元カノの心元カレ知らず、元カレの心元カノ知らず


「ざっくり言うと、季刹が朝野に愛想尽かされたってことやろ?」


 カウンター越しに俺を見る瀬那せながそう言って、コーヒーに口を付ける。


「そうだとは思うんだけど、原因がよく分からない。……まぁでも別に、もうどうでもいいんだけどな」


 もう俺は恋愛なんてしないと決めたのだ。だからわざわざ過ぎた恋愛を掘り返して自ら傷つく理由もない。


 はは……と自嘲をこぼす俺に、瀬那が「目ぇ、死んどるで」と笑った。


 時は始業式終わりの午後、場所は四空よそら高校の最寄り駅である四空駅前を通る美空商店街――その外れにポツンと建つ喫茶店『アズマ』。

 ここは俺の祖父が経営する店で、俺は小遣い稼ぎがてらに週に何度かここで店番バイトをしている。


 この店の魅力は基本的にいつも空いていることだ。それはもう、これで本当に経営が成り立っているのか不安になるくらい。


 瀬那は「しっかしもったいないことしたなぁ自分。あんな美人そうそうおらんで」と呟いてから、またコーヒーに口を付け、俺を見やる。


「季刹がなんかやったんちゃうん? 大事な記念日を忘れたとか、ラインの返事を遅らせたとか、真面目な話をてきとーに流したとか、他の女と仲ようしてるとこ見られたとか、誕生日プレゼントが酷すぎたとか、あとはなんやろな。デートの行き先に不満があったとかやないか」


 どうでもいいと言った俺の意思を無視して、彼はこの話を続ける気らしかった。


 八島やしま瀬那せな――去年同じクラスになって仲良くなり、今回もクラスメイトとなった奴だ。出身が関西で両親も生粋の関西人らしく、関西弁が板についているサバサバしたイケメンである。


 瀬那がやって来たのはついさっきで、他に客はいない。


「……別に何か晴花の気に障ることをした覚えはないんだけどな」


「分からんやろそんなん」


「……なにが」


「自分はそう思ってなくても、朝野からすれば不満に思う点があったかもしれんやん」 


「でもアイツなら、本当に我慢できないことがあればハッキリ言うだろ」


「いやオレは朝野のことそこまでよお知らんけど、それやて季刹が思っとることやろ? 朝野の心を直に覗いた訳やない」


「そりゃ、そうだけどさ……」


 だとしても、今までと比べて晴花に対する態度を大きく変えた覚えはない。至って今まで通りだった。


 俺の店番がない放課後は一緒に勉強して家で映画をみたり、お互い予定のない休日は手ごろな場所でデートして、晴花の買い物や取材に付き合ったり、俺の行きたい所に付き合ってもらったり、たまに二人で一緒に買った小説の感想を通話で言い合ったり、彼女の書く作品を俺が読んでその感想を言ったりして――。


 今時の高校生にしては珍しいくらい清いお付き合いだ。


 ……そりゃ俺だってもっと彼女とイチャつきたいという欲はあったが、晴花が典型的な若者バカップルめいた付き合い方を嫌っているのは知っていたから、基本的にはちゃんと我慢していたのだ。

 結構頑張って我慢してた。手放しで褒め称えられていいレベル。


 二人の仲はゆっくり着実に進展させていくべきだとも考えていたし、いつだったか晴花もそれに同意していたように思う。……だというのに突然フラれた。


 もう訳が分からない。何が悪かったのか分からない。

 もうどうでもいいとは言ったが、結局それも強がりで、原因を知ることができるなら知りたい気持ちはある。


 でもそんなことを今更本人に聞いて未練タラタラの情けない男と思われるのはイヤ過ぎる。あの晴花のことだ。どんな遠慮のない舌剣を振るってくるか分からない。怖い。


 俺が腕組みして唸っていると、「あぁ、せや」と瀬那が何か思い出したように言った。


「季刹ってウチのクラスに来た転校生の……、あの囲夜って子と付きおうてたことがあるってホンマなん? あの子もかなり可愛かったなぁ」


「…………その話ってどのくらい広まってる訳?」


「ウチのクラスの奴らは結構知っとるんとちゃう? HRのあと、本人が言っとったらしいし」


「雪鳥が?」


「おう」


「あぁ……」


 俺は頭を抱える。雪鳥のいたずらっ子めいた笑顔が脳裏に浮かんだ。


 瀬那が吹き出すように笑う。


「別にそんな気にすることでもないやろ。自分が二股かけてた訳でもなくて、単なる元カノなんやろ? 囲夜は」


「いや、まぁ、そうなんだが。……ていうかまぁ、小学生の時の話だし、マジで気にすることでもないのはそうなんだけど、なんだろう」


 ……この胸のざわつきは。


「ほー小学生か、それは中々やなぁ。んで、なんで別れたん?」


「小学生の俺には荷が重すぎた……」


 ちょうど色恋というものに興味を持ち始める小学校高学年の思春期、雪鳥の勢いに押し負けて告白を受けて酷い目にあった。

 女の子の方がませているという事実を痛感した。あれ以来、雨月ちゃんと付き合うようになるまで恋愛に軽いトラウマがあった。


 その雨月ちゃんとも既に俺は別れ、その次に付き合った晴花とも結局別れた。


「…………やっぱり恋愛なんてするもんじゃないな」


 今朝から何度繰り返した分からない思考が言葉となって口から滑り落ちる。まるで自分に言い聞かせているかのようだった。


「大概アホやなぁ、自分も」


 コーヒーを飲み干した瀬那が失笑していた。


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