第9話「星剣は語らず、ただ未来に謡われるのみ」

 突然の接敵エンカウント、そして戦闘。

 だが、ウモンは自分でも不思議な程に落ち着いていた。

 膝の上では、テキパキとマオがスイッチを押したりレバーを操作したりしている。その手順を自然と頭に叩き込みつつ、ウモンもよいしょとナユタの脚をどかした。

 相変わらず背後では、ナユタが気を失っている。

 そして、そんな彼女の背中で例のひもが光っていた。

 まるで、ナユタから生命を吸い上げているかのようだ。その証拠に、先ほどから彼女は苦悶の表情に眉をひそめている。


「マオ、速攻で片付けるぞ!」

「がってんド承知っ! さ、マクスウェルの悪魔たち! なにか武器を探して!」


 周囲では、黒い毛玉のような亜空魔デモンがガサゴソとうごめく。先程マオが召喚した、マクスウェルの悪魔だ。その声が召喚主にはわかるのか、マオは何度も頷いていた。

 ウモンはウモンで、山のようにそびえる眼前のサイクロプスを注視する。

 その巨体は、ゼルガードより二回りも大きい。互角のパワーで組み合っても、大人と子供くらいの差がある。そして、やはり背に背負った剣が違和感を醸し出していた。


「なんだ、あの剣……使おうとはしないのか? でも、少し光ってるような」

「ん、んっ……あ、あれ? 私は、いったい」

「ナユタ、気が付いたか? よかった」

「どうしてマニュアルモードが……はっ! あれは先程の!」

「マオ、ナユタが気付いた! ……三人で、やるぞ!」


 ナユタが目覚めたことで、ゼルガードのパワーが上がった。

 体格で負けていても、グイグイ下から押し上げるようにあっしてゆく。

 たまらずサイクロプスは、自ら手を放して数歩下がった。その瞬間にウモンは警戒心を尖らせたが、サイクロプスはまだまだ闘争本能を燃やしている。

 そして、背の剣を抜くことはなかった。

 その剣はさやもなく、錆びた鎖で無造作にサイクロプスに括り付けられている。

 どうやら、武器を使ったりはしないようだ。


「ナユタッ、起きたわね! それはド重畳ちょうじょうなのだわ……この、フォトンナイフってのを使ってみる!」

「マ、マスターまで!? 説明を求めます、けど……今は現状の打破を優先です!」

「そゆことっ! ええと、確か、こうっ!」


 銃を使うには距離が近過ぎた。

 それに、以前ワイバーンを相手に全弾を発射し終えている。光のつぶてを弾丸として吐き出すタイプの銃で、撃ち尽くした時には長時間のチャージが必要だとナユタが言っていた。

 だが、ゼルガードに装備された武器はそれだけではない。

 膝から生えた装甲の内側から、ナイフが飛び出てくる。

 手にすれば、つかだけで刃がついていない。

 しかし、マオの操作でヴン! と空気が震える。


粒圧最大りゅうあつさいだい……フォトンナイフ、刀身形成。現状で180秒、刃を発信できます」

「上等よっ! この子の力があれば、サイクロプスなんてっ!」


 迷わずマオは、フルスロットルを叩き込んだ。

 よく見れば、足元では左右のペダルを踏んでいる。

 フルパワーで微動に震えながら、ゼルガードが地を蹴り風と化した。

 鋭い刺突を繰り出したが、サイクロプスも警戒心で攻撃をさばいてくる。以外に相手が機敏なのもあったが、マオの攻撃が単調過ぎた。バカ正直に真正面から、全力全開の一撃を繰り出していてもダメだ。

 そして、ウモンは背後で悲痛な声が神殺されるのを聴く。


「ン、クゥ! ぁ、はあ……」

「どうした、ナユタ!」

「マニュアルモード、では……リミッターが解除され、パワーのゲインが上がります。その影響で、っ、クぅ!」

「そうか……お前、ゼルガードの動力源なんだよな。おい、マオッ!」


 どうやら、今の状態のゼルガードはナユタには負担が大きいらしい。使えるパワーが上がったということは、それだけ動力源から引きずり出される力も大きいということである。

 ゼルガードという無敵の魔神は、その中に一人の乙女を閉じ込めている。

 乙女の祈りと願い、精神的な力を吸い上げ、魔神は力を振るうのだ。

 露出した山肌が包む谷間で、ゼルガードがサイクロプスを攻撃する。しかし、素直過ぎる斬撃が全て避けられ、その都度ナユタは苦悶に身をよじっていた。


「マオ、ちょっと代われ! 俺にも大体分かった。俺がやるっ!」

「えっ? う、うん……アタシ、ひょっとしてド下手?」

「初めてなんだ、当たり前だろう? 俺なら、少し加減もやってみるつもりだ!」


 あまり時間もないし、パワーを出し過ぎればナユタへの負担も大きい。

 ウモンは操縦の主導権を引き受けると、膝の上のマオを背後へ下がらせた。悔しそうにしつつも、マオはすぐにナユタに寄り添い手を握る。

 ここからは、繊細な操作が求められてるとウモンは知った。

 そして、サイクロプスはああ見えて機敏で格闘戦に長けている。やはり、見た目以上に巧みな戦闘が可能なようだ。先程岩による遠距離攻撃をしかけてきたのも、それをきっかけにゼルガードを空中から引きずり降ろしたのも、頷ける。

