第9話 額の熱と頬の熱

昔から身体が強いわけじゃなかった。ただ、痩せ我慢が得意なだけで少し体調が悪くても何とかなった。

今日も、きっとそうやって我慢できるだろうと考えていたが慣れない身体はそれに耐えきれなかった。


「……38.6℃」


ピピピと機械音が鳴り止み、記された数値を確認するとそこには現在の体の状態を表したものだった。


「お邪魔するわよ…やっぱりダメそう?」


「うん、ごめんね母さん。行けそうにないや…」


「しょうがないわ、38℃もあれば大人でも辛いもの。学校の方には私から伝えておくからゆっくり休みなさい」


母さんはそう言い残し部屋を後にした。一体どうして熱を出しているのか、それはここ最近の異常気象によるものからだろう。

あの日、松尾がテニス部に参加してからというもの外の陽気は雨模様で気温も蒸し暑さを残してはいたが、低い気温が続いていた。

そんな日々をベストを着てはいるが薄い半袖シャツ。雨にも濡れ、毎日シャワーを浴びているとはいえ身体は冷え切ってしまっていたのだろう。

そんな日々を送っていた際に急にきた35℃を超える猛暑日。弱りきった身体に大ダメージを与え、今朝方倒れ込んでしまったのだ。


(流石に耐えられなかったかー、まぁ前兆はあったりしたし一か八かなんて思ったけど)


免疫力が落ちたのか、性転換をした事で体力が落ちたのは前から知っていたものの此方にも影響を与えるとは思っていなかった。

スマホを取り出しトーク画面を開く。連絡を送る相手は友人たち、それと心配性な彼女だった。

きっと朝のHRで担任から伝えられるとは思うがそれでも最初に伝えた方が良い。きっと、俺が寝込んでいる時に大量の通知が来ることになるので予め送っておいた方がいい。


『おはよう、今日熱出たから学校休む』


簡素なメールではあるが、それだけでこちらの状態を把握してくれるだろう。送るべき相手に一斉送信をおこないスマホを枕元に置く。


(飯食べ損ったな…でも、お粥ぐらいはあるか)


まだ病院にも行っていない。今寝たら診察は午後になるだろがそれでも良いだろう。俺は重たい瞼を閉じた。

そして、次に起きるまで寝息を立てて眠りこけていった。


⭐︎⭐︎⭐︎


深い眠りから起き上がり、スマホに手を伸ばす。ロック画面に記載された時刻は12:30とお昼を示していた。そして、友人や彼女、姉妹たちからのメッセージが何件も溜まっている。

一つ一つ、メッセージを開封し内容を確認していく。

姉妹からは『帰りに何か買ってこようか?』『今日だけは私のお気に入りのプリンを食べていいからね!』なんて体調を気遣った内容。


友人達からは『ノート写しておくから』と生真面目な榎本からのメッセージに続いて涼太、千冬からの短文と可愛らしいスタンプ。性格が出ているようで見てて面白い。

そして雫からのメッセージが1番長く、しかも量が多かった。熱は少し下がってはいるが未だに活字を見る気力はない。『ありがとう』と伝えスタンプを送る。

あらかた返信を仕返した後、リビングに向かった。冷蔵庫にはラップ包まれたお粥が置いてある。それをレンジに入れて待っている間に熱を測る。37.6℃ だいぶ下がった方だろう。温めきった器を取り出し、ついでに梅干しも取り出してお粥の中に一粒入れる。


「うま……」


空腹な状態だった為、胃に入った瞬間にお粥が染み渡る感覚が伝わる。食欲が戻ったおかげか、ものの数分で平らげてしまった。少し元気になった身体をまた少し休ませたのち、俺は午後イチの病院へ受診しに行った。


⭐︎⭐︎⭐︎


『お見舞い、行ってもいい?』


病院への受診を終えベット上でプリンを食べていたところに、まさか榎本からメッセージが届いた。何もみんなの代表として決まったらしく、お見舞い品やプリントなどを渡したいらしい。もしこれが、涼太や千冬だとしたら騒がしくなり熱がぶり返るかもしれないので丁重にお断りしていたと思う。


(雫に関してはうつしたくないので、泣く泣くお断りするだろう)


