第4話「激突!ワイバーンVS白亜の巨人!」

 中庭の空を覆うほどに、巨大な翼。

 威風堂々いふうどうどう、目の前に絶対強者の眷属けんぞくが身をもたげていた。

 ワイバーンは王国軍でエリート騎士たちが空を飛ぶために使っている。極めて一般的な龍王種ドラゴンで、強い自我や意思がない反面、とても従順で扱いやすい。

 そして、一度ワイバーンに狙われたら、こんな狭い場所では逃げようがなかった。

 その召喚主らしき男子が、こちらへ向って歩いてくる。


「驚いたかな? まあ、私くらいになればワイバーンごときに名を与えたりはしないが」


 長い金髪がサラサラとなびいて、それをかき上げる仕草は気障きざに尽きる。そして、よく見れば耳が尖っていた。

 そう、エルフだ。

 エルフは人間より遥かに長命で、魔法の力に長ける。容姿端麗で眉目秀麗びもくしゅうれい、森に住まい争いを好まない。一部の部族は排他的な閉鎖社会で生きているが、例外も多かった。

 当然、世界有数の召喚師たちの中には、エルフも少なくなかった。

 そして、ウモンはこの人物の名前を思い出す。


「意趣返しですか、ザフィール先輩」


 そう、この美少年の名はサフォール。卒業を来年に控えた三年生である。

 ウモンにとっては、毎回意味不明なちょっかいを出してくる鬱陶うっとうしい人物だった。成績こそマオの後塵こうじんを拝して次席だが、社交的で人当たりがよく、特に女生徒に人気がある。裕福な家の出で、財力に物を言わせた交友関係も豊富だった。


「あの、ザフィール先輩……なんでいつも、俺なんかに構うんですか? 迷惑なんですけど」

「私とて、君などに興味はない。しかし、あのマオ君の兄上というのだから、捨て置けんだろう?」

「いや、だろう? って言われても……遠慮なく捨て置いてほしいんですけど」

「断る! 君のような存在がいるから、マオ君はああもかたくなで孤立しているのだ!」


 そう言われると、そうとしか思えない。

 いつもウモンにベッタリで、召喚術の研究しか頭にない妹の顔が思い浮かぶ。不敵に笑みをたたえて、自信に満ち溢れた可憐なマオ。どこまでもマイペースな彼女が太陽なら、ウモンは月だ。常にマオの輝きに照らされてぼんやり光っているだけである。

 そんなウモンを煙たく思う者は多いが、ザフィールは常に露骨だった。


「警告しよう、ウモン君。マオ君から手を引きたまえ」

「言ってる意味がわからん! あいつはただの妹だ!」

「なにも、命まで取ろうというのではない。黙って学術院から出ていってくれればいい」

「断るっ! 絶対に嫌だ!」


 ちらりとワイバーンの足元を見る。

 もうすでに、魔法陣はズタズタに切り裂かれていた。その最後の残滓ざんしが今、点滅する光をどんどん加速させたあと、消えてしまう。

 召喚失敗だ。

 物理的に魔法陣が破壊されたからである。

 この場合、試験の判定はどうなるのだろうか?

 それも考えたが、例え再試験のチャンスがあっても許せない。

 インリィとウラニア、二人の恩師に申し訳が立たないと思った。


「言いたいことはそれだけかよっ! だったらもう帰ってくれ!」

「君は除籍処分寸前で、今日の召喚試験に落第すれば……しかし、私は思うのだ! 自ら手を汚してこそ、愛!」

「は? 愛だぁ!?」

「そう……私のような高貴で聡明な強者にこそ、マオ君はふさわしい。マオ君は私が貰い受けよう!」


 またそれか、とは思った。

 大げさなと、驚きもした。

 だが、いい加減にウモンはうんざりである。

 そして、弱くて情けない兄でも、言われて許せぬことはあった。


「マオは物じゃねえ! あいつは、お前の物になるほどかわいかねえよ!」

「……結構、ならば力ずくで頂こう」

「最初から力押しじゃねえか、クソッ」

「さようならだ。殺しはしないが、程よくこんがり焼かれるがいい」


 天へと咆哮ほうこうを叫んで、ワイバーンが口を開く。

 喉奥が真っ赤に光って、獄炎ごくえんがせり上がってきた。

 王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんの校舎や敷地内には、ある程度の耐魔法処理が施されている。ワイバーンのブレス程度なら、ランクにもよるが被害は出ないだろう。