 だが、所詮はそれだけだ。


「さあ、ゼルガード……思う通りに動いてくれよ」


 静かにレバーを握って、小指で立体映像のボタンにチョンチョンと触れる。

 ゼルガードは、右手に握ったフォトンナイフをヒュン! と回転させ、逆手に握りなおして身構えた。腰を落として、ゆっくりとサイクロプスとの距離を推し測る。

 手探りでまさぐり合うように、慎重に慎重を重ねた緊張感。

 その張り詰めた空気が、一瞬で静から動へと切り替わった。


「グオオオオオオオオオオッ!」

「さあこい、サイクロプス! 終わりにしようぜ!」


 地響きを鳴らして、サイクロプスが突進してくる。

 拮抗状態にれて、痺れを切らした形だ。

 その強烈なショルダータックルを、最小限の動きでウモンは回避した。武術の心得はないが、先程からマオの操縦を見ていてわかったことがある。

 

 そして、乗っている者がどう動いてほしいかをわかっているのだ。

 つまり、こうだ。


「ゼルガード、お前は! こっちの操作で意図を汲んで……細かいとこを埋めてくれる!」


 そう、恐らくゼルガードは……ある程度自動的に動いてくれるよう造られている。

 例えば、相手を殴ろうとする。その時、ウモンはパンチという攻撃手段を選択して、前進を命じればいい。どう殴るか、それはゼルガード自身が考えてくれるのだ。

 思った通り、ウモンが操作した方向へとゼルガードは体を捻って避けた。

 同時に、土煙を上げてターンを決めるや、サイクロプスの背後に回った。

 フルパワーは必要ないし、脚力を僅かに爆発させるだけでいい。

 ゼルガードは親におぶられる赤子のように、サイクロプスの背中に張り付く。


「これで、終わりだっ!」


 サイクロプスの背負う剣を避けるようにして、フォトンナイフを持った腕を伸ばす。首を回り込むようにして、サイクロプスの巨大な目玉へと粒子フォトンの刃を突き立てた。

 絶叫。

 身悶みもだえるサイクロプスから血柱が上がる。

 その鮮血を浴びながら、瞬時に飛び降り着地して、そこでゼルガードは停止した。

 同時に、フォトンナイフの光が消えてゆく。


「ハァハァ、やったな……マオ、ナユタは無事か?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。だよね、ナユタッ」

肯定こうていです、マスター。酷い消耗は避けられました。ウモンのお陰です」


 大きな音を響かせ、うつ伏せに倒れたサイクロプスは動かなくなった。

 だが、ウモンはまだ油断してはいなかった。

 早速外へ降りようとするマオの襟首をつかんで、すぐ側へと引っ張り戻す。

 あの剣が、気になる。

 ゴブリンやコボルトといったモンスターが武装することは、これは珍しくない。サイクロプスも時には、巨木でできた棍棒こんぼうなどを持っていることがあった。

 しかし、この剣はあまりにもサイクロプスには不釣り合いだ。

 とても豪奢ごうしゃな装飾がきらびやかな、両刃の大剣である。

 ウモンが注視していると、不意にグイとナユタが身を乗り出してきた。それで、彼女の豊かな胸の実りがたゆゆんと頭に乗っかってくる。


「あれは……そ、そんな、馬鹿な。まさか、エクシード・ウェポンでは」

「エクシード・ウェポン? なんだそれは。ナユタ、知ってるのか? っていうか、胸! 胸が重い!」

「エクシード・ウェポンとは、我々人類がインフィニアとの戦争で開発した、太陽系外限定戦略兵器たいようけいがいげんていせんりゃくへいきの総称です。記録によれば、十三のバリエーションが造られたとか」


 ナユタいわく、星をも断ち割る究極の個人兵装。

 バカでかい剣にしか見えないが、星の海さえあれの前では蒸発するという。一薙ひとなぎすれば、数億体すうおくたいの敵を一度に消し去り、その余波で次元がゆがむということだった。

 どうも、スケールが大き過ぎてピンとこない。

 そもそも、宇宙とか太陽系という概念が理解できなかった。


「とりあえず、ウモン。マスターも。あの剣を……を回収してください」

「エクスカリバーだって? あ、あれがか?」

「そうです。星剣せいけんエクスカリバー……太陽系外域星系でのみ使用可能なエクシード・ウェポン」

「……そういやさ、デカ過ぎないか? ゼルガードじゃ持てないぞ、あんな大剣」

「十三のエクシード・ウェポンを運用するため、規格外のアーマメント・アーマロイドが建造されたそうです。確かエクシードナンバー.07、星剣エクスカリバー運用機体は……アーサー」

「アーサーだって? お、おいおい、その名前」


 マオも呆気あっけにとられている。

 勿論もちろん、ウモンも驚いた。

 遠い異世界、人類が星の海を生存圏とした遥か未來の世界……そこで使われる兵器の名前は、この世界にも広く知られていた。

 アーサー、それは円卓の騎士伝説に登場する王の名。

 このブリタニア王国の神話と言ってもいい物語の登場人物なのだった。

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