第10話「初めての村への凱旋」
この国の名は、ブリタニア王国。
島国ながらも古来より、大陸に対して多大な影響を与えてきた強国である。屈強な騎士団と軍隊を持ち、他国にはない召喚術の栄えた土地としても知られている。
世はまさに、列強ひしめく
ウモンたちが
「しっかしデカい剣だな……ナユタ、ゼルガードは大丈夫なのか?」
「問題ありません。ゼルガードは人類軍では作業用の機体としても広く普及しています」
今、夕暮れの中を巨人が村へと歩いていた。
その手は、あまりにも大きすぎる巨剣を肩に
名は、星剣エクスカリバー。
この奇妙な一致を、先程からずっとウモンは考えていた。
「私がいた時代、インフィニアと呼ばれる謎の敵との戦は数百年も続いていました。その長き戦争に決着をつけるために、十三の最終兵器が建造されました」
「それが、
「はい。ひとたび発動すれば、星をも断ち割り銀河も消し飛ぶ……私たちアーキテクト・チャイルド数万人の
マオがそっと、ナユタの肩に手をかけた。
それでナユタも、首を
三人を乗せたゼルガードは、しっかりとした足取りで歩く。この先にモンスターの被害を受けている村があるらしいが、恐らく学術院が用意した課題は
召喚師の力を必要とするほどの強力なモンスターといえば、あのサイクロプス以上の存在が周囲にいるとは考え
「ねえねえ、それにしてもさ」
「はい、マスター。なんでしょうか」
「ナユタのいた世界、そんなドえぐい武器を作って……こう、もっと平和的な解決とかできなかった感じ? 話が通じないとかかな」
「言葉は通じるらしいです。インフィニアと呼ばれる敵性生命体には、知能があります。しかし、その行動原理と目的は一切が不明で……わかるのは、地球と人類を滅ぼそうとしてることです」
うへぇ、とマオが一瞬、女の子がしてはいけない顔をした。
それでもすぐにいつもの可憐な笑顔を取り戻すと、勝気で強気な言葉でナユタを元気付けた。こういう時、自称天才召喚師様は本当に頼もしく見えるし、実際頼もしい。
「大丈夫、少なくともこっちの世界じゃ、アタシとお兄ちゃんが絶対にナユタを守るんだから。その、インフィニア? そいつらが来ても、アタシがブチのめす!」
「マスター……因みに、敵の総戦力は観測できる範囲で
「うん? ああ、平気だよー!
妹のマオは天才だ。けど、頭はあまりよくないのかもしれないとウモンは思った。実際、筆記試験でのマオの成績は酷いものだと聞いている。オマケに生活力もゼロで、掃除も洗濯もできず、放っておけば何日も同じ下着を履き続けるのだ。
まさに、天才とアレはなんとやら、である。
だが、彼女の強烈な探求心と好奇心は、尋常ならざるものがある。天性のセンスで、難しい召喚を何度も成功させてきた。今では、学術院の教師たちも彼女を頼ることが多かった。
「む、マスター。前方に多数の熱源を感知。生命反応は、これは人間ですね。数は五百前後です」
「あ、それって依頼を出してたアンスィ村じゃない? ちょっとそこ開けて、ナユタ」
「了解、マスター。コクピットハッチをオープン。周囲に敵影ナシ」
前方の景色の一部が、四角く切り取られる。
そこだけ切り絵の様に開いて、本物の夕焼けが差し込んできた。
まだまだ風は冷たく、もうすぐ夜の
そして、目を凝らせば遥か向こうに、立ち上る煙が幾筋も見えた。恐らく、マオが言っていたアンスィ村だろう。集落の家々できっと、
やがて、山岳地帯の谷間に広がる小さな村が見えてきた。
その頃にはもう、こちらを視認した村人たちが武器を手に集まり始めている。
すかさずウモンは、意を決してハッチから身を乗り出した。
「ナユタ! 俺をゼルガードの手に乗せてくれ。説明してみる。モンスターに
「了解。では、コクピットに常備されてる予備のスーツを着用してください。防弾加工されてるので、この文明レベルの飛び道具になら高い防御効果が発揮できるでしょう」
「それって、お前が着てるようなピチピチのやつか?」
「
「絶体やだ! 断る! その恰好もさあ、なんつーか」
「理解不能。ただ、村人たちは少し殺気立ってるようですが」
「だからこそ、生身を晒して弱みを握らせる。そこから言葉を尽くせばいいのさ」
理解不能といった顔をして、ナユタは