 ただし、ウモン自身は別だ。

 校舎に逃げ込もうとしても、背中から丸焦げにされてしまう。

 ただ黙って、ウモンは目を見開いた。

 なにもできないが、逃げることだけはしたくなかった。


「ハッハッハー! やってしまえ、ワイバーン!」


 灼熱の業火が放たれた。

 その熱風が周囲の空気を煮え滾らせる。

 そして突然、ウモンの視界が真っ暗になった。

 炎に飲み込まれて死んだのかと思ったが、ごくりとのどが鳴る。激しい衝撃音と共に、濁流のような火焔が目の前で四散するのが感じられた。

 今、眼前に巨大な背中が立ち尽くしていた。

 それはよく見れば――


「――ッ! さっき、マオが召喚した!」


 三色トリコロールに輝く異世界の巨人。

 無数の複雑なノイズをばらまきながら、ゆっくりと巨人は肩越しに振り返った。

 その頭部、左右に生えた角のような部分に見知った顔が掴まっていた。


「お兄ちゃん、無事っ? よかったあ……助けに来たよ!」


 マオだ。

 彼女は身を乗り出してこちらを見るなり、満面の笑みを浮かべる。

 同時に、改めて前を向いたマオは声を尖らせた。

 小鳥がさえずるような声音も、鋭い冷たさに凍っている。


「ザフィール先輩……今、お兄ちゃんを殺そうとした? ねえ……」

「や、やあ、マオ君! 今日も美しい……なに、少し兄上と懇談を」

「うっさい、このド雑魚ザコっ! ワイバーン程度で、アタシのこのっ! にっ! 勝てると思ってんじゃないでしょうね!」


 ――ゼルガード。

 それが巨人の名か。

 ゼルガードはマオの言葉に応えるように、ヴン! と瞳を輝かせる。先程は目元を透明な装甲で覆っていたが、その奥に強い光が灯っていた。

 そして、ゼルガードは少し腰を落として身構える。

 ワイバーンもまた、絶叫を張り上げて突進してきた。

 巨大な質量の高速移動に、大地が揺れてウモンは脚を取られる。


「マオ、俺のことは気にするな! あと」

「わかってる、お兄ちゃん! ブッ殺す気でブチのめすけど、殺さない! だよねっ!」

「ああ、頼むっ!」


 ゼルガードは両手を突き出し、ワイバーンの突進を受け止めた。

 それでも、向こうのほうが大きくてパワーも上らしい。徐々にゼルガードの両足は、芝生と土をえぐりながら下がり始めた。

 多分、やはりゴーレムかなにかのたぐいなのだ。

 だとすれば、準生命体として外法種エクストラにカテゴライズされるだろう。

 そのゼルガードだが、ギシギシと全身を軋ませつつ……不意に音が変わった。全身から発する金切り声が、よりハイトーンな高音域を発する。同時に、空気中の熱量が高まった。


「ゼルガード、なんか凄いのやりなさいっ! ズガーンとしたやつで、バババッと!」


 マオの指示は滅茶苦茶めちゃくちゃだ。

 角にしがみついて叫ぶ彼女に、ゼルガードが応える。

 まるで一流の武術家のように、その巨体がなめらかな動きでワイバーンをいなした。正面から力と力でぶつかるのではなく、突進を受け流したのである。

 当然、勢い余ったワイバーンはウモンの前に突っ込んでくる。

 ――はずだった。

 キュイン! と背後に回ったゼルガードは、片手でワイバーンの首根っこを抑える。立派な角が生えた頭部を鷲掴わしづかみに、もう片方の手を自身の背後へ回した。

 腰からなにかが取り出されて、それをゼルガードは片手で構える。


「なっ……銃なのか!? あの亜空魔デモン、銃を使うのかっ!」


