第12話「宴の夜に」

 盛大な祝宴が執り行われた。

 アンスィ村の皆が、ウモンたちに感謝を述べて祝福してくれた。ウモンとしても、まずは課題をこなせたことにホッとしていた。

 勿論もちろん星剣せいけんエクスカリバーのことは王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんに報告しないつもりだ。

 彼女が希望するように、ずっとこの村に残ればいいと思う。

 そのことを伝えたら、タガサは満面の笑みを見せた。


「そうですか、助かります! 皆も喜ぶでしょう」

「ああ。ただ、タガサ」

「なんでしょう? ウモン殿」

「これが本来はなんなのか、知っているか?」

「……ええ。ボクが調べた限りでは、とんでもない武器、いや兵器ですね」


 周囲は電灯がきらびやかで、誰もがさかずきを手にお祭り騒ぎだ。

 その喧騒を背に、小さくタガサが声を潜めてくる。

 おそらく、知ってて村人たちには伝えていないことなのだろう。だから、自然とウモンも合わせて小声で話す。

 知らないくていいこともあるし、その事実はすでに過去だ。

 エクスカリバーはもう、なにも斬らずに静かに明かりを灯して暮らすのだろう。


「ボクの計算では、村全体をうるおしてるエネルギーはカリバーン様の持つ力の1%にも満たないものです」

「ああ、だろうな。ナユタも言ってたけど、あれはものすごい力を秘めた最終兵器なんだ」

「でしょうね。それで? その、ナユタさんというのはボクはまだ紹介してもらっていませんが」

「あー、うん。ちょっと特殊でな。彼女、あのゼルガードから降りられないんだ」


 ちらりと振り向けば、広場の隅にゼルガードが片膝をついている。周囲には子供たちが集まってて、わいわいと賑やかな声が広がっていた。

 どうやらゴーレムのたぐいだと思われているようである。

 しかし、タガサはゼルガードに関しても鋭い持論を展開してくれた。


「あれはゴーレムじゃないみたいですけど……ひょっとして、カリバーン様と同じ技術で作られたものじゃないでしょうか?」

「まあな。うちの妹が召喚しちゃったんだ。しかも乗ってる奴に名前までつけて」

「なるほど、それでナユタですか。銘冠持ちネームド亜空魔デモンってことでしょうか?」

「そういう扱いになるよな。ん? この匂い」


 無数の料理が行き来する中、ピリリと鼻孔を震わす香りが通り過ぎた。

 広場には無数のテーブルが並べられ、所狭しと沢山の料理が並んでいる。立食形式で、無国籍ながらも様々な料理がひしめき合っていた。

 とりあえず、自分も食事を取るとして……ぐるりと周囲を見渡す。

 どこにいても目立つ少女は、村長たちの輪の中にいた。


「ほほお、するとお嬢ちゃんが王都で一番の召喚師なのかい?」

「そうよ。アタシ、ド天才だもの。はぐ、はぐぐ……美味しい!」

「フォッフォッフォ、こっちのもお食べ。小さな召喚師さんや」

「ありがとっ!」


 物凄く、周囲に溶け込んでいる。

 マオは昔からお調子者な一面があって、ヨイショされるとどこまでも有頂天になるタイプだ。でも、今は安心だろう。美味しいご飯がある時は、いつだってトラブルとは無縁なのがマオという女の子だった。

 やがて彼女は、村長や周囲の大人たちに自分の武勇伝を語り始めた。

 あれは多分、一人でも大丈夫だろう。

 なら、とウモンはタガサと共に歩き出す。


「なあ、タガサ。料理、ちょっと貰ってっていいかな? ナユタにも食わせたいんだ」

「勿論ですとも。是非、味わってください。冷めたものはレンジでチン! するといいでしょう」

「レンジ?」

「ボク、電子レンジというものを作ったんです。端的に言うと、料理や素材を温める機械ですね」

「へえ」

「いちいち火を起こさなくていいし、便利なものです。原理は、水の分子……あ、まず分子っていうのはですね」


 タガサの目がキラキラと輝いていた。

 女装の美少年が、本当に女の子みたいになっている。

 ただ、言ってることの半分も理解できなくて、ウモンはやんわりと講義を遠慮した。そうして彼と別れると、うつわを取って目的の料理に近付く。

 あつあつで湯気をあげているなべは、カレーだ。

 香辛料スパイスの香りが複雑に入り組んでいて、いやがおうにも食欲が身をもたげてくる。

 そういえば、ウモンもまだ何も腹に入れてなかった。


「へえ、ここじゃ炊いた米の上にかけるのか。さながらカレーライスってとこかな。どれ」


 カレーは、ブリタニア王国では比較的ポピュラーな家庭料理だ。以前、王国が大陸へと遠征し、さらに大洋を超えて大きな東洋の一部を手中に収めたことがある。その時、敵国との講和に前後して、互いの文化が行き交い混じりあったのである。

