第13話「ウモンの最弱にして最低の謎」

 その夜、ウモンとマオはタガサの家に世話になった。

 客人としてもてなされ、温かな部屋とベッドが与えられた。タガサは、できればナユタにも会いたいと残念がっていた。

 外はまだまだ大人たちの声が聴こえて、歌と踊りとで盛り上がっているようである。

 ウモンはベッドに入るなり、どっと疲れが出てすぐに寝入ってしまった。

 が、やはりというか、ずしりとのしかかってくる重みがある。


「ん……これ、前にもあったやつじゃ……この、微妙に軽い重さは……」


 思わず目を開けると、今回は違った。

 ゼロロではなく、妹のマオだ。


「なんだ……いつも通りマオか。……じゃない! いいから降りろっ! またか!」


 思わず飛び起きたが、様子がおかしい。

 マオはマオなのだが、裸だ。いや、それはおおむねこういう時はそうなのだが、肌の色が妙である。

 そう、なんだか肌の色が真緑まみどりだ。

 因みに、髪の色も瞳も緑色である。

 それでようやく、ウモンは事態を悟った。


「お前、ゼロロか?」


 その問いに、色違いのマオがブンブンと頷く。

 そして、驚いたことに彼女は発光を繰り返しながら……次第に色まで本物のようになっていった。

 そこには、毎夜毎晩見飽きてる妹の裸体が完全に再現されていた。

 驚いてしまったが、赤面に背を向けるウモン。

 見慣れていても、見てよいものではない。

 そして、見続けていれば頭が変になりそうだった。

 それくらい、妹ながらマオは綺麗だった。


「で、なんだよ……ゼロロ、脅かしやがって」

「ロロロ~! マオ、出テッタ」

「ん? お前今、喋ったか?」

「ロッ! マオ、外、出テッタ。ゼロロ、マスター、追イカケル」

「マオが……なにやってんだ、飲み足りないって歳でもないだろうに」


 ブリタニア王国では、成人年齢は18歳だ。だが、お酒は全て自己責任で何歳でも飲んでよいことになっている。大事なのは、時と場所を選び、度を越して飲まないこと。飲んで暴れるなどの骨頂である。

 そして、マオは時々飲むことがあるが、すぐに酔って寝てしまうタイプだった。

 だが、お調子者だから大人たちにおだてられたらと思うと、とても心配だ。


「よし、元にもどれゼロロ。一緒に行くぞ」

「ロロッ!」


 手早く着替えれば、小さくなったゼロロが手首に戻ってくる。ブレスレット状態になったその硬さを触って確かめてから、ウモンは部屋を出た。

 タガサの家は、裏庭の方に大きな工房がある。

 その明かりがついているので、どうやらタガサは仕事中のようだ。

 声をかけようかとも思ったが、すぐ戻るつもりでウモンは単身家を出る。


「よし、ゼロロ。マオはどっちだ?」

「ロッ! ロッロロー!」

「なに、ゼルガードにいるのか。まったく、あいつめ」


 足早にウモンは歩き出す。

 村の広場に出れば、まだまだ大人たちは酒で盛り上がっていた。その中央では、ぼんやりと浮かぶ女神像のカリバーン様も笑顔である。

 遠い太古の最終兵器を囲んで、中世にまで戻ってしまった人間たちが騒いでいる。

 歌と楽器とが音楽を奏でて、電気の光に誰もが影を踊らせていた。

 平和だ、実に平和である。

 サイクロプスに襲われこそしたが、それはウモンたちが撃退した。そして、奪われた星剣エクスカリバーは戻ってきたのだ。


「なんか、よかったな……エクスカリバー。もう、お前は戦わなくてもいいんだ」


 それだけ口にしてみて、先を急ぐ。

 ゼルガードの近くにくれば、流石に先程の子供たちはいなくなっていた。そのためか、宴会の喧騒もどこか遠くに聴こえて、ゼルガードが寂しげに見える。

 そして、操縦席からは光が漏れていた。

 きっとそこで、ナユタと一緒にマオはいるのだろう。

 下まで来て見上げれば、操縦席に上がるためのケーブルが下りっぱなしだった。このくらいの高さなら、身体能力の高いマオは生身で登ってしまうからだろう。


「おーい、マオ。いるのかー?」

「……いなーい。いないよー?」

「そっかー、いないかー」


 いるじゃないか、と操縦席に潜り込む。

 そこでは、珍しく椅子から降りたナユタが眠っていた。床に敷いた毛布の上で横になっている。時折、彼女とゼルガードの間で何かが行き来するようで、背中の紐が明滅していた。

