第3話「最後のチャンス、最後の召喚」

 謎の少女は結局、マオと一緒に学術長に呼び出されてしまった。

 ウモンも同席したかったのだが、呼ばれてない……数にカウントされていないので、午後の授業に戻ることにした。

 因みに、くだんの少女は何故なぜ亜空魔デモンと物理的に繋がってるため、あの巨体が学園内を移動したのだった。


(しかしなあ……我が妹ながら、末恐ろしい奴。どうして基本をおろそかにするのか)


 マオは一年生だが、すでに召喚術を自在に使いこなしている。今までも多数の亜空魔を使役する姿をウモンは見てきた。持って生まれた魔力も強く、膨大な量を使いこなす。

 というか、むしろ魔力が常に溢れ出てる状態で漏れ続けている。

 加えて、基礎中の基礎である亜空魔の帰還に関する術を覚えてないのだ。


(つまり、駄々洩だだもれの魔力がそのまま例の巨人に……待てよ? じゃあ、あのはなんなんだ?)


 広い教室に一人だけの生徒、ウモン。

 他のクラスメイトは、既に召喚術の初歩を覚えて違う教室にいるのだ。

 今も目の前で、教師がテキストを片手に黒板に向かっている。板書ばんしょされる知識は全て、もう何度も何度も繰り返し叩き込まれた基礎の基礎だ。

 召喚術とは、魔力による仮想領域『亜空間あくうかん』で、この世界と異世界を繋げる術だ。

 基本的に、強い魔力を持つ者ほど強い亜空魔を召喚、使役できる。

 見慣れた文字を目でなぞっていたウモンに、女教師が振り返った。


「亜空魔は、大きく分けて六つの種族、五段階のランクがあります。全部言えますか、ウモン君」


 とても静かな、抑揚よくように欠く平坦な声である。

 女教師は白衣を着ているが、人間ではない。見るも美しい姿は上半身だけで、下半身はとぐろを巻いた蛇の姿である。そう、ラミアと呼ばれる亜空魔だ。

 正確には、彼女はウモンの担当教師の召喚した亜空魔である。

 ウモンはおずおずと立ち上がると、質問に答えた。


「えっと、魔獣種ビースト精霊種エレメンタル不死種オーバーロード龍王種ドラゴン神皇種マキナ……最後に、外法種エクストラ

「結構です。それぞれにA~Eのランクが設けられていますね」


 ちなみに言えば、先程上級生がウモンにけしかけたグリフォンも魔獣種である。魔獣種は召喚する以外にも世界各地に生息しているが、亜空魔として召喚すれば忠実な下僕しもべとなる。いわゆる普通のモンスターだが、ハイランクの魔獣種は神にも等しい力があった。


「先生は、ウラニア先生は魔獣種のラミア……で、あってますよね」

「その通りです、ウモン君。この辺の基礎知識は、もういいようですね。では、早速召喚術の実地試験を始めましょう」


 ウラニアは酷く物静かで、なかなか感情を表に出さない。だが、召喚主に対しても生徒に対しても、とても優しく親切だった。

 、の話であるが。

 そのウラニアが、教卓の上でいびきをかいてる小さな影に身を屈めた。


「インリィ、起きてください。我があるじ、インリィ……ウモン君の最後の試験を始めたいと思います。本来の教師は貴女あなたなのですから、インリィ」

「ふが、んご……もう、飲めねえ……おいウラニア、これ以上は酒は」

「寝ぼけてないで起きてください。……シメます、よ?」


 ビクン! と身震いして、本来の教師であるインリィが飛び上がる。

 文字通り、宙に羽撃はばたき浮かび上がる。

 ウラニアの召喚主であるインリィは、スプライトと呼ばれる妖精族だ。その身長も小さく、15cmセチルメーテン程しかない。透明な四枚の羽根を震わせ。彼女はジト目でウモンをすがめてきた。見た目は可憐で美しいが、性格は豪胆ごうたんで男勝り、加えて言えばガサツで乱暴なきらいもある。


「おし起きた! はい起きた! ……ふう、どこに召喚主を絞め殺そうとする亜空魔がいるんだか」

「筆頭亜空魔である銘冠持ちネームドでも、死なない程度にならシメることは可能ですので」

「うぅ……何故オレはこんな奴に名を与えてしまったんだ」


 周囲を飛び回りながらインリィがなげく。

 それを見上げて、ウラニアは小さくため息をこぼした。勿論もちろん、ウモンも気持ちは同じである。インリィのぐーたらぶりは、一番付き合いの長い生徒であるウモンが思い知っていた。

