第19話「繋がる過去と未来、そして今」

 いつもの日常が戻ってきた。

 そして、いつも通りではいられないウモンがいた。

 寮を出て学術院がくじゅついんに向かう朝も、どこか今までとは違って見える。

 同じ方向に歩く、同世代の少年少女……その大半が召喚科の生徒で、中には亜空魔デモンを連れている者もいる。

 彼らとはウモンは、違うのだ。

 亜空間の流れが真逆で、こちら側に亜空魔を呼べないのだった。


「ウモン殿、どうかされましたか?」


 なにか口走っていたのだろうか、隣を歩くタガサが心配そうに顔を覗き込んでくる。彼の方が長身なので、少し身を屈める形になった。

 ウモンは慌てて、なんでもないと笑顔を取り繕う。


「ん、そういやマオはどうしたんだ?」

「今朝、誰よりも早く学術院に向かいましたよ? ゼルガードに乗ってキュイーン、と」

「気軽に乗りこなしてくれちゃってるな。ま、いいけど」

「ボクたちも急ぎましょう。ウモン殿には授業もあるでしょうし」

「おっ、それな!」


 自分が持つ特殊な特性、その一端をウモンは知ってしまった。

 あくまでも仮説だが、タガサがデータを取って解析した結果だから、信頼できるものだろう。

 だからといって、全てを諦めてしまうようなウモンではなかった。

 今後の勉強で、自分の亜空流あくうりゅうを変えるヒントが得られるかもしれない。

 授業だけじゃなく、図書室等でも古い文献を呼んだりするつもりだ。


「お、そうだ。タガサ……今更だけど、サンキュな。自分のこと、前よりずっとよくわかったよ」

「おや、ウモン殿。なにを改まって……好きでやってることです、お気になさらずに。それに、ウモン殿なら自分をもっと伸ばせます。ボクのデータもきっと役に立ちますよ」

「ああ。まずは、今の授業に追いつかないとな。随分俺の勉強は遅れてる」


 召喚にやっと成功したから、今なら通常の授業に参加できる。

 腕のリングになっているゼロロも、応援するようにキュルルと回転を繰り返していた。

 先のことは正直、まだわからない。

 だが、わからなくても進む方向は前から変わらなかった。

 人より遅い歩みでも、しっかり前を向いて進むだけだ。

 そのことを胸中に呟いた、その時だった。

 向かう先、校門の影から鬱陶しい声が現れた。


「フッ、また会ったな! マオ君の駄目兄貴だめあにき!」


 やはりというか、またザフィールだ。

 また会ったなと言うが、ウモンには待ち伏せされていたようにさえ思える。

 だが、ツカツカと高そうな靴を鳴らしてザフィールは近寄ってきた。

 そして、タガサをちらりと見て鼻を鳴らす。


「駄目兄貴……二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず! マオ君もタガサ嬢も諦めたまえ! 二人は、私にこそふさわしい!」

「お前、自分で言ってる意味わかってるか?」

「オフコース! 天は二物をあたえたもう……このっ、ザフィール様になあ!」


 流石さすがにイラッと来た。

 いや、ウモンは以前からイライラさせれてたが、今度ばかりは堪忍袋かんにんぶくろが切れそうだった。脳裏にブチッ! とキレる音を聞いたが、そんなところに堪忍袋があるなんて……そんな呑気なことを考えつつ前に出る。

 冷静だった。

 驚くほどに静かに、落ち着いた激怒だった。


「いいかげんにしろよ、エルフ野郎。マオは物じゃねえって何度も言ってるだろ! タガサだって同じだ!」

「ボクはでも、ウモン殿なら……所有されてもいいですけどね」

「ほらみろ、タガサだってそう……言ってないね。うん。タガサごめん、ちょっと黙っててくれる?」


 話がややこしくなっては困る。

 それに、タガサはいい友人だが、彼の全ては彼だけのものだ。そして、ザフィールの節操がない態度にはいきどおりしか感じないウモンだった。

 周囲の生徒たちがざわざわと集まりだす中、腕に巻き付くゼロロに触れる。

 以心伝心いしんでんしん、すぐにゼロロはぽよよんと飛び出てスライムの姿になった。


「勝負してやる、ザフィール。さっさと亜空魔を出せ」

「ハッ! お前が私と? しかも、勝負してやる、だって?」

「そうだ。俺が勝ったら、金輪際こんりんざいマオやタガサには近付くな」

「私が勝ったら、では」

「……お前の行動を認めてやる。そのあとは、マオを口説くなりタガサを口説くなり、好きにしろ。けどな、二人はお前が思うような返事はよこさないと思うがな!」


 どよめきが起こった。

 悲しいかな、ウモンはウモンで、マオとは別の意味で有名なのだ。天才過ぎる美少女召喚師の兄で、学術院でも一番の劣等生。先日、ようやく召喚を成功させたが、最低ランクのスライムを呼び出してしまった駄目兄貴。それがウモンだ。

