「ウモン! 目標、増速!」

「逃がすかよっ!」

「しかし、水中ではゼルガードの速力はこれ以上は」

「リミッターとかっての、解除すればいいだろ! 俺がまたやってやる!」

「うう、でしたら、その……あまり振り向かないでくださいね」


 ほおを赤らめつつ、ナユタが手元のパネルを操作した。

 彼女が座る座席が上へとスライドし、同時に下から第二の座席がせり上がってくる。普段は隠されている、マニュアル操作のために二人目の搭乗員が座るものだ。

 すぐにウモンはその座席に座る。

 両の手が、吸い付くように操縦桿を握った。

 丁度、ナユタの股の下に座る形で、ウモンは機体の感触を確かめる。


「確かに、動きが鈍いな……水圧の力を受けてるのもあるけど。ここからは俺が動かすぞ、ナユタ」

「は、はいっ。本来ゼルガードは、水中での作戦時は装備を換装する必要がありますから」

「そういうのも、今後掘り出されたら活用したいね。そうでないものは」

「ですね……この時代にふさわしくない物、私たちで管理しきれない物はウモンの送還術そうかんじゅつで消し去った方がいいでしょう」


 ゼルガードはツインアイの輝きをヴン! と増しつつ、加速する。

 ウモンの操縦で秘められた力を解放したが、それでも普段よりも動きが重い。そこで、マニュアル操作でウモンはゼルガードを泳がせてみた。

 以前のマオのやり方を見て、ある程度のコツは掴んでいる。

 左右の手と、左右の脚で、レバーを握ってペダルを踏んでいる。

 ゼルガードはそこからの入力を、ある程度読み取って適切に選択してくれるようだった。だから、泳ぐ手足の動きをイメージして、あとはそのタイミングと強さを入力してやる。

 ただただ背から出る光と炎で前に進んでいたゼルガードが、一変して両手両足で海中を滑り出した。


「ん、見えた! おい、ナユタ! 前方に妙な影が、ッガ! 痛っ、待て! 待てナユタ!」

「振り返らないでくださいと言いました! ……不思議です、以前はこんな感情を励起れいきされることなんて。感情? 私、恥ずかしいと思ってるんでしょうか?」

「知るか! とりあえず、脚をどけろ! 俺の頭を踏むなっ!」

「あっ、こっちでも確認しました! あ、あれは」


 ウモンは前面を指差し振り返って、顔面を蹴り踏まれた。ちょっとヒールの高いくつは、ナユタを包む妙にピッチリした着衣と一体化したものだ。

 そのままグリグリ踏み躙られながらも、ウモンは手でナユタの脚をどける。

 そうして注視する前方に、明らかに巨大な影が動いていた。

 どうやらまだ、向こうはこちらに気付いていないようだった。


「どうだ、ナユタ。あれ、お前の時代のやばい兵器か?」

「今、スルトからもらったデータと照合中です」


 見た目は、よろいだ。

 両手と両足とがあって、力なくだらんとぶら下がっている。その大きさは、ゼルガードより一回りも二回りも大きい。しかし、脱力して彷徨っているかのようだ。

 言うなればそれは、甲冑の亡霊……装備する者が死して尚、敵を求める抜け殻に見えた。

 ゆらゆらと不気味に手足をゆらしながら、ゆっくりと目標がこちらに向き直る。

 その瞬間、ナユタが叫んでウモンは機体を翻していた。


「なっ、あれは……! ウモン、あれはデータベースに登録されています! 頭部が欠損してますが、間違いありません! エクシード・ウェポンを運用するための――」

「その首がない奴がさあ! めっちゃ攻撃して来てるぜ! 全力回避っ!」

「照会完了、間違いありません! あれはエクシードナンバー03、星槍せいそうゲイボルグを運用するための超大型アーマメント・アーマロイド! 名は、スカサハ!」


 ウモンは耳を疑った。

 スカサハ、その名を知らぬ民はこのブリテンにはいない。かの有名なアーサー王が、円卓の騎士たちを率いてブリタニア王国のいしずえを築いた時代より、さらに昔のおとぎ話だ。

 スカサハとは、影の国の女王にして最強の戦士、戦いの女神だ。

 スルトたちがつむいだ神話とは別に、ケルトの伝承としてこの時代でも信仰されている。

 それもまた、旧世紀の戦いが違う形で言い伝えられた結果ということだった。


「よし、避けてやったぜ! ナユタ、今の攻撃を解析してくれ!」

「もうやってます! 超水圧のハイドロ水流攻撃……気をつけてください、ウモン! たとえ水中でも、あの攻撃を被弾すればゼルガードでもただではすみません!」

「なるほど、液体……海水を圧縮して放出してるのか。なら、弾数は無尽蔵、この海がある限りあっちは無限に撃てる訳だ。こっちも応戦を!」

「いけません、ウモン! 水中ではフォトン兵器の威力は減退します。ここは」

「直接殴って蹴っ飛ばす! それでいいよな、ナユタ!」

「です! 制御の補佐はお任せを!」


 水圧と海流に逆らって、ウモンはゼルガードに蹴りを繰り出させる。

 だが、それはあまりにもスローで、避けてくださいと言わんばかりのものだった。当然、敵は……スカサハは悠々とキックを避ける。

 それをデータで解析していたナユタが、新しい情報を頭上で叫んだ。


「ウモン、あれは……スカサハの中になにかいます!」

「なるほど! ちて果てた兵器の中に、モンスターとかが巣食ってんのか!」


 水の断頭台ギロチンが振り下ろされて、超水圧の刃からゼルガードが逃げる。

 その時、ウモンは見た……まるでデュラハンのように、首のない鎧のぽっかり空いた穴……本来頭部がある場所に二つの光が輝いているのを。それは、かつて影の女王とうたわれたスカサハの体内に寄生した、この時代のモンスターの双眸そうぼうだ。


「ウェスカー村のみんなが言ってた魔物って、こいつかもな! なら!」

「待ってください、ウモン! 海面上、上空から急降下爆撃! じゃない、これは」


 突如、海中が泡立った。

 頭上から、突然巨大な影がスカサハに襲いかかる。

 それは、周囲の海水を沸騰させる灼熱の炎……決して消えぬ不滅の業火だった。

 ウモンも初めて見る、それは不死鳥ひのとり

 神皇級マキナ亜空魔デモン、フェニックスがスカサハに突撃した。その全身は燃え盛った炎で構成されていて、羽撃はばたき一つで海は蒸発する。高ランクの神皇級であるフェニックスは、真っ直ぐ天空からスカサハに振り下ろされた刃だった。

 だが、スカサハの鎧を纏う謎のモンスターも負けてはいない。

 獄炎のほむらに貫かれながらも、全くダメージを感じさせずに反撃する。


「あれは、マオの召喚した亜空魔か! でも、フェニックスでも駄目だなんて!」

「スカサハはエクシード・ウェポンの発動に絶えられる超大型のアーマメント・アーマロイドです! あの亜空魔はマスターが召喚したものでしょうが……ん、あれ? それって」

「どうした、ナユタ!」

「あのフェニックス、私は知ってます! 私の時代に配備されていた。超大型武装ドローンです! ……ああ、そうか……この時代の神話はやっぱり、全部が」


 その時、ウモンは見た。

 スカサハを身に纏ったこの時代の原生動物が、フェニックスを……過去の文明が生み出した超兵器を撃退するのを。そして、天高く放たれた水圧のブレスが、フェニックスからなにかを落とさせるのを。

 今、赤い髪の少女が振り落とされて、水中に力なく横たわるのだった。

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