第18話「明かされる真実と現実!」
その夜、ウモンは寝付けなかった。
どうしてこうなった……そう自問自答するしかない。
今日はいつにもまして、ベッドが狭い。
寮舎に備え付けのベッドは大きいサイズだが、流石に三人は狭過ぎた。
「な、なんでこんなことに……!」
結局、タガサはウモンの部屋で寝ることになった。
同じ男同士なんだから、問題はない。
問題はないが、個人的には大問題だ。
むしろ、問題外にいけない、危ないことだと思えた。
今も、ウモンの背中にしがみついてタガサが寝ている。壁だけを向いて縮こまるウモンは、がっちりタガサの両腕にロックされていた。
そして、その向こうで……物凄く機嫌の悪いオーラが渦巻いている。
空気が澱んで、そこだけ夜よりも暗く濁っているようだった。
「……お兄ちゃん、起きてる? 起きてるよね? ねえ?」
「は、はい。起きてます……」
先程、いつものようにマオが忍び込んできた。
そこで彼女は見たのだ……男同士で抱き合って、というか一方的に拘束されて身動きが取れなくなっているウモンを。
そして、今にいたる。
怒鳴られたりなじられたりしなかった。
むしろ、黙られて超怖かった。
先程、マオは絶句して……そのままベッドに潜り込んできたのだ。
今この会話が、ようやく交わした言葉だった。
「あのさ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、その、えっと……男の人が好きな人?」
「違う! それは違うぞ、マオ」
「じゃあ、どうして……なんでアタシじゃ駄目なの?」
「待て、落ち着いて考えろ。お前は俺の妹だ。同じ父親と母親から生まれたんだ」
「逆を言えば、アタシたちの兄妹要素って、それしかないよね?」
「それが全てだってーの! ……とにかく、もう寝ろ! それと」
「それと? えっと、その、うん……い、いいよ?」
「アホ! 俺はこうして身動き取れないから安心しろ。じゃあな! おやすみ!」
天才とか神童とか言われてるマオが、時々とんでもないアホの子に見える。
実際、天才となんとやらは紙一重ってことだろう。
だが、どうしてマオはここまで自分のことを好いてくれるのだろうか。
そのことを考えないようにしていたら、自然と就寝前のやりとりを思い出した。
この女、なに考えてやがる、そう素直に思った。
けど、タガサは男だ。
そして、考えて動くタイプじゃなかった。
男風呂では無駄に注目を集め、胸までバスタオルで隠した姿は脱衣所を混乱の坩堝に叩き落とした。だが、本人は悪びれた様子もない。そして、そこはタガサは何も悪くないと思うウモンだった。
だが、自分の部屋をすけすけのネグリジェ姿でうろつかれると、困る。
「そうそう、ウモン殿。ざっくりとですが調査結果が出ました。説明しますね」
タガサは紙とペンを机から持ってくると、ぺたりと床にあぐらをかいて座った。そういうところは男のままというか、ある種潔さが男らしい。
それでウモンも、やれやれと正面に腰を下ろした。
部屋はランプの明かりがぼんやりと灯ってて、膝を突き合わせるような近さじゃなければなにもかも見えづらい。それが逆に、ほのかに浮かぶタガサの姿を妖艶に見せていた。
タガサは床に紙を置くと、すっと二本の縦線を引いた。
「この縦線、これをそれぞれ一つの世界だと思ってください。こっちの世界線がボクたちの棲むこのブリタニア王国のある世界。もう一つは、まあ、異世界です」
「ふむ」
「ウモン殿のような召喚師の術というのは、この二つを繋げる力だと思ってください。つまり、こう」
右側の縦線がこの世界、そして左側の縦線が異世界だ。
その間に、タガサは横線を引く。
つまりこれが、亜空間の仮想領域で、そこを通してこちら側に来たモンスター等が
「因みに、マオはこの亜空間が太いんです。もともと持って生まれた魔力が強いから、大きな亜空間を安定して形成することができるんですね」
先程の横線の上に、ぐりぐりとタガサは太い線を引いた。
なるほど、一度に大量の亜空魔を呼び出したり、いとも簡単に高ランクの亜空魔を顕現させられるのはこれが理由らしい。もっとも、図解されずともウモンはマオの才能を恐ろしいほどによく知ってた。
マオの凄さも、そのひたむきさもいじらしさも、全部まるごと知っていた。
そんなことを思ってると、タガサが小さく笑って講釈を続ける。
「それで、です。無数の世界にこの亜空間を繋げるのが召喚術なんですが……ウモン殿、気を悪くしないでください。あなた、少しおかしい。イレギュラーなケースです」
「わかってるよ、魔力が弱いからな。不安定で細い亜空間しか作れてないんだろう?」
「それはそうなんですが、もっと根本的な問題があります。今回、他にも召喚師の学生に協力してデータを取ってみました。結果、ある事実がわかったんです」
――亜空流。
聞き慣れぬ言葉をタガサは口にした。
しかも、それは自分が作った言葉だと言って彼は笑う。
「亜空間には、ある種の流れがあるんです。魔力によって生じた、いわば亜空流ですね」
「川の流れ、みたいなものか?」
「言い得て妙ですね。そう、二つの大河を貫く小さな用水路みたいなものなんです。そして、それは必ず異世界からボクたちの世界に流れてる。……ただ一人、あなただけを除いて」
ドキリとした。
同時に、やっぱりかとも思った。
そんなウモンの心を見透かすように、タガサは優しく微笑む。
「あなただけ、亜空流の流れが逆……というより、亜空間が常に逆向きなんでしょうか? こういう感じかもしれません」
例の縦線、ウモンたちの世界線から右側……異世界がない方へとタガサは横線を引いた。勿論、その先にはなにもない。
線は引っ張られるまま、紙の端を乗り越えて床で止まった。
なるほど、上手く召喚できない訳だ。
ウモンだけ、どういう訳か皆と真逆の方向に門を開いていたのである。
しかも、その門は流れがあべこべで、これでは異世界からの亜空魔も入ってこれない。亜空間の流れに乗ってこちらの世界になにかを呼ぶ、それが召喚術という話だった。
「なるほどな……どうりで。はは、俺はそういう体質なのかな? なら、努力しても駄目ってことか?」
「いえ、紙の上で説明するからこうなるんですが……実態としては、異世界は無数にあり、無限にも近い存在です。だから、逆側に伸びた亜空間もどこかに繋がる……こういう風にね」
なんと、突然立ち上がったタガサは、紙を拾い上げて丸めた。
そして、筒状になった紙の上にペンを踊らせる。
「ほら、こうして繋げれば異世界にも繋がりますよ」
「おいおい、トンチかよ。屁理屈じゃないか」
「いいえ? これが物理法則というものです。ただ、覚えておいてほしいんです。あなたもまた、多くの召喚師と同じように異世界とこの世界を亜空間で繋げています。ただ、そこを流れる亜空流が真逆。その流れに逆らえる存在しか、召喚に応じることはできないと思うんです」
何故、ウモンだけが亜空間での流れを逆に生んでしまうのか?