その点、榎本はそういった悪ふざけはない。風邪をひいてもいいわけではないが、高校生活の中で未だ風邪をひいて事がない彼女だ、きっと大丈夫だろう。


『いいよ、着いたら連絡して。ちなみに何時頃になったら着く?』


『今からだから16時ごろにはいけると思う、また連絡するよ』


突発な予定に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。体調不良が為かあまり考えすぎるとまた熱が上がるからだ。


「とりあえず、ゴミだけは片付けておきますか」


これから大掃除など無駄だろうし、まず体力的に無理な話だ。とりあえず、俺はテーブルの上に散乱したペットボトルや空の容器を片付けていく。あらかた片付けが終わると、予定の時刻に彼女は現れた。夏服に手提げには、千冬たちから貰ったものだろう物を抱えている。


「こんにちは、元気…そうかな?」


「なんではてなマークなんだよ、一応元気だわ。とりあえずあがって」


手洗いをした後、続いて彼女も部屋に上がっていく。生真面目な性格が出たのか普段なら開けている第一ボタンをキッチリ締めている。きっと親がいると思ったのだろう


「まだ、母さん帰ってきてないからそんな固くならなくていいよ。姉さんと真央も6時ぐらいだし」


「そ、そうなんだ。じゃあこのお土産はどうしよう…」


「あー、あとで渡しとくよ。ありがとうね」


手荷物を受け取り自室の扉を開ける。後ろから小さな声で『お邪魔します』なんて呟き来客を招いた。


「結構、綺麗に片付けているんだね、もうちょっとごちゃごちゃになっていると思ってた」


「はっはっはー、これでもまめに掃除をしているんだよ」


(本当はついさっきまで掃除していたなんて言えないわ)


ベッドを背もたれにするよう腰をかけると対面するかのように彼女も座布団に腰をかける。正座の姿勢でも背筋が伸びている姿は同性ながらカッコいいと思えてしまう。


「とりあえず元気そうでよかったよ。朝は心配したけどさ」


「朝はしんどかったけど今はもう落ち着いたかな?明日には行けると思うよ」


そう言うと榎本は安堵した表情を浮かべ、今日の出来事を話してくれた。


今朝方、俺がメッセージを送ったことで千冬と涼太が登校するや否やどちらがお見舞いに行く揉めており、その話を聞いた松尾も挙手し始めた。一旦その場を落ち着かせた後、雫に連絡を取り彼女に話をするも受験勉強の関係上、お見舞いには行けないとのこと。榎本は何とかくじ引きを使用して偶々、当たりくじを引いた自分が行くことになった。


「…とりあえず悪いな。朝から忙しかったようで」


「ほんとだよ、まったく。次は体調なんて崩さないでね」


「あぁ、逆に榎本が倒れたら俺がお見舞いにでも行ってやるよ」


「!?べ、別にそこまでしなくて大丈夫だから!…トイレ借りる」


そういって彼女は席を立ち部屋を後にした。最後、何故あんなにも捲し立てる感じで話を締めたのだろう。赤くなった耳を目で追いながら彼女が買ってきてくれた飲み物に口をつけた。


⭐︎⭐︎⭐︎


「はっず…ほんと何でこんなにも熱くなるんだろう」


もう忘れた気でいた、今日だって本音は行きたくなかった。


私の初恋の人 黒瀬奏


一年生の時から気がつけば彼を目で追っていた。一目惚れだ、彼と話すようになりその思いは再度大きく燃え上がった。けれど思いこがれた彼とは結びつくことはなかった。

雫が奏に告白をしたからである。私は遅かったのだ、ただの友人として話せている現状に嬉しさと幸福感を募らせている間に同じような思いを抱いている女性が、それを掴めとったのだ。

そんな恋愛に負けた私の事を知らず彼はいつも通り話しかけてくる。嬉しい、けれど、どうしても結びつく事がない事実に何度も泣きそうになった。


わかっている、きっとこの恋が叶わないという事も。これはあの時、怖くて逃げてしまった代償なのだ。


(なんでこう吹っ切れないかなあ、、、)


逃げ回った私を知ることは彼にはないだろう。けれど、いつかこの気持ちに踏ん切りをつける気でいた。

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