 だが、今日は初めて気付く……こんな時なのに、ウラニアの表情が僅かに柔らかい。


「まあ、こんな時だからか? なんにせよ、いいよなあ……銘冠持ちって」


 ――

 召喚師にとって、特別な亜空魔が銘冠持ちである。文字通り、個体を区別する名前を与えることで、完全な運命共同体として主従のちぎりを交わすのだ。

 銘冠持ちは、召喚主の魔力が断たれても消えることがない。

 常にコストを消費せずに実体化し続けることができるのだ。

 ただし、リスクもある……それは、召喚主と銘冠持ちは一心同体ということだ。。文字通り、二人で一つの命を共有する仲になるのだ。

 これぞ、何かしらの亜空魔を召喚できる者のみの特権である。


「いよぉし、ウモン! オレが見ててやる、ちゃっちゃとなにか召喚しろ!」

「いや、先生、インリィ先生。俺、今回がラストチャンスなんですけど」

「うんうん、素養のない奴はこの王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんにはいらん! まあ、諦めろ!」

「いや、諦めませんけど! 諦め、られない、けど……こう、もう少しおごそかに」


 過去、ウモンがなにかしらの亜空魔を召喚できたことはない。魔力量はいつだって足りていないし、集中力と精神力だって不安定だ。

 自信がないのだ。

 いつも心技体全てでまさる妹の陰に立たされてきた。

 なにより、その妹自身に優しく守られてきたのだ。

 だからこそ、同じ召喚術の土俵で共に並びたかった。守り守られ、支え合う兄妹きょうだいになりたかったのである。


「うしっ! やります! 召喚!」

「おう、頑張れ! 当たって砕けろだぜ、ウモンッ!」

「砕けたくないです!」

「あと、外でやれ、外で。デカいの出されて、この教室が木っ端微塵になっても困るからな!」

「うーい」


 なんとも締まらない、あまり気合も意気込みも湧いてこない状況だ。だが、正真正銘、最後のチャレンジである。これで駄目ならば、ウモンは除籍処分となるのだ。

 それ自体は珍しいことではないが、妹のマオと離れ離れになってしまう。

 あの唯我独尊ゆいがどくそんで突っ走りまくるマオのことが、心底心配だった。

 教室を出ようとしたら、最後にインリィが呼び止めてくる。


「ウモン! 召喚術の根幹は亜空間への理解、そして才能だ。持って生まれた才能がなければ、なにも召喚はできん!」

「……まあ、思い知ってますよ」

「だがな、ウモン。召喚術の才能、その身に宿した魔力の強さや量だけが全てじゃない。悔いを残すな、そして終わりだと思うな! 最後のチャンスにも必ず、二度目三度目がくる。それが人生っても、グッ! あ、あがが……」


 無言でウラニアの尻尾がひるがえった。紫色のうろこに覆われたしなやかな下半身が、その先端がインリィに巻き付いてゆく。一度だけあれをウモンもやられたことがあるが、魔獣種の力とは恐ろしいものだと思い知ったものだ。

 なにはなくとも、ウモンは大きくうなずき教室を後にする。

 そのまま廊下を横切り、中庭へと出た。

 午後も空は晴れ渡って、煉瓦レンガ造りの校舎の真ん中に開けていた。

 先程の恩師の言葉で、少し気負いが抜けたのが嬉しかった。


「さて、それじゃあ……コール! サモン!」


 掛け声とともに、ありったけの魔力を励起れいきさせる。

 ぼんやりと光る線と線とが、芝生の上に青い魔方陣を出現させた。

 残念だが、先程のマオに比べると酷く小さい。輝きもなんだか不安定に明滅しているし、なにより抽象的な図形は単純で、その上に線がかすれて細かった。

 これが、偽らざるウモンの実力なのだ。

 それでも、持てる全てのありったけで挑む。


「なんでもいい、なんでも……俺の声が聴こえたら、召喚に応じてくれっ!」


 鬼が出るか、邪が出るか。

 元より龍王種や神皇種なんて願っていない。分不相応ぶんふそうおうだとわかるし、こうした高次存在はEランクでも別格の強さを持っている。

 弱くても、ありふれた亜空魔でもいい。

 絶体大切にするし、かならず銘冠持ちとして一心同体のきずなを結ぶ。

 だが、突然ウモンの魔方陣は巨大な質量に踏み潰された。

 巨大な影がウモンを包む。

 そして、酷く慇懃無礼いんぎんぶれいな声が響いた。


「やあ、ウモン君……だったかな? 私の友人たちが世話になったようだね」


 目の前に、巨大な竜が翼を広げていた。

 間違いない、Dランクの龍王種、ワイバーンだ。知能は低く特殊な龍魔法も使わないが、俗に飛竜と呼ばれる強力なモンスターである。当然、亜空魔として使役するには召喚師の力量が問われる。

 そのワイバーンの背から、一人の男が飛び降りる。

 気障きざったらしく、制服の上からマントを羽織はおったエルフだった。

 突然の乱入者に、突然ウモンの最後の召喚術が強制的に霧散するのだった。

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