The Introduction To One Of Three Ex-Girlfriends Of His~囲夜雪鳥~
始業式後のHRが終わってすぐ、雪鳥は大勢のクラスメイトに囲まれた。
視界の端では、今朝再会を果たしたばかりの季刹が飛び出していくのが見えた。
(あ、一緒に帰ろうと思ってたのに……)と、残念に思う気持ちを晴れやかな笑顔で覆い隠し、雪鳥はクラスメイトとの親交を深める。
おおよそ四年も無駄にしてしまった季刹との時間をこれ以上削られるのは耐え難いが、焦ってはいけない。こうしてクラスに居場所を作っておくのも今後を考えれば――季刹とヨリを戻すことを考えれば、必要なことだ。
「ねぇねぇ、ちょっと私聞いちゃったんだけどさ、雪鳥ちゃんと天本くんが昔付き合ってたっていうのはホントなの?」
雪鳥の斜め前にいた少女が瞳に関心を覗かせている。
今朝の校舎前で一件のことを言っているのだろう。この質問は雪鳥の望むところだった。
あの時、遠巻きの生徒たちの耳にも入るようにわざとああ言ったのだから。
「あ、聞いちゃった……? うん、実はそうなの。わたし元々この街に住んでたんだけど、他所に引っ越すまでは昔からずっときーくんと一緒でね、それで、うん、色々あってねぇ」
雪鳥は、はにかみ笑いを含ませた。途端、雪鳥の周囲にいたクラスメイトたちが色めき立つ。
頬を色付かせている雪鳥を見て、一人の男子が慌てて口を開く。
「え、もしかしてまだ好きなの?」
「あー、えっと、えへへ……。わたしは昔フラれちゃった側だし、会うのも久しぶりだし、きーくんが今のわたしをどう思ってるか分からないけど、わたしはもう一度がんばりたいと思ってると、言いますか……」
雪鳥が赤い頬に手を当て、恥ずかしそうに顔を伏せる。今の質問をした男子生徒が「デリカシー考えろバカ」と小突かれていた。
「……でも天本って朝野と付き合ってるんじゃね?」と、また別の男子が小さく声を漏らした。
「いやだからアイツら別れたって話だろ?」
「え、マジ?」
小声で囁き合われているその会話を、雪鳥は聞こえない振りする。
季刹に晴花というカノジョがいた事実は既に知っていたことだ。高校一年生の終わりに二人が別れたことも知っていた。季刹と連絡を取り合う中で、聞いたことだから。
しかし、今の季刹に彼女がいようがいまいが、雪鳥にとってはさしたる問題ではない。
季刹が中学生の時に常昼雨月という後輩と付き合っていたことも、この先季刹が誰と付き合うことになったとしても――問題にはならない。
最後に自分を選んでくれさえすれば、それでいい。
そのために今やれることはどんなことでもするつもりだが、焦ってはいけない。
雪鳥は己に言い聞かせる。
――大丈夫だ、季刹に一番相応しいのは自分なのだから。
そう、最も彼に相応しいのは自分だし、彼の側には自分がいてあげなくちゃいけない。
雪鳥はそれを確信していた。
幼なじみの自分なら彼を正しく支えて上げられる。
そして何より。季刹と離れていたこの四年間、季刹との繋がりがほぼ遠距離で取り合う連絡のみだったにも関わらず、その間に季刹に自分以外の恋人が二人できたにも関わらず、雪鳥が季刹に向ける想いに変わりはなかった。
それこそが、雪鳥が季刹を真に愛している事実を何より示している。
他の女とは違うのだ。
雪鳥が昔季刹にフラれたのだって、あの時はまだお互いに幼かったのが原因だ。
季刹も適切な判断ができなかったのだろうし、季刹と恋人になれて舞い上がってしまった自分の行動にも、少しばかり考え無しで行き過ぎた点があった気がする。
ちょっとした手違いみたいなものである。
いずれ季刹も雪鳥の本当の良さに気付き、雪鳥を選ぶに違いない。もし仮に万が一選ばれなかったとしても、選ばせるだけだから問題はない。
今朝雪鳥が抱き着いた時もまんざらでもなさそうだったし、勝機は十二分にある。
顔を伏せた雪鳥は、自分の手の平に視線を落とす。
季刹はとても男らしくカッコよく成長していた。
でも、ちょっと垂れた目元のあたりは昔のままで可愛かったし、絶妙に残念な感じで情けなくオロオロしてるところも可愛かったし、可愛かった。
そして雪鳥が好きだった彼のにおいは、昔と何も変わっていなかった。
(はぁー、やっぱりきーくんのこと好きだなぁ)
季刹と触れ合った今朝の感触が思い返される。雪鳥は思わずにやけてしまいそうになるのを静かに堪え、クラスメイトたちへ穏やかに微笑みかけるのだった。
――
元カレとヨリを戻すためならどんな手段も厭わない、恋するモンスターであった。
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