 銃とは、火薬を用いた最先端の飛び道具だ。軍隊では徐々に普及が進んで、森の狩人たちにも使う者が増え始めている。

 だが、ゼルガードが手にした銃は不思議な形だ。

 長銃ライフルらしいが、酷くコンパクトだ。デザインも全く違っていて、バレルが不思議な光を放っている。

 ゼルガードは迷わずそれを、ワイバーンの背中に押し付け発砲した。

 ヴヴヴヴヴ! と低く唸るような音が弾けて、光のつぶて零距離ゼロきょりで浴びせられる。

 ワイバーンは絶叫に身を捩るが、ゼルガードの剛腕は頭を離さなかった。

 やはり、一段パワーを上げたように見えた。

 同時に、恐ろしいものをマオが呼び出してしまったのだとウモンは知る。

 ザフィールは魔力の供給を断つや、全速力で走って逃げ始めた。それでワイバーンも、実体化を維持できずに姿が薄れてゆく。


「よしっ、大勝利! お兄ちゃん、無事だよねっ?」

「あ、ああ……俺は大丈夫だ。それより」

「この子、ゼルガードっていうんだって! あ、同じのが沢山造られてて、なんか、Type-88Rのブロック500? とかいうの」

「ゼルガードという種族、なのか?」

「あ、種族的にはいろんなのがあって、そゆのを纏めてアーマメント・アーマロイドって言うらしいよ? AAって呼ばれてるみたい」


 つまり、アーマメント・アーマロイド族のゼルガード型……みたいなものだろうか。

 改めて見上げれば、ゼルガードはたしかにゴーレム系のようなシンプルさがない。ゴーレムは錬金術師が作り出したモンスターで、召喚に応じて呼び出されることも多い。

 しかし、ゼルガードはどちらかというと……兵士。そう、戦士だ。

 しなやかな細身で、全身が光と熱とで輝いて見えた。

 そして、マオの次の一言にウモンは言葉を失う。


「ねね、ナユタ! アタシをお兄ちゃんのとこに下ろして。できる?」


 その声に、小さく『了解、マスター』と言葉が返った。その声は、ゼルガードの胸の中にいるあの少女のものだった。

 驚きに固まるウモンの前で、ゼルガードはそっと手に乗せたマオを地面に下ろした。

 すぐに猛ダッシュで、マオが抱きついてくる。


「よかったあ、お兄ちゃん! もぉ、騒ぎを聞いて文字通り飛んできたよぉ! ゼルガード、短い距離なら飛べるってナユタが言ってたわ」

「あ、ああ、おう……ありが、とう。それより、ナユタって」

「ゼルガードの中にいるわ、あのよ! なんか変な娘だけど、多分あれじゃない? 龍王種や神皇種マキナには、妖精や巫女とセットの個体も過去に確認されてるって」

「……お前、名前をつけたのか?」

「だってさー、ナユタってば『自分はシリアルナンバーAe004777Dなんとかかんとか、地球方面軍の第七ロットです』って、訳わからないこと言うんだもん」


 名前がないと不便でしょ? と屈託くったくなくマオは笑う。

 だが、彼女は知らないのだ……基礎を無視して一足飛びに召喚師になったから、わからないのだ。名を与えること、銘冠持ちネームドになる意味も意義も。

 慌てて出てきたインリィやウラニアも、ぎこちなく振り向くウモンに唖然とする。

 ゼルガードの胸部を開けて出てきた少女だけが……ナユタだけが、平然と頭部の透き通ったかぶとを脱ぐ。熱く灼けた風が、彼女の青い長髪を静かにたなびかせるのだった。

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