第7話「その地獄の名は、地球」

 よく晴れた昼下がりだった。

 風はゆっくりと雲を運び、突き抜けるような青空がどこまでも広がっている。

 そんな中を、巨大な影が飛んでいた。

 正確には、長距離の跳躍ジャンプだ。

 背に青白い炎をたなびかせながら、ゼルガードが悠々ゆうゆうせる。その操縦席でウモンは、マオと一緒に身を縮めていた。丁度二人で、中央のナユタを挟む形だ。

 それにしても、このゼルガードの操縦席には驚く。


「ね、お兄ちゃん! 本当に自分が空を飛んでるような感じになるでしょ?」

「この球形の部屋、内壁が全部透き通っている……違うな、外の景色を映しているのか」


 三人で肩を寄せ合う密室なのに、驚くほど解放感に満ちている。

 その理由は、壁が全部外の景色になっているからだ。

 どういう技術なのかサッパリだし、魔法のたぐいとも思えない。丁度、球の中心にナユタの椅子が浮かんでいるような形だ。よく見るとその椅子は、細いパイプで背後から支えられている。

 そして、椅子の真下にはなにかのパネルが設置されていた。

 とにかく、召喚された亜空魔デモンに乗り込むなんて初めての経験である。

 ワイバーンやグリフォン等、騎乗に適したモンスターは多種多様だ。

 しかし、中にすっぽり人が収まってしまうのは前代未聞だった。


「なあ、ナユタ」

「はい、ウモン。なんでしょう」

「お前とゼルガードの関係を、ちょっと教えてくれないか? お前、どうしてひもでこの部屋に繋がれてるんだよ」


 一応、教師たちからはゼルガードとナユタの謎を調べてくれと言われている。

 片付けるべき課題のある村までは、まだまだ移動の時間が続く。その間に、少しずつ話しを聞いておきたかった。なにより、ウモンも興味があるし……なにより嬉しいのだ。

 もしかしたらナユタは、召喚主と銘冠持ちネームドという関係を超えて、マオの友達になってくれるかもしれない。

 そのナユタだが、今日は硝子ガラス張りのかぶとを被ってはいない。

 彼女は長い青髪をそっと手でかきあげ、少し考え込む仕草を見せた。


「話せば長くなりますが」

「ああ、ゆっくりでいいよ。話せる範囲で教えてくれ」

「私はこのゼルガードの動力源です」

「ほうほう、なるほど……は?」


 いやそれ、全然長い話じゃないし。

 それ以前に、一人の人間がモンスターの動力源になっている? それは突飛とっぴな話だった。それこそ、召喚主と亜空魔のような関係なのだろうか。魔力の供給みたいに、ナユタからゼルガードにパワーが注がれているのだろうか。

 ナユタは線が細くて華奢きゃしゃな女の子だ。

 出るとこは出ているが、本当に普通の少女である。

 それが、この恐るべき巨人を動かしているという。


「操縦については、ほぼオートで私の思念通りに動きます。マニュアル時は出力を上げることができますが、私と別に操縦士が必要になるようです」

「なるようです、って」

「今回の大戦では、まだその必要性がありませんでしたので」

「戦争、か」

「はい。私はアーキテクト・チャイルド……アーマメント・アーマロイドの動力部として遺伝子調整された人造人間です。私が持つ精神的な力をコンバーターで変換し、このゼルガードのエネルギーにしているのです」

「それで、紐が繋がってるのか」

「基本的に私はこの場から動く必要がありません」


 こちらの世界の錬金術と呼ばれる分野には、生命の創造というテーマを研究している者もいる。人造の生命体、ホムンクルスだ。しかし、マオが呼び出したナユタは、それよりもずっと進んだ世界の住人らしい。

 そして、戦争があるという。

 当然だ、よく考えたらゼルガードは人の姿をかたどる兵器である。

 銃を装備し、乙女の心を動力として動く機神……恐ろしいものである。

 だが、そんな難しい話はマオには興味がないようだ。


「難しい話、退屈……なんか喉が乾いちゃった。ん、ここにあるのって水?」

「はい、マスター。浄化済みなので今はもう水です」

「やたっ、貰うねー! お兄ちゃんも、はい」


 透明な容器をマオがよこすので、手にとってふたをあけた。

 口にふくむと、なるほど綺麗な飲料水である。まだまだ飲み水が豊富なのは王都の周辺だけなので、この一杯の水ですら文明の隔たりを感じた。

 そもそも、透明な容器自体がなんの物質なのかもわからない。

 じっと見て触っていると、ナユタが説明してくれた。


「それですか? 特殊ベークライトです」

「……なんだそれ」

油脂化合物プラスチックのようなものですね」

「このゼルガードも、特殊ナントカでできてるのか?」

「いえ、アーマメント・アーマロイドの装甲はオリハルコンです」


 驚いた……オリハルコンは幻の合金と呼ばれている希少物質である。錬金術師が血眼で探している鉱石だ。それが、こんな巨大な兵器を量産するくらい調達できている。

 もう、スケールが違い過ぎてウモンは驚くことを忘れてしまった。


「私がいた世界では、人類の母星ははぼしたる地球に侵略者が現れました。恐るべきその敵の名は、……正体不明の敵性生命体です」

「インフィニア、か。それで? 勝ったのか?」

「まだ戦争は続いています」

「そっか……インフィニアってどんなやつだ?」

「それが、詳しくはわかりません。ただ、生体兵器による圧倒的な物量で押し寄せるため、人類側も私のような存在を大量生産し、対応しています。一進一退ですが、いつ均衡が崩れてもおかしくないですね」

