第3話「最後のチャンス、最後の召喚」
謎の少女は結局、マオと一緒に学術長に呼び出されてしまった。
ウモンも同席したかったのだが、呼ばれてない……数にカウントされていないので、午後の授業に戻ることにした。
因みに、
(しかしなあ……我が妹ながら、末恐ろしい奴。どうして基本を
マオは一年生だが、
というか、むしろ魔力が常に溢れ出てる状態で漏れ続けている。
加えて、基礎中の基礎である亜空魔の帰還に関する術を覚えてないのだ。
(つまり、
広い教室に一人だけの生徒、ウモン。
他のクラスメイトは、既に召喚術の初歩を覚えて違う教室にいるのだ。
今も目の前で、教師がテキストを片手に黒板に向かっている。
召喚術とは、魔力による仮想領域『
基本的に、強い魔力を持つ者ほど強い亜空魔を召喚、使役できる。
見慣れた文字を目でなぞっていたウモンに、女教師が振り返った。
「亜空魔は、大きく分けて六つの種族、五段階のランクがあります。全部言えますか、ウモン君」
とても静かな、
女教師は白衣を着ているが、人間ではない。見るも美しい姿は上半身だけで、下半身はとぐろを巻いた蛇の姿である。そう、ラミアと呼ばれる亜空魔だ。
正確には、彼女はウモンの担当教師の召喚した亜空魔である。
ウモンはおずおずと立ち上がると、質問に答えた。
「えっと、
「結構です。それぞれにA~Eのランクが設けられていますね」
「先生は、ウラニア先生は魔獣種のラミア……で、あってますよね」
「その通りです、ウモン君。この辺の基礎知識は、もういいようですね。では、早速召喚術の実地試験を始めましょう」
ウラニアは酷く物静かで、なかなか感情を表に出さない。だが、召喚主に対しても生徒に対しても、とても優しく親切だった。
怒らせなければ、の話であるが。
そのウラニアが、教卓の上でいびきをかいてる小さな影に身を屈めた。
「インリィ、起きてください。我が
「ふが、んご……もう、飲めねえ……おいウラニア、これ以上は酒は」
「寝ぼけてないで起きてください。……シメます、よ?」
ビクン! と身震いして、本来の教師であるインリィが飛び上がる。
文字通り、宙に
ウラニアの召喚主であるインリィは、スプライトと呼ばれる妖精族だ。その身長も小さく、15
「おし起きた! はい起きた! ……ふう、どこに召喚主を絞め殺そうとする亜空魔がいるんだか」
「筆頭亜空魔である
「うぅ……何故オレはこんな奴に名を与えてしまったんだ」
周囲を飛び回りながらインリィが
それを見上げて、ウラニアは小さくため息を
だが、今日は初めて気付く……こんな時なのに、ウラニアの表情が僅かに柔らかい。
「まあ、こんな時だからか? なんにせよ、いいよなあ……銘冠持ちって」
――銘冠持ち。
召喚師にとって、特別な亜空魔が銘冠持ちである。文字通り、個体を区別する名前を与えることで、完全な運命共同体として主従の
銘冠持ちは、召喚主の魔力が断たれても消えることがない。
常にコストを消費せずに実体化し続けることができるのだ。
ただし、リスクもある……それは、召喚主と銘冠持ちは一心同体ということだ。どちらか片方が死ねば、もう片方も命を落とすことになる。文字通り、二人で一つの命を共有する仲になるのだ。
これぞ、何かしらの亜空魔を召喚できる者のみの特権である。
「いよぉし、ウモン! オレが見ててやる、ちゃっちゃとなにか召喚しろ!」
「いや、先生、インリィ先生。俺、今回がラストチャンスなんですけど」
「うんうん、素養のない奴はこの
「いや、諦めませんけど! 諦め、られない、けど……こう、もう少し
過去、ウモンがなにかしらの亜空魔を召喚できたことはない。魔力量はいつだって足りていないし、集中力と精神力だって不安定だ。
自信がないのだ。
いつも心技体全てで
なにより、その妹自身に優しく守られてきたのだ。
だからこそ、同じ召喚術の土俵で共に並びたかった。守り守られ、支え合う
「うしっ! やります! 召喚!」
「おう、頑張れ! 当たって砕けろだぜ、ウモンッ!」
「砕けたくないです!」
「あと、外でやれ、外で。デカいの出されて、この教室が木っ端微塵になっても困るからな!」
「うーい」
なんとも締まらない、あまり気合も意気込みも湧いてこない状況だ。だが、正真正銘、最後のチャレンジである。これで駄目ならば、ウモンは除籍処分となるのだ。
それ自体は珍しいことではないが、妹のマオと離れ離れになってしまう。
あの
教室を出ようとしたら、最後にインリィが呼び止めてくる。
「ウモン! 召喚術の根幹は亜空間への理解、そして才能だ。持って生まれた才能がなければ、なにも召喚はできん!」
「……まあ、思い知ってますよ」
「だがな、ウモン。召喚術の才能、その身に宿した魔力の強さや量だけが全てじゃない。悔いを残すな、そして終わりだと思うな! 最後のチャンスにも必ず、二度目三度目がくる。それが人生っても、グッ! あ、あがが……」
無言でウラニアの尻尾が
なにはなくとも、ウモンは大きく
そのまま廊下を横切り、中庭へと出た。
午後も空は晴れ渡って、
先程の恩師の言葉で、少し気負いが抜けたのが嬉しかった。
「さて、それじゃあ……コール! サモン!」
掛け声とともに、ありったけの魔力を
ぼんやりと光る線と線とが、芝生の上に青い魔方陣を出現させた。
残念だが、先程のマオに比べると酷く小さい。輝きもなんだか不安定に明滅しているし、なにより抽象的な図形は単純で、その上に線がかすれて細かった。
これが、偽らざるウモンの実力なのだ。
それでも、持てる全てのありったけで挑む。
「なんでもいい、なんでも……俺の声が聴こえたら、召喚に応じてくれっ!」
鬼が出るか、邪が出るか。
元より龍王種や神皇種なんて願っていない。
弱くても、ありふれた亜空魔でもいい。
絶体大切にするし、かならず銘冠持ちとして一心同体の
だが、突然ウモンの魔方陣は巨大な質量に踏み潰された。
巨大な影がウモンを包む。
そして、酷く
「やあ、ウモン君……だったかな? 私の友人たちが世話になったようだね」
目の前に、巨大な竜が翼を広げていた。
間違いない、Dランクの龍王種、ワイバーンだ。知能は低く特殊な龍魔法も使わないが、俗に飛竜と呼ばれる強力なモンスターである。当然、亜空魔として使役するには召喚師の力量が問われる。
そのワイバーンの背から、一人の男が飛び降りる。
突然の乱入者に、突然ウモンの最後の召喚術が強制的に霧散するのだった。
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