第11話「あちらとこちらとを結ぶ、真実」

 アンスィ村へと入ったのは、とっぷり日も暮れてからだった。

 ナユタが慎重に操作するゼルガードが、村の中央にある広場へと歩く。ちなみに、先程ウモンとマオが座っていた椅子は再び引っ込んで元通りになってしまった。

 戻ってきたゼロロを再び手首に巻き付けると、ウモンは改めて周囲を見やる。


「結構アチコチやられてるな……あのサイクロプスがやったのか」


 ウモンは開きっぱなしのハッチへと、操縦席を這い出た。

 アンスィ村は、並ぶ家屋の一部が派手に破壊されていた。

 村人たちが防衛に奮戦したあとも見て取れる。

 やはりこれは、王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんの召喚師が派遣されるべき事案だろう。術者のレベルにもよるが、目には目を、歯には歯を、そしてだ。強い亜空魔デモンを召喚できれば、サイクロプスでも撃退することは十分に可能である。

 勿論もちろん、ウモンたちも見事に撃破し、星剣せいけんエクスカリバーを取り戻した。

 ふと我に返ると、ゼルガードの足元でタガサが声を弾ませている。


「ウモン殿! 広場の中央にある台座へ、カリバーン様を収めてください! そのゴーレムでは少し小さくて難しいかもしれないが、なんとか頼みます!」


 すぐに横へマオが身を乗り出してきた。

 彼女はタガサを見て小声で「うわ、ド美人じゃん」とささやいた。完全にライバルを見る目で、これはアタシのもんだと言わんばかりにウモンの腕にしがみついてくる。

 因みに、女装しているがタガサは男だ。

 物語に登場するお姫様みたいな格好をしているが、男なのである。

 そのことはあとで説明するとして、ウモンは一度操縦席へと引っ込んだ。


「ナユタ、聞いてたな? 目の前に台座がある。あそこに差し込むんだそうだ」

「了解。ウモンはマスターをお願いします」


 お願いしますもなにも、さっきからマオはウモンの腕にぶら下がってる。むくれてプゥ! と頬を膨らまし、唇を尖らせ完全にねていた。

 こうなると結構面倒で、やれやれとウモンも肩をすくめる。

 そして、ゼルガードは両手を使ってエクスカリバーを持ち直し、ゆっくりと広場の中央に進んだ。なるほど、差し込む溝が掘られた大きな石の台座がある。


「しかし、なんでカリバーン様なの? エクスカリバーでしょ、これ」

「カリバーンていうのはな、マオ。円卓の騎士伝説の冒頭、アーサー王が岩から抜き放った剣の名前だ。この剣を抜いた者は王になる、そう言われてた剣でさ」

「えっ、そうなの? ド初耳……円卓の騎士ってこう、もっと派手にドンパチやる系の話だと思ってた」

「マオ……少しは本も読もうな」

「お兄ちゃん、今度読んで! ベッドで寝入るまで、読み聞かせてよ」

「断固、拒否する!」


 などと兄妹きょうだいでいつものやり取りをしているうちに、ナユタのお陰で巨剣が大地に突き刺さった。こうしてみると、本当に伝説の再現である。

 しかし、こんな巨大な剣をアーサー王が抜いたという話は聞かない。

 そう思った、次の瞬間だった。


「わわっ、お兄ちゃん! 見て、村に明かりが……目がチカチカする!」

「これ……王都の瓦斯灯ガスとうより明るいぞ。なんだ!?」


 周囲がまるで真昼のように明るくなった。

 どこの家にも明かりが灯って、村を貫く一本道にも街灯が並んで輝く。

 その光は全て、ゼルガードがカリバーン様ことエクスカリバーを差し込んだ瞬間についたものだった。

 ナユタがゼルガードを屈ませ左手を寄せてくれるので、ウモンはマオと一緒に降りる。

 勿論もちろん、操縦席に繋がれているナユタは留守番になった。

 早速、村人たちと一緒にタガサが出迎えてくれる。


「やあ、ウモン殿。ん、そっちの可愛いお嬢さんは?」

「妹のマオだ。それよりタガサ、この明かりは」

「ああ、これはボクの発明でね……という。カリバーン様から発せられる微弱なエネルギーを増幅しているんだよ」


 さらに、異変は続いた。

 突然頭上から、とても穏やかで優雅な声が降ってくる。


「皆様、御迷惑をおかけしました。このカリバーン、再びこの村に置かせていただきます」


 振り返って見上げると……エクスカリバーの刀身に立体映像が浮かび上がっていた。巨大な女神像が映っていて、その優しげな眼差まなざしが一同を見下ろしている。

 流石さすがに驚いた様子で、ゼルガードからナユタも飛び出してきた。


「なっ……星剣エクスカリバーの制御AI! どういうことです、っわ!」


 あのナユタが狼狽うろたえていた。

 それでハッチから飛び出してきて、紐でぶらんと宙吊りになってしまう。しかし、彼女は空中で手足をばたつかせながら女神へと声をあげた。


「エクシードナンバー07、星剣エクスカリバー! どういうことです、説明を求めます!」

「……アーキテクト・チャイルドですね? その姿、数万年ぶりに見ます。正確には、七万と二千六百五年、二ヶ月と八日です」

「なっ……エクスカリバー、貴女あなたはなにを言ってるんですか!?」

「今の私は、カリバーン……この村の守り神。かつて数多あまたの敵を斬り消した星剣ではないのです」

「わかりません! さらなる説明を求めます! どうして、この世界に……数万年とは、いったい」


 村人たちにもざわめきが広がる。

 そんな中ですぐにマオが走り出した。彼女はゼルガードによじのぼると、例の紐を引っ張ってナユタを引き上げてやった。

 そして、ウモンの前で再びタガサが口を開く。


「ウモン殿。カリバーン様は半年前に村外れの石切場から突然出土したんです。かなり古い地層でしたね」

「そうだったのか……錬金術による年代測定は試みたか?」

「ええ。カリバーン様の言う通りです。そして、カリバーン様からは常に微弱なエネルギーが放出されていますね」


 エクシード・ウェポン自体が巨大なエネルギーのかたまりで、なにもせずとも自己保存と機能維持のための永久機関を搭載している……そうナユタが細く説明する。真顔で教えてくれるのだが、マオにずるずる引っ張られて操縦席に戻りつつある姿は、全くさまになっていなかった。

