【Interlude】One Of Sunny Memories~恋人サンタクロースは恋人つなぎの夢を見るか~
「ねぇ季刹」
「ん?」
「日本のクリスマスイブって、恋人がいる人は恋人と過ごすのが当たり前みたいな風潮あるわよね」
「まぁ、あるな」
「私、思うのだけど、恋人と一緒に過ごしたい日くらい自分たちで決められないのかしら。世間の空気に今日が恋人たちの特別な日なのだと決めつけられるのは、釈然としないわ」
「あー……」
十二月二十四日の夕刻、俺は晴花と手を繋いで街中を歩いていた。
クリスマスカラー一色に染められた街並み。ちらほらとイルミネーションの光が付き始めている。
辺りには一目でカップルと分かる二人組が続々と見られ、楽しげに談笑している。
そんなカップルたちが繋いでいる手の内の半数以上はいわゆる恋人つなぎというやつで、今の俺の気持ちを身も蓋もなく言ってしまえば――、俺も、あれ、やりたい。
俺は晴花と繋いでいる自分の手を見下ろす。親と子がするような至って普通の繋ぎ方。
晴花と付き合い始めて最初のデートの時、街中で当たり前のように恋人繋ぎをしたら顔を真っ赤にしてめちゃくちゃ怒られたトラウマが呼び覚まされる。
晴花曰く、そういうあからさまに見せつけるようなバカップルめいた行為が嫌いらしい。
別に見せつけるのが目的じゃ……とか、それでバカップルなら雪鳥や雨月ちゃんと付き合っていた頃の俺はどうなるんだ……とか思いはしたが、朝野晴花という女の子がそういう感性を持つのなら、百パーセントとはいかずともいくらかは俺がそれに合わせる必要があると思った。
だって今の俺は、晴花のカレシなのだから。
しかしそれは逆に言えば晴花もまた俺のカノジョという訳であり、そして今の俺は晴花と恋人繋ぎをしたいと純粋に思っている訳であり、クリスマスイブという今日という特別な日なら晴花も許してくれるんじゃという――
「――季刹、ねぇ季刹。あなた、ちゃんと私の話を聞いてるの?」
「ぃえ!? あ、いや別に――」
咄嗟に誤魔化そうとしたが、ここで誤魔化しても余計に彼女の機嫌を損ねるだけだと気付く。
こういう時、晴花には正直に話すのが最善である。
「すみません考え事してたので聞いてませんでした」
「……はぁ、本当にあなたは」
半目で俺を睨む晴花。
刺すような冷気を孕んだ風が吹く中、俺の頬に冷や汗が伝う。
「マジごめん……、何の話だっけ?」
「もういいわよ。あなたこそそんなだらしない顔でなにを考えてたの?」
「あー、何と言いますかね」
思わず恋人繋ぎで歩いているカップルを見やってしまう。ケーキ屋の前で客寄せしているサンタコスのお姉さんもついでに目にとまった。
晴花もああいう恰好してくれないかな。…………絶対してくれないな。
「ちょっと……季刹?」
さっきより数段冷えた声音が耳を刺した。
あ、やばい。
「――いや違う! 俺はただ……」
「ただ、何よ。ハッキリしなさい」
明らかに晴花が不機嫌になっていた。
こんな日に何やってんだ俺は。アホか。
焦った俺の思考はもうどうにでもなれというヤケにシフトし、晴花と繋いでいた手を無理やり恋人つなぎに変える。
ずっと触れ合っていた部分と違って、冬の外気に冷やされた指と指の間がお互いに随分と冷えていたことが伝わる。
こうすると、彼女の手が俺より小さいという事実がなおのこと実感できた。自然と少し距離が詰まり、密着感も増す。
ビクンと、晴花の肩が大きく跳ねた。
「……今日くらいは、こういう風に晴花と歩きたいなぁ、という……。ただ俺は別に晴花が嫌なら――」
「…………」
晴花と絡み合わせた手がじんわりと痺れるように温もるのと同時、彼女の顔がみるみる真っ赤に染まった。
耳が赤いのも、この寒さのせいなどではないだろう。
「あ、あなた……、こんなの」
何かを堪えるように、晴花が俺の手を強く握り返してくる。
晴花の視線が落ち着かず、挙動不審に周囲を見やっていた。
「いやほらみんなやってるし、別に見せつけるとかじゃなくてさ。それに今日は、ほら、特別だし、今日くらいは……」
俺が言い訳がましく舌を回していると、視線を下げたままの晴花が妙にしおらしい声で言った。
「きょ、きょう、だけよ……。本当に、今日だけ。あなたがそこまで言うなら、し、仕方なく、よ……」
「おぉ……」
すごい。これがクリスマス効果か。感動。クリスマス万歳。
そのまま俺と晴花は恋人つなぎのまま歩き始めた訳だが、その間ずっと晴花はそわそわと気もそぞろな様子で、頬を朱に染めたまま、何度も俺とつないだ手を見下ろしていた。
え、もしかして恥ずかしがってる……?
それに気付いた瞬間、なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。
もう付き合い始めて半年くらい経っているのに、付き合い立ての初々しいカップルみたいな雰囲気が俺と彼女の間に漂っていた。
……今横を歩いて行った大学生っぽいカップルにめっちゃ微笑ましい感じで見られたんだけど。
隣を歩く晴花を見つめる。
彼女の頬は色付き、いつもは凛と気丈な瞳がしっとりと濡れている。俺と目が合うと、「ひぅ」という妙な声を漏らして視線を逸らした。
え、なに、かわいい。ちょっと可愛すぎる。これが愛おしさか……。
今すぐ抱きしめたいという衝動を堪えて、少しからかってみることにする。
「あのさ晴花、もしかして照れてる?」
「……だったらなに?」
少しいつもの調子を取り戻した眼差しで、睨みを利かせられる。
こんな時でも正直な晴花に少し笑ってしまって、余計に睨まれる。
俺は少し、勘違いしていたのかもしれない。
きっと晴花は俺が思っている以上に純情に初心で、初めてデートをした時に恋人つなぎをして怒られたのも、あの時晴花が言った言葉にウソはなかったのだろうけど、それ以外の意味もあったのかもしれない。
……焦る必要はないのかな――と、そう思った。
本当は今日、クリスマスイブという特別な日の助けを借りて、彼女との関係を一歩くらい進展させようと思っていたのだけど、無理に焦る必要はない。
晴花は晴花で、俺は晴花のカレシなのだから、彼女に合わせて行けばいい。
「俺たちは俺たちのペースでいいんだよな」
「……なんの話よ」
「だから、俺たちは確かにこうして付き合ってるけど、俺たちは俺たちなりに恋人をやっていけばいんだよなって話」
「…………そ、そうね。あなたの好きに、したらいいわ。その……私は季刹の、こ、恋人、なのだから……」
さらに顔を赤くした晴花が、俺の手を強く握りしめてくる。
なんだこいつマジで可愛いな。付き合う前なら彼女のこんな姿は想像できなかった。
「好きだぞ晴花」
「っぅ!」
「なぁ、ちょっと抱きしめてもいい?」
「………………調子に、乗りすぎよ」
ぎゅうと物凄い力で爪を立てられる。
「痛い痛い痛い痛い! ごめんって!」
「本当にバカよ、あなたは」
「はい、すみません……」
「本当にバカなのよ。……ほんとにばか。ばか、なんだから……」
「四回も言う必要ある?」
「これでもまだ言い足りないくらいよ」
「あぁそうですか……」
どんだけバカだと思われてるんだ俺は。
ほんの少し落ち込む俺を見て、彼女は機嫌良さそうに微笑をこぼしていた。
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