第8話「ウモンたちを襲う驚異!」

 激しい振動と衝撃。

 周囲に映る景色が、モザイク模様にむしばまれていった。

 咄嗟とっさにマオを抱き止めかばって、そのままウモンは内壁に叩きつけられる。

 ふと見れば、欠けてツギハギだらけになった映像に、次の敵意が迫っていた。


「ナユタ、岩だ! 岩石が飛んでくる、避けろっ!」

「岩石!? つまり、投石攻撃ということですか!? 馬鹿な……何故なぜ!」

「馬鹿なも何故もねぇ、なんとかしてくれ!」

「了解っ!」


 ゼルガードを操るナユタが、いつもの無表情に焦りをにじませていた。

 だが、急旋回で振り返ったゼルガードは、難なく巨石を避ける。

 単純な投擲とうてき攻撃だったので、どうにか二撃目の被害をまぬがれた形だ。

 しかし、直後に操縦席が暗くなる。

 なにか巨大な質量が密着の距離に接触してきて、激しい揺れが襲った。


「なっ……ウモン、これは……!?」


 巨大な一つ目の顔面が映っていた。

 まるで背後から羽交はがめするように、ゼルガードに覆いかぶさってくる影。

 その姿に、思わずウモンも声をあげる。


「サイクロプスだ! くそっ、なんでこんな場所に! しかも空中で!」


 そう、ゼルガードは跳躍を繰り返しながら移動していた。

 ただ、背から時折出る炎の翼を駆使して、飛んでくる岩を避けたのが原因かもしれない。高度が落ちて、サイクロプスのジャンプでも届く高さに降りてきていたのだ。

 あるいは……サイクロプスに、そう仕向ける知性があったかである。

 あっという間に不穏な音がビービーと鳴る。

 ウモンには読めない無数の言語が、周囲の内壁を飛び交っていた。


「まずい、落ちる! ウモン、マスターを」

「わかってる! それより、落ちる、ってことは」

「耐ショック姿勢! なんてことだ……まるでバケモノではないですか!」

「そうだよ、モンスターだからな!」


 そして、全てが暗転の闇に飲み込まれる。

 大地に墜落したとわかった時には、奇妙な感覚がマオごとウモンを包んでいた。

 ひんやりしてて柔らかく、まるで守ってくれるかのような包容。

 気付けば地に伏すゼルガードの中で、ゼロロが広く大きくなっていた。


「っ、ふう。守ってくれたのか? ゼロロ。おい、マオ! 大丈夫か!」

「う、うん。アタシは平気……いい子ね、ゼロロ。ありがと」


 ゼロロは不定形生物、スライムだ。そして、ウモンが名を与えた立派な銘冠持ちネームドのモンスターでもある。最低のEランクでも、意思疎通はバッチリだった。

 そっとマオが手で撫でると、にゅるりと一部が隆起する。

 ゼロロは人間の手を自分の一部で作ると、グッと親指を立ててサムズアップした。

 だが、状況はよくない。

 薄暗い中で、外から叩きつけるような音と振動が響く。


「とりあえず、外! 外に出よう、お兄ちゃんっ!」

「待て、危険だ。ゼルガードの中の方が安全だと思う。おい、ナユタ! そっちは大丈夫か? ……ナユタ?」


 ナユタはどうやら、座席の上で気を失ってるようだ。

 どうにか立ち上がって覗き込むが、小さく鼻を鳴らすだけで起きてくれない。つまり、ゼルガードは全く動かない状態になっているということだった。


「まずいぞ、どうすれば」

「……お兄ちゃん、アタシ聞いたことある! キッ、キキキ、キスすれば、こういう時、目が覚めるパターンじゃない? 本で読んだこともあるし!」

「俺がやるのか!?」

「駄目っ! お兄ちゃんは駄目ーっ! お兄ちゃんのキスは全部、アタシのだから駄目!」

「意味がわからん!」

「ちょっと待ってて、アタシが」


 えっ? そ、そうなの?

 思わずウモンは真顔になってしまった。

 妹はやはり、ちょっとおかしい。いや、かなりおかしい。もはや「だって天才だから」で済まされないレベルでおかしかった。

 マオはもそもそとナユタに覆いかぶさり、そっと目を閉じる。

 だが、直後にサイクロプスの攻撃が襲った。

 激しい揺れで、マオが再び弾んで落ちる。


「っとと、危ないっ!」

「きゃっ! ……やっぱお兄ちゃんだなあ。うんうん、ふふ」

「そういうこと言ってる場合か! ん? なんだ、ゼロロ」


 気付けば、ゼロロがうっすらと発光している。それでなんとか、周囲が見渡せた。今のところ損傷らしい損傷はないが、今まで外を映していた壁の光が消えていた。

 そして、なにやら良いたそうにポヨヨンとゼロロがねている。

 なんとなくだが、ウモンは建設的な意見を感じて身を屈めるのだった。


「なんだ、ゼロロ。なにかやってみたいことがあるんだな? よ、よし、頼むぞ!」


 頷くようにプルプル揺れて、ゼロロは消えた。

 そう、ちょっとずつ小さくなって、居なくなってしまったのだ。

 突然のことに驚いたが、床に這いつくばってみるとウモンにも理解できた。ゼロロは自分の体の比重を変えて、ほぼ液体状態になって床下へと浸透していったのだ。よく見れば、床には小さくタイルのような継ぎ目がある。

