第21話「ウモン、召喚師やめます!?」
結局、学術院側からウモンたちはこってり絞られた。
ここでは、エルフ故の家の名も通じない。
そして今は、インリィとウラニアの言いつけで罰を受けている。
スルトとゼルガードで、敷地内の倉庫を整理することになったのだ。
「ほう、それでは
「あれ、スルトさんって知り合い?」
「直接の面識はない。
「相変わらずスケールでかいなあ、旧世紀の人類」
ウモンは今、封印されし倉庫の中を片付け中だ。倉庫といっても、直立したスルトが歩けるほどに天井は高い。また、広大な面積のそこかしこに収蔵物が積まれていた。整理という概念もなく、面倒だからとなんでもかんでも入れてしまった状態である。
聖遺物もゴミもなにもかも、乱雑に押し込められた秘宝の
大きな物はスルトとゼルガードが出してくれる。
ウモンは雑談に花を咲かせつつも、せっせと手を動かしていた。
すぐ近くを、地響きと共にスルトが通過する。
「ええと、こっちの木箱は、っと……ゲホッ! ゲホゲホ! 酷い埃だ」
「おや、ウモン殿。大丈夫ですか?」
「ああ。……どうやら古文書の
「ふむ、どれも貴重な文献のようですね」
熱風に
だが、これがいけない。
ついつい、奇書や希少本に手が止まってしまう。
タガサも同じようで、勉強熱心な人間には向かない作業だった。
「ふむ……これは東方の島国の文献ですね。いいですね、ボクも以前から興味が」
「だーっ、駄目だ! 手を動かすんだ、ページをめくらず機械的にさばくんだ!」
「しかしウモン殿、これはどうでしょう? この本などは」
「ん?
「他にも色々ありますね。これは……ネクロノミコン? なかなかに趣味の悪い
タガサを
そんな二人を、大きな影が包む。
日差しが遮られて、ウモンは突き刺さる視線に振り返った。
「二人共、もっと真面目に作業してください。今の作業効率では、夜になっても終わりません」
ゼルガードの開け放たれた操縦席から、ナユタが身を乗り出してこちらを見下ろしている。彼女は今日も例の全裸シルエットなピチピチスーツで、ヘルメットこそ被っていないが
彼女はスルトと一緒に、せっせと仕事に取り組んでいるようだ。
「あ、すまんすまん! つい、な……つい」
「さらなる勤勉さを求めます。タガサも、いいですね?」
「ええ、すみません。召喚師も錬金術師も、お宝の山を目の前にするとですね」
だが、それではいつになっても作業が終わらない。
ウモンは自分を仕分けマシーンと定義し直し、せっせと正確さだけを考えて働き始めた。タガサはタガサで、書物をウモンに任せて別の木箱を開封し始める。
そうこうしている間にも、倉庫からは様々な物が持ち出されていた。
女神の神像や古い武具、擦り切れたボロ布に折れた槍と多彩なコレクションである。
ナユタもゼルガードを使って、器用にレアアイテムの数々を仕分けしてゆく。人間同様にゼルガードの手は五本の指があって、繊細な動きは見ていて溜息が出る程だ。
「そういえば、なあ……ナユタ」
「なんですか、ウモン」
「マオの奴はなにやってんだ。あいつも罰当番だろ」
「マスターは何かを
「あーくそっ! ずりぃ!」
「ずりくありません。……そもそも、こうした整理整頓の業務にマスターが貢献できると思いますか?」
「……まあ、無理だな。むしろ足を引っ張る」
「ですね」
この短期間で、ナユタは随分とマオのことをわかってくれてるらしい。面白いもので、彼女はあのマオにとって初めての友人、そして時には姉妹のように仲がいいのだ。
それはもう、召喚主と
そして、ナユタの評価は極めて正確だ。
マオには、おおよそ常識的な生活力というものが欠けている。片付けられない女、掃除洗濯全て兄任せ、放っておくとお風呂さえもおろそかにする。マオはそういう少女だった。
「んじゃ、さ……ザフィールはどこいったんだ?」
そう、ザフィールも同じ罰を受けている。
その証拠に、彼が召喚した亜空魔のスルトはせっせと働いていた。時々物騒な話が飛び出たり、旧世紀の洒落にならない惨状を語ってくれるが、真面目に作業をこなしている。
それなのに、先程からザフィールの姿が全く見えないのだった。
手を止め着衣の埃を払うと、倉庫の中へとウモンは歩き出した。そこはちょっとした博物館で、美術館で、その成れの果てといった印象すらある。収蔵物はまるで無限にあるようで、ちょっと進めばすぐに
あまり奥に行くと迷子になりそうで、ウモンは周囲を見渡す。
「あ、いた……おーい、ザフィール先輩! 先輩も手伝ってくださいよ!」
ザフィールを発見した。
彼は勝手にあちこちの木箱を開封して、中から服をあれこれ出してしまったようだ。散らかす側になってどーするよ、という言葉をウモンは飲み込む。
どうやらザフィールは、着替えて一人でファッションショーをしてるようだ。
どこから持ってきたのか、なにか
「おや、ウモン君。どうしたね? いや、それ以前に……どうかね! 私のこのいでたち」
「率直に言って、サボるなクソがって思ってます」
「ハッハッハ、しかり! さて、次はこのマントを」