 だが、当のウモン自身には知ったこっちゃない。

 それに、マオもタガサも自分で自分を守れる強い娘だ。


「っと、タガサは違うか。さて、やろうぜ! 頼むぞ、ゼロロ!」

「ロローン!」


 ゼロロはピコピコと点滅を繰り返しながら、ゆっくりと姿を変える。今度は最初からちゃんと、服を着たマオの姿になった。そこから更に、余った自分の身体で武器を作り出す。

 あっという間に、巨大な鎌デスサイズを構えた妹の姿が浮かび上がった。


「マスター、マカセロ。ゼロロ、ガンバル!」

「お、おう……なあ、そういうのどこで覚えてくるんだ?」

「キノウ、本ヲ読ンダ。マスター、大事ニシテル本」

「ああ、世界神話大全せかいしんわだいぜん


 美しき死神の登場に、ならばとザフィールも身構える。

 彼は仰々ぎょうぎょうしいポージングを繰り返しながら、晴れ渡る朝の空に召喚を叫んだ。


「コールッ! サモン! いでよ、ワイバアアアアアアアンッ!」


 無駄に暑苦しい声と共に、石畳の上に魔法陣が広がる。

 そして、中から雄々しき咆哮と共に飛竜が飛び出した。

 ――かに見えた。

 実際には、ワイバーンは突然ガクン! と空中で急停止してしまう。それもそのはず、魔法陣から伸びる巨大な赤い手が、ワイバーンの尾を掴んでいた。

 その手は、あっという間にワイバーンを光の中へ引き戻してしまう。

 ザフィールも驚き目を見張って固まっていた。

 誰もが固唾かたずを飲んで見守る中、今度は巨大な人の姿が浮かび上がった。

 その姿には、ウモンは見覚えがあった。


「おっ、お前! スルトじゃないか! 魔神スルト!」

「いかにも。この時代では我は、炎の魔神スルトと呼ばれている」

「えっと、どした? 今、どうみてもワイバーンが」

「以前、我を召喚した者の魔力を感知し、話し合いの末に代わってもらったのだ」

「……話してないよね、っていうかワイバーン喋れないよね」

「肉体言語である」

「ハ、ハイ」


 昨日もザフィールが召喚した、魔神スルトが立ち上がった。

 その姿に、召喚主のザフィールが驚き駆け寄る。


「きっ、貴様! なにを……はっ、わかったぞ! このザフィール様を真の主とあおぐ気だな! よかろう、忠誠を誓うなら貴様に名をくれてやる!」

「主よ、我は……先日のアーマメント・アーマロイドと話がしたい。厳密には、あのゼルガードに搭載されているアーキテクト・チャイルドとだ」

「……は? なに言ってるんだよ、おいっ!」


 ウモンにも、スルトの言葉の意味がわからなかった。

 どうやら彼は、ナユタに会いたいらしい。

 そのことで、ウモンは咄嗟とっさに昨日の出来事を思い出した。そして、改めてまじまじとスルトを見上げる。

 やはり、生身の人間のようでもあり、機械のようにも見える。

 そして、各所の意匠はどこかゼルガードに似ていた。


「な、なあ、スルト。お前やっぱり」

「いかにも。我は外宇宙炎征艦隊所属がいうちゅうえんせいかんたいしょぞく最終統合戦史保管機さいしゅうとうごうせんしほかんき……スルト。またの名を、炎の魔神、スルト」

「……お前、もしかしてこの世界の過去から来たんじゃないのか? もしくは、遠い未来」

「肯定。が、我が同胞はらからたちの戦場はこの次元にあらず。インフィニアとの最終決戦は、より高次の空間、宇宙の最果てにて戦われた。我は、その記録を託された唯一の機体なり」

「やっぱりか! もう、訳がわからないぜ!」


 だが、口が開いたままになっているザフィール程じゃない。

 召喚術は、異世界からモンスターを呼び出す術だ。だが、そのために開かれる亜空間は、異世界だけではなく過去や未来にも繋がるらしい。

 つまり、スルトはこの世界の人類史に連なる存在なのだ。

 それが紆余曲折うよきょくせつを経て、この時代には炎の魔神として記録されているらしい。


「スルト、わかったよ。ついてきてくれ。俺がお前をナユタに会わせる」

「ナユタ、とは?」

「お前が言う、ゼルガードの中にくっつけられてる女の子のことだ」

「なんと、アーキテクト・チャイルドに名前が」

「俺の妹が名付けたんだ。ナユタはいい奴だぞ」

「そうか……ただの動力源として大量生産された子が、名を」


 スルトは感慨深そうに何度も頷いた。

 細められた目元が潤んでいるような気がして、不思議とウモンには彼が同じ人間のように見えた。

 そして、思い出す。

 神々の黄昏ラグナロック……それは全てが滅んで絶えた最終戦争。

 やはりそれは、旧世紀の先史文明がインフィニアと戦った歴史を謳っているのかもしれない。


「よし、タガサ。行こうぜ。あと、ついでにザフィール先輩も来てくれ」

「なっ、なな、なんで私が!」

「あんた、召喚主だろうが。それに、俺についてくればマオに会えるぜ。ナユタはおおむねマオと一緒にいるからな」

「なにをしている、スルト! 私と共に学術院の中へゆくぞ! ついてこい!」

「……いい根性してるよ、ったく」


 巨体を揺らし、ゆっくりとスルトが歩き出す。やすやすと学術院を囲む塀を跨いで、彼は一度だけ振り返った。その燃え滾る視線は、ウモンのブレスレッドに戻るゼロロを見据みすえているのだった。

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