 そして、そんなナユタに膝枕ひざまくらをしてやりながら、マオが座っている。

 マオは、手にした手帳に熱心になにかを書き込んでいた。


「おい、なにやってんだ? それと」

「あっ、これね! うん、そこでもらっちゃって……ド甘いけど、濃ゆい感じで」


 マオはまだ十代なのに、操縦席にお酒を持ち込んでいた。因みに学年は一個下だが、マオは14歳……飛び級生である。

 彼女はそのお酒を、これまた持ち込んだグラスで水割りにして飲んでいた。

 ゼルガードの操縦席には、飲料水がストックしてある。

 多分、過酷な戦闘を続ける戦闘兵器だから、もしもの時の備えだろう。


「お兄ちゃんも飲む? はいこれ」

「お、おう。……甘っ! もっと水で薄めろ薄めろ」

「ふふ、間接キスだね。なんか、ちょっと嬉しい」

「はぁ? お前、ガキの頃からずっといっしょで、こんなの日常茶飯事だろうが。で……何やってんだ?」

「んー、ナユタの様子を見に来たのと、あとは日課」


 そう、日課なのだとマオは言う。

 マオはウモンが返したグラスを自分でもちびりと傾け、そしてまた手帳にペンを走らせた。


「アタシね、前から研究してんの。なんか、もうすぐ見えてきそうなんだよね」

「ん、勉強熱心なんだな。せめて基本とか基礎とかも、それ位やってくれればなあ」

「にはは、今度ね、また今度」


 なんだか、あのマオが今日は酷く大人びて見える。彼女は彼女なりに、自分が召喚して名を与えたナユタのことを大切に思っているようだ。


「あのね、お兄ちゃん」

「おう。はあ、心配して損したぜ……あんま遅くならないうちに、戻って寝ろよ」

「ん、わかった。実は……アタシ、調べてんだ。お兄ちゃんのこと」

「はぁ? なんだお前、俺の何を知りたいんだよ」


 驚いたし、同時に当然のようにも思えた。

 小さい頃から、マオはウモンに首ったけなのだ。誰もが落ちこぼれの失敗作と見ていたウモンに、常にべったりで何でも知りたがった。いつも一緒にいてくれて、さんざん世話を焼かせてくれたのだ。

 そのマオが、小さく笑って手帳を閉じる。

 よく見れば、手帳は付箋紙ふせんしだらけで膨らんで見えた。


「お兄ちゃん、なんで召喚術が下手なのかなって……魔力はまあ、最弱レベルだし? でも、もっとこぉ……根本的な何かがあると思うんだー」

「そ、そんなの、いいよ。俺は俺で、やれるだけやってみるだけだし」

「アタシ、思ったのね。多分、なにか秘密がある。お兄ちゃんはだって、特別だから」

「マオ、お前……なっ、なんだよ! おだてても何も出ないぞ?」

「えー、出して出してー、出してよー! アタシ、だからね。探してるの」


 ウモンは昔から、魔力も低く召喚術に失敗してばかりだった。親の失望はやがて無関心に変わり、マオも兄とは関わるなと言われるようになった。

 それでもマオは、ずっと周囲につきまとってくる日々だった。


「待っててね、お兄ちゃん。自他ともに認める超絶天才、このっ! マオ様がっ! へっぽこなお兄ちゃんの秘密、必ず暴いてみせるから!」

「……おう。ま、期待せずに待ってるよ」


 マオは過去最高に眩しい笑顔で「うんっ!」と頷いた。

 その時、声が大きかったからかナユタが目を覚ます。まだまだ夢現といった雰囲気で、ナユタは眠そうに瞼をこすりながらもそもそと起き上がった。

 まるで、日向ひなたで昼寝していた猫みたいだ。


「んっ、ん……あ、マスター。ずっと、居てくれたのですか?」

「当たり前でしょう? アタシ、ナユタの召喚主なんだから」

「そうでした……なんだか、久しぶりに熟睡した気分です。休眠カプセルに入った時より、深い眠りでした」

「まだまだ朝は遠いわ。もっと寝てて……今日はお疲れ様、ナユタ」

「は、はい。では……ッ、ん! そ、その、すみません。ちょっと、今……」


 不意にナユタは、頬を赤らめたまま固まった。

 そのまま寝入るのかと思ったが、ブルリと震えて、そして深く長い溜息を零す。

 何事かと思った、その時にはナユタは腰の右側から何かを取り外した。


「ふう、失礼しました。その、久々に人間と同じ食事をしたからか、水分が」


 お前はなにを言っているんだ? という顔になってしまったウモンだが、自分と全く同じ表情をマオに見る。やはり兄妹きょうだい、顔は全然似てなくてもこういう時はそっくりだった。

 ナユタは、まるでさっぱりしたかのように何かを操縦席の隅のボックスに入れようとする。それは、今もお酒を割って飲んでるだった。


「待て! 待て待て待て……ナユタ、ちょっと待てえええええい!」

「そ、そうよ! ちょっとそれ、何? どういうこと?」

「ああ、これですか。私たちアーキテクト・チャイルドは、パイロットスーツを通して直接小用を足すことができます。排泄された尿は」


 眼の前が真っ暗になった。頭は真っ白になってしまった。

 その意味に気付いたのか、ナユタは早速フォローをしてくれる。


「大丈夫です、科学的に100%清浄な水ですから! 私の時代では、緊急時の飲料水として普通に使用されてますから! ……ただ、まあ、すみません。寝起きだったので、ついもよおしてしまって」


 真顔で言うなこのポンコツ電池娘でんちむすめ

 だが、気付けばおかしくてウモンは笑っていた。マオもだ。そして二人はそのままゲラゲラ笑いながら……操縦席の外へとりあえず、グラスの中の酒を捨てるのだった。

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