「いいから働いてくださいよ! あと、全然似合ってませんよ!」
なんか、祭の夜の
完全に服に着られているザフィールがそこにはいた。
色々な意味で残念というか、本当に顔以外で褒めるところがなにもない。この手の面倒な上級生は「でも憎めないんだよね」みたいな話になりがちだが……ウモンは割りと本気でザフィールが嫌いだった。
それでも、一緒に作業を任されたからには協力したい。
嫌いな奴のために、自分を嫌な人間に落とすことはないと思うのがウモンの考え方だった。
「それで? ウモン君、なにか用かい?」
「や、仕事してください。スルトだってあんなに働いてるんですよ?」
「フン、スルトなら
「そういう屁理屈はいいんですよ、どう考えたって九十九人力より百と一人力のほうがいいでしょ」
「まあ待て待て。あと一着、一着だけだ」
そうこうしている間も、スルトが荷物を運び出している。彼はある程度整理がされてるものは奥へ、そうでないものを外へと運搬していた。ゼルガードと違って細やかな作業は不得手らしいが、身体が大きいのだから仕方がない。
それはそれとして、やはりザフィールにも働いてほしいとおもうウモンだった。
だが、その時だった。
不意に息せき切って駆け込んでくる声があった。
「あ、いたっ! お兄ちゃん!」
マオだ。
相変わらず大きすぎる白衣を引きずり、余った袖をバタバタと振っている。全力疾走でやってきた彼女は、あっという間にウモンの手を握った。
リアクションする暇もなく、ウモンはグイグイと外に連れ出される。
「おいおい、マオ! お前も手伝うのか? 無理しなくていいんだぞ。これは
「片付けなんかどうでもいーの! アタシがあとで適当に召喚してやらせるから!」
「うわ、天才特有のざっくり雑な力技だ!」
色々な品が並ぶ中、外まで出てマオは振り返る。
そして、突拍子もないことを言い出した。
「お兄ちゃん、召喚! っていうか、ちょっと違うんだけど……やって! 今すぐ!」
「……は? いや、まずは片付けをだな」
「いいから! アタシが魔力を貸すから」
「貸すからって、そんな……貸し借りできるようなもんじゃないだろ」
「アタシに不可能はないわ! むしろ、ド可能よ!」
不意に、マオはウモンの背後に回る。そして、背中からギュムと抱き付いてきた。着衣の上からでもはっきりと、ぬくもりと柔らかさが伝わってくる。
「タガサのデータ、参考になったわ。やっぱりアタシの仮説は正しかった……お兄ちゃん、魔力が足りないのとは別に、絶対に理由があると思ってた。召喚が全然駄目な理由」
「お、おう。で、その」
「魔力が足りてないことに関しては、アタシの研究の成果で補える。こうして」
「っ、え……あ、あれ?」
不意に身体が熱くなった。
今まで感じたこともない力が、腹の底から湧き上がってくるような感覚だ。
そしてそれは、背後から密着してくるマオから流れ出ているようだった。
「ある程度、身体を密着させないと駄目なんだけど……お兄ちゃん! やって!」
「やって、って」
「召喚……ううん、お兄ちゃんは召喚師なんかじゃない。タガサのデータもそれを証明してた。さあ!」
「え、ええと、コール? サモン?」
タガサが注目する中、仕方なくウモンは両手を広げる。今まで扱ったこともない、大量の魔力が光となって走った。あっという間に、地面に巨大な魔法陣が出現する。
だが、異世界へ繋がった
「あれ? そういえばゼロロはどうして……って、でけぇ! 俺がこんなでかい魔法陣を!?」
「アタシの魔力を継ぎ足してるから! それに、どこに繋がってると思う? お兄ちゃん、スルトのことかわいそうだって思ってたでしょ!」
「そ、そりゃ……ザフィール先輩のせいで帰れないんだからな」
丁度、大荷物をドスン! と下ろしたスルトがこちらを見た。
ザフィールからの魔力供給は十分だろうが、彼はもう戦いを終えている。かといって、このような雑事にこき使って良いレベルの亜空魔でもなかった。
ただ、返してやりたかった……帰りたいだろうと思ったのだ。
そこは旧世紀の人類の、その成れの果てが死闘を演じた世界。孤独な静寂が満たされた場所だろうとも、そこにスルトは全ての記録を保管して佇んでいたのだ。
「スルトッ、来い! そうか……今、わかった! 俺がお前を元の場所に帰してやる!」
――おかえりなさい。
今、炎の魔神を元の世界、時間も空間も消え去った場所へ
スルトは驚いたような顔をしたが、ゆっくり魔法陣へと近付いてくる。
「……人の子よ、ウモンよ」
「俺の術は一方通行だ。さあ、戻ってやれよ……スルトの仲間たちが散った場所へ」
「なんと! ……しかし、作業がまだ」
「いいんだよ、こういうのは! 俺とマオたちに任せろ。あとまあ、ザフィール先輩を悪く思わないでくれると嬉しい。あの人、悪気はないんだ」
悪気がないのが
スルトは小さく
同時に、魔法陣がひときわ眩く輝いて弾ける。
スルトは、意外な言葉を置き
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