だが、ウモンが気にせず外に出ると、空いている左手を寄せてくれた。そこに飛び乗り、よろけて親指にしがみつく。ナユタがゆっくり気遣ってくれる気配があって、揺れずにゼルガードの左手が胸の前にグイと突き出された。
ウモンは声を張り上げ、簡潔に状況を叫ぶ。
「撃たないでくれ、俺たちは王立亜空学術院から来た召喚師だ!」
同じことを、もう一度叫ぶ。今度は、身を乗り出して全身で絶叫する。
その頃にはもう、ゼルガードは足元に村人たちを見下ろす距離で静止していた。
巨大過ぎる剣をかついだ、ゴーレム……にしか見えない巨大な人影。
だが、村人たちはウモンを見上げて意外なことを囁き合っていた。
「お、おい! 見ろ……あのゴーレム、カリバーン様を担いでるぞ」
「ってことは、あれか? あの
「あの召喚師が、ゴーレム使いのあんちゃんがカリバーン様を取り返してくれたのか!」
少し意味がわからない。
けど、完全に敵意が消失するのを感じて、ウモンは安堵の溜息《ためいき
》を
どうやら、向こうには向こうの事情があるらしい。
そう思っていると、不意に凛とした張りのある声が響いた。
「皆の者、武器を収めるのだ! この方は間違いなく、学術院の召喚師であろう!」
村の方から、一人の娘が駆けてきた。
どうやら、話の分かる人間の登場らしい。
その人物は、何故か無駄にきらびやかな服を着ていた。白と黒のモノクロームだが、全身がフリルとレースで輝いて見える。
沈む夕日の
その少女は――そう、ウモンとそう年も変わらない女の子だった――は、ゼルガードの足元まで来ると膝に手を当て呼吸を貪る。そうして自分を落ち着けると、改めてこちらを見上げてくる。
「召喚師殿! ボクはこの村の錬金術師、タガサだ! もしや、例のサイクロプスを既に討伐されたのでは……一度降りてきて、話を
「お、おう! 俺もその方が助かる! 俺の名前は、ウ、モォ!? おおおーっ!?」
不意にゼルガードが、ナユタの操作で片膝を突いた。
その動きはなめらかでゆっくりとしたものだったが、左手の上で身を乗り出していたウモンは落下しそうになる。そして、ガクン! とゼルガードが停止したことで、ウモンは転げ落ちてしまった。
高さは既に大したことなかったが、頭から落下した。
そして、両手を広げて受け止めてくれたタガサごと倒れ込む。
「イチチ……えっと、タガサさんだっけ? ごめん、怪我はない?」
「え、ええ。召喚師殿も御無事でなによりだ」
「俺はウモンだ! よろしくな。えっと、このアンシィ村は」
「ええ。村の守り神をサイクロプスに奪われ、困り果てておった。それと、手が」
「手? あ、えっと」
気が付けば、仰向けに倒れたタガサに馬乗りになっていた。
そして、ウモンの右手が薄い胸の上に置かれていた。マオやナユタと違って、全くふくらみや柔らかさを握れない。けど、とても熱い鼓動を感じる胸だった。
「おわーっ! す、済まない! 謝罪する、故意ではないんだ!」
「……いえ、こう、あれだ。恋かもしれんが」
「違うんだ、タガサさん! わざとじゃない!」
「ふふ、わかっている。ときめいてしまったが、恋じゃない……残念だが、そうだと思うぞ」
理解がある人でよかった。
また、先程は錬金術師と言っていたから、ゼルガードのことは召喚された
立ち上がったウモンは、タガサに手を差し出す。
頬を赤らめたタガサは、その手をおずおずと握って立った。
「感謝する、召喚師殿。確か、名はウモン殿と」
「ああ。レディに失礼をしたことを改めて
「いいさ……ふふ。男でも嬉しいものだからね。そんなにドギマギされると」
「いやあ、お恥ずかしい……へ? 男? だ、誰が」
「ボク、こう見えても男だ。さ、ようこそアンシィ村へ。守り神のカリバーン様を、あのサイクロプスから取戻してくれたんだね。ありがとう、召喚師ウモン殿」
そう言って、タガサは手を握ってきた。
その柔らかさも、清らかな乙女のものに思える。
だが、彼は……そう、彼女としか形容しがたい彼は言った。
自分は男だと。
目で見てわからないし、信じられない。
だが、ウモンたち三人は乙女にしか見えないタガサと村人たちに歓迎を持って迎えられた。その頃にはもう日が落ちて、夜の
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