10 悪魔と過ごす朝


 翌日、俺はスマホのアラームで目を覚ました。

 そのとたん、視界いっぱいに黒いモヤでできた怪物の姿が飛びこんでくる。


「うおあ!?」


 ……思わず叫んでしまった。


「おはよう、マスター」

「なんだよ、マスターって」

「お前はいちおう我らの主だろう」


 と告げる悪魔。


「そんな大仰な呼び方はいいよ。涼介でいい」

「承知した、涼介」

「……!」


 一瞬、息をのむ俺。


「どうした?」


 悪魔が訝しげにたずねる。


「い、いや、なんでもない……」


 言いながら、ちょっとだけ気持ちが高鳴っていた。


 深く考えずに、とりあえず名前で呼ばせることにしたんだけど――。

 友だちがいない俺は、普段親以外から名前を呼ばれることがない。


 だから、こうして名前呼びされるのが新鮮で……ちょっとだけ嬉しかったりもする。


「妙ににやけているが、理由は詮索しないでおこう」


 と、悪魔。


 ええと、こいつはABCのどれだ?


「外見が同じだと、誰が誰か分からないな……」


 俺は思わずつぶやいた。


「では、姿を変えるか?」


 悪魔が提案する。


「そんなこと、できるのか?」

「我はもともと不定形だからな」

「そういえば、お前たちの姿は俺にしか見えない、ってことでいいんだよな?」


 昨日、家に帰ってから受けた説明を思い出す。


「正確には『普通の人間』には見えない、だな。恭介のような能力者には見える。我らは――一種の幻想体だからな」

「なるほど……」


 俺は悪魔Aを見つめた。


「幻想体ってことは、お前たちの本体は別にあるのか?」

「然り。本体は地獄にいる」

「地獄……悪魔たちの世界ってことか?」

「然り。ここにいる我らは悪魔の力の一部が具現化したものにすぎぬ」


 と、悪魔A。


「で、どんな姿がお望みだ、涼介?」

「うーん……あらためて考えると、すぐに思い浮かばないな」


 俺は頭をひねった。


「思いつくまで保留にして、とりあえずお前たちはそれぞれ胸の辺りにでも『A』『B』『C』ってマークを付けてくれると助かる」

「お安い御用だ」


 ヴンッ。


 俺の指定通り、奴の胸元にAを意匠化したような紋章が浮かび上がった。


「よし、これで間違えずに済むな。あらためてよろしく、悪魔A」


 ネーミングも適当すぎるから、そのうち考えようかな。


 まあ、そのうち……な。

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