第20話「未来からの神話」

 王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんの中庭に、異様な光景が広がっていた。

 立ち尽くすゼルガードと、片膝を突いて身を屈めた炎の魔神スルト。その巨神がスルトだとわかる者たちは、興奮で校舎から飛び出してくる始末だ。

 授業そっちのけで出てくる教師までいて、ちょっとしたお祭り騒ぎである。

 そして、ウモンはといえば……きっちり絞められていた。


「おーし、ウラニア! もうちょい強くシメろ! 死なない程度に絞め殺せ!」

「もうやってます、インリィ」

「で? オレの授業をよくもブチ壊してくれたなあ? ウモン?」


 ウモンがやった訳じゃない。

 しかし、責任の一端がないとも言えなかった。

 ウモンのクラスメイトたちももう、大半が中庭に出てきてしまっている。なにせ、スルトはAランクの神皇種マキナだ。物珍しいというレベルではない。もはや召喚できる亜空魔デモンの最高峰である。

 そして、それを召喚したザフィールは女子たちに囲まれていた。


「凄いです、ザフィール先輩っ! 顔だけのイケメンだと思ってたんですが」

「ホントそうですよー! こんな実力を隠し持ってたなんて……なんでバカの振りなんか」

「それにしても、大きい……! こんな高ランクの亜空魔、ずっと出しっぱなしで魔力が持つんですか?」

「フッ、乙女たちよ。このザフィール、エルフの里でもと言われていたからな! 全く問題ない! どこかの誰かさんと違って、私の魔力は無限なのだ!」


 あきれて見ていたウモンは、振り返ったザフィールと目が合った。

 フン、と鼻で笑われていい気分がしない。

 しかし、現実のウモンはウラニアの尻尾に締め付けられて失神寸前だった。

 薄れゆく意識の中で、必死にウモンは抗弁する。


「だから、俺のせいじゃないですよ! もとあといえばザフィール先輩が!」

「ええ、ええ、そうでしょう。しかし、ウモン君」

「売られた喧嘩を買ったんだろーが。同罪だ、同罪!」


 ウラニアとインリィの言う通りである。

 頭の上をブンブン飛び回りながら、インリィはさらに言葉を続ける。


「お前んとこの妹のせいでもある、が……どうすんだこれ」

「そ、そうっすね。とりあえず、ラムネや菓子でも売り歩きますか?」

「そりゃいい、本当に祭みたいだぜ、ガッハッハ! じゃねえ、このスカタン!」


 小さな拳で思いっきり頭を殴られた。

 冗談が通じないくらい、インリィは怒っている。彼女としても、早くウモンを周囲のクラスメイトに追いつかせたくて、色々と授業のことを考えてきたらしい。そんなことを先程、ギュウギュウ締め上げながらウラニアが教えてくれた。

 全くもって申し訳ない話だが、どうにもならない。

 そして、本当に締め落とされそうになった、その時だった。

 一際大きなどよめきが起こって、特に男子の声が無数にあがった。

 ゼルガードの中から、ナユタが現れたのだ。彼女は開いたゼルガードの胸部に立つと、スルトの巨大な顔を見上げて敬礼をした。


「シリアルナンバーAe004777D、個体名ナユタです。直接会うのは初めてですね、スルト」

「おお、おお! アーキテクト・チャイルドが名前を……いや、失礼した。我は外宇宙炎征艦隊所属がいうちゅうえんせいかんたいしょぞく最終統合戦史保管機さいしゅうとうごうせんしほかんきスルト」

「外宇宙炎征艦隊……そのような名称の部隊を私は知りません」

なんじが従軍していた時代には存在しなかった。しかし……エクシード・ウェポンの開発に成功し、攻守は逆転したのだ」


 周囲がざわめく中で、ウラニアの尾の締め付けが僅かに緩んだ。それでウモンは、どうにか死の拘束から抜け出る。

 急いでゼルガードに駆けよれば、すぐにタガサが気付いて手を振ってくれた。


「タガサ、マオは?」

「マオならゼルガードの中です。あ、ほら、出てきました」


 タガサが指さす先を見上げれば、ナユタの隣にマオが歩み出てきた。

 マオはナユタの手を握って、凛とした声でスルトに語り掛けた。

 ウモンには、ナユタもまたマオの手を握り返しているように見えた。


「炎の魔神スルト、アタシはマオ。単刀直入に聞くわ……ナユタのいた世界で、なにがあったの? アタシがナユタとゼルガードを召喚しなかったら……彼女たちはどんな戦いに巻き込まれていたの!」


 まるで詰問するような厳しい声だった。

 誰もが恐れ敬う、最高ランクの神皇種に対して全く怖気づかない。

 そして、ともすれば無礼とさえ言えるマオの声に、静かにスルトは返答した。


「人の子よ、汝がAe004777Dの……ナユタの主か?」

「違うわ。召喚主としてはそういう意味かもしれないけど、ナユタはアタシの友達よ」

「トモダチ……友人ということか」

「そうよ!」

「なんと、アーキテクト・チャイルドに友人……!」


 まさかの事態が起こった。

 不意に、スルトは手で目頭を押さえた。

 しかし、押し止められなかった雫が地上に落ちる。ジュウ! と芝生しばふに白煙が上がって、スルトの涙が灼熱なのだと誰もが知った。慌てて生徒たちが距離を取る中、ウモンは逆に近付いてゆく。