「随分とハードな世界から来たんだなあ」


 ちょっと同情してしまう。

 すると今度は、逆側の隣からマオがぐいっと立ち上がった。彼女はそのまま、ナユタの頭を胸の上へと抱き締める。


「操縦の邪魔です、マスター。危ないので座っていてください」

「んーん、いいの! ナユタ、大変だったんだね……でも、アタシの亜空魔になったからには、もう心配ないからね?」

「理解不能、なにを根拠とした発言か不明瞭です」

「アタシ、知らなかったの……召喚した亜空魔に名前を付けるって、そういう意味だなんて。でも、後悔してない。ナユタにもうーんといい思いさせてあげる! アタシ、ド優秀な天才だから!」

「……は、はい。それは、認めます。マスターは非凡な力をお持ちだとは感じました」


 よしよしと、ナユタの頭を撫でてギュムと抱き締めるマオ。

 その姿を見ていたら、なんだかウモンも自然と心が安らいだ。なんだかギクシャクとしてるが、いい友達同士になるかもしれない。きっとマオにも、新しい成長が訪れそうだ。

 そんなことを思いつつ、ちびちび水を飲みつつ外の景色を眺める。

 今回は、これから向かう村で野生のモンスター退治だ。

 実にありふれた内容の仕事だが、ゼルガードの戦闘力を改めて調べるにはいい機会である。


「そだ、ナユタはなにが好き? せめてこの旅の間だけでも、一緒にごはん食べようよ」

「マスター、私は固形食料の接種が不要なモデルです」

「え……どゆこと? ごはん嫌いなの?」

「必要ないのです。このケーブルを通して、直接栄養素とカロリーがゼルガードから供給されてますので」

「うわ、まじかー! ド寂しい人生だね」

「私は兵器であり、このゼルガードの一部ですから」


 なんだか悲しい話だ。

 そう感じてるマオの感性に、ウモン自身も心のなかでうなずく。

 故郷はインフィニアなる謎のバケモノに襲われてて、世界全体で大戦争をやっているらしい。そして、その人間たちは生き残るためにナユタのような人造人間を生み出し、それを動力源とする無敵の巨人を大量生産している。

 ここ数年はいくさらしい戦もない王国では、考えられない話だった。


「……ねね、ナユタ。ごはん、必要ないんだよね?」

肯定こうてい

「必要はないけど、食べられたりはする?」

「食事は可能といえば可能です。排泄機能もあるため、人間と同じ食物接種による栄養の補給に問題はありません」

「味覚とかあるのかな、ちょっとごめんね。はい、あーんして」

「……?」

「口を開けるの、あーん!」


 ごそごそとポケットの中をまさぐりながら、まるで母親みたいにマオが微笑ほほえむ。

 まゆを潜めて困惑しながらも、命令だと思ったのかナユタは口を開いた。

 そこへと、マオは取り出した飴玉を放り込む。


「! ……こ、これは」

「どう?」

「甘い、です。そうですね、この神経を流れる電気信号の波長は……甘みです」

「こゆの、沢山あげるね! ごはんだけじゃない、綺麗なもの見たり、楽しいことしたり。それにね、お兄ちゃんがすっごく料理が上手いの!」


 加えて言うなら、マオは絶望的に料理が下手だ。

 マオの面倒をみていたら、ウモンは自然と家事全般の得意な少年になっていたのだった。


「おいおい、マオ。お前が作るんじゃないのか?」

「えー、だってぇ……アタシ、お料理とかド下手なんだもん」

「なら、俺も手伝うから二人で作るか。なにがいいかな」

「んとね、パンケーキ! それから、オムライスに、グラタンに、サキイカ!」

「……全部お前の好物ばっかりじゃないか。ナユタ、なにか食べたいものないか?」


 飴玉をもごもごと口に遊ばせながら、ナユタは難しい顔で考え込んでしまった。

 だが、少し照れくさそうに上目遣いでウモンを見詰めてくる。


「あの……以前いた戦場で、上官と一度だけ食事を共にしました」

「ほうほう、そんで?」

「カレー味、というのを食べたのですが、多分それが……美味しい、だと思います」

「カレーか! ってか、なんだよそれ。カレー味っていうかカレーそのものだろ?」

「いえ、そういう味だと上官は言ってました。固形食料です」

「あ、そ……じゃあ、本物のカレーを俺が食わせてやるよ」


 うんうんとマオも頷いている。勿論もちろん、手伝わせるつもりだし、食材もある程度は村で手に入るだろう。香辛料スパイス田舎の地方では通貨としても流通しているし、冒険者には携帯している者も多い。ウモンも今回、何種類か持ってきていた。

 楽しい食事会になると思えば、自然と課題へのやる気も湧いてくる。

 だが、不意に周囲が真っ赤に染まった。

 そして、耳障りな音がビー! ビー! とけたたましく響く。


「なっ、なに!? ちょっと、ナユタッ!」

「マスター、なにかしらの攻撃を受けています! くっ、話に夢中で索敵が……迂闊でした!」


 直後、衝撃。

 しかも、二度三度と襲う重い攻撃が続いた。

 激しい振動の中で、咄嗟にウモンは身構えた。そのまま、浮き上がってしまったマオを引っ張って抱き寄せる。そう、奇妙な浮遊感の正体は……

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