 そして、触れねばわからぬ溝の線は全て……操縦席の下のパネルに吸い込まれていた。

 少しの間をおいて、突然明かりが灯る。

 あっという間に周囲の景色が復活して、拳を振るうサイクロプスの巨体が見えた。


「ナイスだ、ゼロロ! あとはナユタが起きてくれれば……ん?」


 その時だった。

 ナユタが座ってる椅子が上へと持ち上がった。

 同時に、下のパネルが開いて……もう一つの椅子がせり出してくる。丁度、ぐったり脱力してしまったナユタの、股下に座席が増えた形だ。

 もう一つの操縦席が隠されていたようである。

 自然とウモンは、マニュアル操作の話を思い出した。


「……やるしかないか! マオッ! 危ないから掴まってろ!」

「う、うんっ!」


 ナユタの脚線美きゃくせんびをよいしょと寄せて、ウモンは現れた新たな座席に収まった。

 左右の肘掛けにあたる部分に、レバーがある。両手で握ってみると、すぐに周囲に光が舞い散った。どうやら、レバーの周囲に光っているのはボタンのたぐいなのかもしれない。空気中に投影された光のボタンを、訳も分からずウモンはあれこれ押してみた。

 正直、動かし方なんてわからない。

 ただ、やってみるしかないと思った。

 それに、当然のようにどっかとマオが膝の上に座ってくる。


「お兄ちゃん、サイクロプスは一応ああ見えても神皇種マキナだから強いよ!」

「ちょ、おまっ! どこに座ってんだ!」

「ナユタとこの子はアタシが召喚したんだから……あ、そうだ!」


 相変わらずサイクロプスの猛攻が続いている。

 一つの巨大な目を持つ、巨大な鬼神……サイクロプスはこれでも、神々の血に連なる眷属けんぞくである。個体数は王国の周辺では数えるほどだが、その暴威にさらされれば小さな村など消し飛んでしまう。

 そして、不安定ながらも回復した周囲の景色にウモンは違和感を感じた。


「ん、なんだ? このサイクロプス……背中に何かを背負ってるぞ。あれは……剣、なのか? ――グッ!」


 そう、サイクロプスは背中に巨大な剣を背負っているように見える。そして、それを使おうともせずゼルガードを素手で殴りかかってくるのだ。

 そして、小さくうなって上からナユタの脚が首に絡みついてくる。

 まだ意識を失っているようだが、何かにうなされているようだ。


「ぐおお、ウラニア先生並みの締め付け……な、なんとかしろ、マオッ!」

「とにかくっ、アタシにド任せだよ! コール! サモンッ!」


 マオの召喚魔法で、小さな魔方陣が周囲に無数に浮かぶ。

 同時並列召喚どうじへいれつしょうかん……普通の召喚師では到底無理な上級魔法だ。それをマオは、平然と一人でやってのけている。

 小さな光は無数のモンスターとなった。

 手のひらサイズの、それは小さな小さな悪魔。


「マックスウェルの悪魔たちっ! ゼルガードを読んで! 分析、解析、時間は60秒よ。さあ、頑張って!」


 マオの声に、悪魔たちはすぐに作業に取り掛かった。

 マックスウェルの悪魔は、外法種エクストラに分類される非戦闘型の亜空魔デモンである。悪魔と銘打っているが、その実誰もこのモンスターの経歴は知らない。ただ、学問に通じており、膨大な知識をもたらす存在だとだけ認知されていた。

 勿論もちろん、神話や伝承に名を遺す本物の悪魔は、神皇種に連なる存在である。

 そんなことをウモンは、ナユタの肌の瑞々みずみずしさに絞殺されながら思い出していた。


「お兄ちゃん、だいたいわかったよ! きっと、こうだ!」


 膝の上でマオは、レバーを握るウモンの手に手を重ねる。彼女は、肩の上に乗るマックスウェルの悪魔に何度も頷いていた。

 そして、マオの白い指がウモンの指を押す。

 まるで、ピアノの鍵盤のようにウモンはゼルガードを鳴らした。

 ギュイン! と音がして、ゼルガードの手がサイクロプスのパンチを受け止める。


「オッケー、いけるわっ! 流石さすがアタシね! お兄ちゃん、次はこうっ!」


 ガチャガチャとマオによって、ウモンはボタンとレバーを操作し続けた。

 結果、地にしていたゼルガードが立ち上がる。

 パワーでは互角、いや……それ以上だ。

 のしかかってくるサイクロプスを、下からの不自然な体制でゼルガードが押し返す。その時にはもう、マオは先程の炎の翼を吹かす術も聞き出していた。

 背中で炎が何度もぜて、バシュ! っと三色トリコロールの巨体を持ちあがらせる。

 完全にサイクロプスと組み合ったまま、ゼルガードは立ち上がるのだった。

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