 そう、涙だ。

 あの炎の魔神スルトが、泣いているのだ。

 そのことに自分でも照れたように、スルトは鼻をグズグズ言わせながら言葉を続けた。


「エクシード・ウェポンによって、人類は太陽系からインフィニアを一掃することに成功した。激しい戦いで、太陽系は木星と土星を失った。その前には、金星を」

「ちょっと俟って、金星……確か、明けの明星と呼ばれる星よね」

「いかにも」

「ふーん、。その、金星だのなんだのと一緒に。それで?」

「人類は一転して、インフィニアに対して攻勢に出た……それが、外宇宙炎征艦隊」


 なんだか今、さらっと凄いことをマオが言ったような気がした。

 その証拠に、あまりピンと来てない周囲の生徒たちを他所に、タガサが慌てふためいている。

 当然だ、この場に教会の異端審問官いたんしんもんかんがいたら、マオは魔女として火炙ひあぶりになるとこである。教会は召喚術や錬金術を認める一方で、王国の第一宗教としてそれらを監視、統括する立場にある。結論、教会の教えは絶対なのである。

 だが、スルトは古の神にして古代の兵器の系譜だ、全く気にした様子がない。


「我ら外宇宙炎征艦隊は、世代を重ねながらインフィニアを追い、戦い続けた。その過程で、艦隊に参加した人間たちは元の肉体を捨て、アーキテクト・チャイルドもまた純粋な動力、エネルギーへと進化していったのだ」

「……わかったわ、繋がった。完全にド把握ね」

「マスター、それはどういうことでしょう。私には、なにがなんだか」


 隣で小首を傾げるナユタに、一度安心させるようにマオは頷いた。

 そして、再度スルトを見据えて彼女はとんでもないことを言い出す。


「アンタたちが、後の世に言う神様になった訳ね?」

「我らは最終的に、宇宙の果ての閉鎖次元にてインフィニアとの決戦を行った。時間も空間も消滅するほどの戦いだった……その記録を保管するための我を残し、全てが消え去った」


 以前、星剣せいけんエクスカリバーが語っていた事実とも一致する。

 人類は、エクスカリバーを除く全てのエクシード・ウェポンを持って反撃に転じた。自ら大艦隊を組織し、敗走を始めたインフィニアをさらに追い詰めていったのである。

 そして、遥かなときの果てへと旅する中で、人は神になった。

 その歴史だけは消え去ったまま、旧世紀は神々の時代だったと今に語り継がれたのである。


「我らの死闘を、地球に残った人類は記録し、神話とした。一方で、様々な時代に召喚された我が同胞たちは、それこそ神の様に見えたであろう」


 そう言うと、小さくニコリとスルトは笑った。


「我には、兵器として酷使され、エネルギー源として消費されるアーキテクト・チャイルドが不憫ふびんでならなかった。だが、この時代に呼ばれて名を得て、平和に暮らしている個体が一人でもいたこと、なんという救いか」


 なんともお人好ひとよしな神様もいたものだ。

 ウモンは、ちょっと驚くと同時に親近感を感じた。

 本当なら、哀れみをもって慰められるべきはスルトの方なのだ。人類を襲った未知の敵と戦い、その殲滅せんめつの果てにひとりぼっちになってしまった。ただただ、戦火に散った仲間たちの記録を保管するために、未来永劫彷徨みらいえいごうさまよい続ける孤独な魔神なのである。


「うむ、ではさらばだ! 人の子よ! そして、ナユタ……この平和な、騒がしくも活気に満ちた時代に生きるがいい。ナユタの友マオよ、感謝を。皆、達者でな!」


 話すだけ話して気が済んだのか、さわやかな笑顔でスルトは立ち上がった。

 彼との別れが来た、誰もがそう思った。

 だが、静寂だけが中庭に広がる。

 そして、一時限目の終わりを告げる鐘の音だけがおごそかに響く。


「……む? 元の場所には帰れぬのか? これはどうしたことだ」


 皆もそう思った。流れ的には、完全に元の場所に戻る筈だった。だが、亜空魔とは召喚主の下僕として召喚されるものである。つまり、召喚師が魔力の供給を断たねば元の世界には戻れないのだ。

 もしくは、こちら側で実体を維持できないレベルまで攻撃を受けた場合に限る。

 そして、肝心のスルトの召喚主が声をあげた。


「なにが、さらばだ! だっ! スルトよ、我が命に従い戦え! ウモン君をぎったんぎたんに打ちのめしたまえ!」


 壮大な叙事詩サーガに誰もが酔いしれていたのに、一瞬で全員が正気に返った。そして、皆が振り向く先に……あまりにも身勝手な怒りを爆発させるザフィールの姿があった。

 どうやら彼は、歴史的にも稀有な超一級の亜空魔、スルトを元の世界に返すつもりはないようだった。

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