 無数の香辛料を小麦といためて、好きな肉や野菜で仕上げるカレーは、そんな時代に王国に根付いた食文化だった。


「お、こりゃなんだ? 赤いな……なになに、福神漬ふくじんづけ? おもしれえ、これを添えるのか」


 器に二人分のカレーをよそい、それで両手がいっぱいになってしまった。あとでサラダや果物を取りに来ようと思い、ウモンはゼルガードへと歩き出す。

 周囲の子供たちがすぐに集まってきたが、ウモンは気にせずぞろぞろ引き連れたまま機体を見上げる。開いたハッチから、隠れて様子をうかがうような視線があった。


「おーい、ナユタ。腹ぁ、減ら……ないんだよな、確か。でも、一緒に食わないか? これ、カレーだぜ?」

「ウモン……カレー味、ですか?」

「そりゃそうだ、カレーだからな。で、なにしてたんだ?」

「その、子供たちを見てました」

「なんだ、珍しいのか?」

「ええ、とても」


 今日は祝いの宴で、子供たちにも菓子が配られているようだ。皆でそれを手に、わいわいとはしゃぎまわる姿が眩しい。

 ウモンは、自分とマオにもこんな時期があったと思い出せば、なかなかに感慨深かった。

 ところが、上からナユタはとんでもないことを言い出す。


「私たちアーキテクト・チャイルドは、培養ポッドによって三ヶ月程度で出荷可能になりますので……それに、オリジナルの地球人の子供は、初めて目にします」

「はぁ? お前、いくつだよ」

「前線に配備されてから、十ヶ月ほどですね」

「……一歳とちょっとってこと?」

「人間のように数えれば、そういうことになります」


 絶対に嘘だと思ったが、本人が言うのだからしかたがない。ナユタはすらりとスタイルがよくて、女性特有の優美な曲線が豊かに自己主張している。それがシルエットに全て出てしまうピチピチの変な服を着てて、黙って立っているだけでも割りと目の毒だった。

 しかし、一歳とはまるで赤子ではないかと思わないでもない。

 改めてウモンは、今という時代の平和、せいぜい小競り合い程度の戦争しかないことに感謝するのだった。


「どれ、ちょっとそっちに上がるからよ。おーい、ガキ共、離れろよー」

「今、ケーブルを下ろします」


 スルスルとケーブルが伸びてきて、その先にウモンは爪先つまさきをひっかけた。両手が塞がってては危ないので、カレーの器を片手で二つ持ってケーブルを握る。

 ちょっと危なっかしくて、王都の高級レストランで働く給仕ウェイターを思い出した。

 やがて、いいなー、うらやましー! という子供たちの声を残して、ウモンは操縦席へと転がり込んだ。

 ナユタはやっぱりいつもの椅子に座っていた。


「よ! ほら、食えよ」

「これが……カレー味? あ、でも、そうですね……カレー味の匂いがします」

「だから、カレーそのものだって」


 ウモンも適当な場所に座り込んで、スプーンで食事を始めた。それをじっと見てから、恐る恐るといった感じでナユタもカレーを食べ始める。

 味付けはマイルドで、そこまで辛くはない。

 ただ、熱々で肉も野菜もゴロゴロ入っている。

 米との相性もばっちりで、つい口元に運ぶスプーンが忙しくなった。

 一口食べたナユタも、目を丸くして座席から立ち上がる。


「これです……! これ、カレー味です! あの時、中佐さんがくれたものと同じ味です」

「こだわるなー、っていうかカレー味じゃなくてカレーそのものだって。あ、いや、待てよ? ひょっとして、カレーはパンで食べる派? あの、ナンっていうのもあって」

「いえ、カレー味は軍で支給されている携帯食料です。少しパサパサしてますが、美味しいですよ?」

「……ま、いっか。食え食え」

「はい。とても美味しい……またカレー味が食べられるなんて、夢のようです」


 常に無表情なナユタが、僅かにほおを緩めた。

 それだけで、ウモンは少し嬉しくなる。

 そして、聞かないことにした……聞けなかった。ナユタが言う中佐さんがどういう人で、どういうエピソードだったか。それは多分、血と硝煙に彩られた緋色の記憶……なんとなく想像はできる。

 それに、ナユタはマオに名前を与えられた銘冠持ちの亜空魔だ。

 もう、もといた時代に戻らなくてもいいのだ。


「これは、はふ、はふふ、凄いですね! んぐぐ、んっぐ! とても美味しい……これが本当のカレー味。んぐんぐ、加工された合成食品じゃない、カレー味」

「おいおい、食うか喋るか、どっちかにしろって」

「では、食べます!」

「おう」


 まるで子供みたいだ。

 夢中でスプーンを口元に運ぶナユタが、とても幼く見える。そして、凄く嬉しそうだった。それだけでもう、ウモンもカレーが何倍も美味しく感じる。

 エクスカリバーから真実は語られた。

 今という時代は、ナユタの生まれた地獄のような戦争の果てに存在する。

 だから、一足飛びにこの時代に召喚されたからには、そのいしずえのために戦ったナユタは幸せになってもいいのだ。


「ほら、ナユタ。ご飯粒はんつぶが付いてるぞ」


 手を伸べ、頬についたお弁当を取ってやる。

 そういえば、妹のマオも小さい頃はなかなか行儀よく食事できない子だった。そして、今もそんなに変わらない気がする。

 ウモンはなんとなく、妹が一人増えたような気がして少し嬉しいのだった。

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