それは、タガサにもわからないという話だった。
だが、原因がはっきりして少しほっとしたのもある。
同時に、優しい絶望が全身に這い上がってくるのをウモンは感じていた。
だんだんウトウトしかけていた、その時だった。
不意にガバッ! とマオが起き上がる。彼女はもそもそとベッドから這い出すなり、声高に叫んだ。
「コール、サモンッ! ウィル・オ・ウィスプ! あーもぅ、なによ! なんで! どうして! ド理不尽なのだわ!」
もの凄い剣幕で、マオが狭い部屋の中を机に向かう。
同時に、天井に現れた魔法陣からゆっくりと光が広がった。
光の妖精、ウィル・オ・ウィスプだ。錬金術でも定義されてる世界の四大元素、地水火風に次ぐ光と闇の元素。その光を司る精霊がウィル・オ・ウィスプである。
それこそ、アンスィ村で普及している電気のような明るさだった。
そして、身動きできないウモンをよそに、マオは本棚に歩み寄る。
「あ、ちょ! マオ、待て! おいっ!」
「いーもん。お兄ちゃん、アタシ知ってるもん。お兄ちゃんは大事なものは、いつもこの本の裏に隠すもん」
確かにその通りだった。
そして、マオはウモンの愛読書、世界神話大全を引っ張り出す。ブ厚い専門書だが、ウモンには小さい頃からのお気に入りだ。そして、その奥にいつも宝物を隠していた。
かくして、ひっそりとウモンが秘匿していた秘宝が取り出される。
「よせ、マオ! それは……それはっ、チョコレートだぞっ!」
そう、チョコレートだ。
勉強中に眠い時など、一口食べれば元気が出る気がする高級菓子である。ブリタニア王国が他国を侵略したり交易を増やす中で、自然と出回るようになった逸品だ。
勿論、目玉が飛び出るような値段で売られている。
また、この菓子の原材料を作る国では、飲み物の状態で飲まれるとも聞いていた。
それが何故ウモンの部屋にあるかというと……これは戦利品である。同級生や寮生同士でのちょっとした賭け事があって、ウモンはそこそこツキに恵まれてたのである。
「あまーい! ド甘い! 最高じゃん。も一つ……あまーいっ!」
「ば、馬鹿……そうパクパク行くんじゃない。味わえ! せめて味わってくれえええ!」
その時、激震が走った。
そして、窓の外に赤く光る双眸が浮かび上がる。
すぐにカーテンを開けると、そこには屈んだゼルガードが覗き込んでいた。ゼルガードはすぐに立ち上がるや、胸の高さを調節する。胸部が開くと、奥からナユタが出てきた。
「マスター、この部屋で謎の発光現象を確認しました。ご無事ですか?」
ナユタは真面目な娘で、あくまで兵士としてマオに仕えている。献身的で、とても真面目、生真面目、馬鹿真面目だった。
そんなナユタが現れて、マオは今までの不機嫌が嘘のような笑顔を見せた。
「丁度いいわ、ナユタ! これを食べなさいっ!」
「こ、これは? 固形食料には馴染みがありますが、このサイズでは大した栄養が」
「いいから食べるの! お菓子はね、身体じゃなくて心に効く栄養なんだからっ!」
「で、では……ん! んんっ! こ、これは!」
ナユタは、驚きのあまり窓際からずり落ちた。そして、自分で背中のケーブルを伝って這い上がってくると、興奮もあらわに瞳を輝かせる。
「これは、カレー味ではありませんが、美味しいです! マスター、これはなんというカレー味ですか! 甘くてとろけて、カレー味に勝るとも劣らぬ味です!」
「これがチョコレートよ! さあ、ばんばん食べるわよぉ!」
その全ての光景を、ウモンは眠りこけるタガサに抱き締められながら見守るしかできなかった。彼が溜め込んでいた甘味は、こうしてあらかた全てが可憐な乙女たちに食べ尽くされてしまうのだった。
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