 そして、エクスカリバー本人が女神の姿を借りて言葉尻を拾う。


「私は仲間たちとは違う道を選び、この地球に残りました」

「地球? とは?」

貴方あなたたち人間が生きるこの大地のことです。太陽系第三惑星、地球。かつて、インフィニアとの戦争で荒廃し、先の文明が捨てた星」

「……訳がわからない、けど、あんたさっきナユタのことをアーキテクト・チャイルドって言ってたな。つまり、ナユタたちの世界にいたエクシード・ウェポンで間違いないんだな?」

「ええ。そして現在のこの世界は……当時から悠久ゆうきゅうときを重ねた地球なのです」


 驚いた。

 驚愕きょうがくの事実に言葉も出てこない。

 以前、ウモンはナユタの話を聞いて怖くなった。なんて恐ろしい世界があるのだろう……未知の侵略者と戦うために、ナユタのような使い捨ての人造人間を生み出す文明。それは、自分たちが生き残ろうとしているのに、生き残る価値を自ら捨てているようにも思えた。

 そんなすさんだ絶望の世界が、自分たちの時代の遠い過去だという。

 にわかには信じられないが、エクスカリバーの存在自体が動かぬ証拠だ。

 ウモンが立ち尽くしていると、さらにタガサが言葉を続ける。


「カリバーン様は、ボクに自分を調べることを許してくれました。それでボクは、彼女の力を電気に変えて村を発展させようと試みたのです」

「私はもう、戦いたくはありません……さらなる戦いの旅に同行しなかったのも、それが理由です。そして、ここで人々を見守りながらちていきたいのです」


 周囲の村人たちも、少し雰囲気が代わった。

 タガサの背後に集まり、ざわざわと呟きを連鎖させている。

 彼らにとってはもう、この巨剣は最強の兵器ではない。村に繁栄をもたらす守り神、村のシンボルであるカリバーン様なのだ。


「さ、難しい話はここまでですよ! 村人諸君、ウモン殿はカリバーン様を奪ったりはしないはずです。逆に、あの一つ目の怪物から奪い返してくれたんですから」


 パンパンと手を叩いて、タガサが村人たちに振り返る。

 不安が払拭されてゆくのを見て、ウモンはタガサのこの村での立ち位置を見極めた。

 錬金術師というのは、このブリタニア王国ではあまりメジャーな職業ではない。どうしても召喚術がポピュラーな魔法だからだ。それに、錬金術は禁忌きんきの研究だと毛嫌いする者も多かった。

 ウモンは、どちらかというと嫌いじゃない。

 むしろ興味がある。

 この世の全てを司る四大元素についても、召喚術で四大精霊が実在したことが証明され、大きく科学が発展した歴史がある。

 しかし、この村はさらに飛躍した技術がそこかしこにあった。


「諸君、うたげを催しましょう! カリバーン様を救ってくれた召喚師たちをもてなしましょうよ!」

「ん、そうだな……タガサ先生の言う通りだ」

「んだんだ! こうして電気も戻ったんだし、今夜は宴会だべよ!」

「冷蔵庫の中、まだ大丈夫だべか? むしろ、急いで食ったほうがええな!」


 エクスカリバーに浮かぶ女神像も、ニコリと微笑ほほえんだ。

 どうやら、まずは事情の把握に努めた方が良さそうだ。

 ちらりと振り返れば、操縦席のハッチまで戻ったナユタが呆然ぼうぜんとしている。彼女にとってここは、遥か未来の世界ということだ。

 ショックを受ける気持ちが、ウモンにはよくわかった。

 ただ、エクスカリバーの言葉はナユタをいつくしむように響いた。


「安心なさい、アーキテクト・チャイルドの少女よ。あの戦争はもう、遠い過去。そして、人類の勝利で終わったでしょう」

「そ、そうですか……しかし、終わったでしょう、とは」

「人類は十三のエクシード・ウェポンによって、防戦一方から攻勢に転じました。今度は逆に、インフィニアの待つ外宇宙へと進軍を開始したのです。戦況は逆転しました」

「それじゃあ、エクスカリバーは、貴女は」

「私はもう、疲れました。既に太陽系では三つの惑星が失われ、戦死者は一兆や二兆では足りません。戦う兵器の部品として人は生まれ、文化を知らず死んでいったのですから」


 今、星剣は静かに人々のいとなみを見守っている。

 ウモンは、本人がそう望むならそれもいいと思えた。それに、この時代にまだこんな物騒なものが残っていたことの方が危険だ。だから、このまま「謎のデカい剣」として、アンスィ村の守り神をやるのがいいだろう。

 そう思った時にはもう、村の娘たちが大勢で押しかけてくる。

 手を引かれて、半ば連行されるようにウモンは村の奥へと招かれてゆくのだった。

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