第8話 残音の雨天

俺の性別が変わって、早くも6月になった。

未だに記憶を持っているのは姉妹の2人と彼女の雫。そして、友人たち3人だけで以降の進展はなし。

俺もそれとなく聞いてはみたが、誰しもが茶化して終わった。あまり聞きすぎると変に怪しまれると感じとれた為、途中で断念。

まぁ、これ以上探したとしてもめんどくさい事が増えるだけだろうし、あの混乱を鎮めるのはもう沢山だ。

最初は問題ありだったが、今ではもう皆すっかり慣れてトラブルは無くなり、今では前と変わらない日常を送っている。


(しかし、涼太の連れション発言は未だに治らない…側から見ればセクハラ男子高校生だろう)


入れ替わった数週間はトラブル続きだった。

まずはトイレで長年、男として生きてきた為か男子トイレに入ることが多々あった。

そのため、榎本らと着いて行くようにしていたが男子の一部からは痴女なのではないか、と認識されていたのは間違いない。

次に着替えである。彼女がいるとは言え未経験な童貞にとっては、思春期女子の着替えなど刺激が強すぎるもので、トイレで着替えることが多かった。

しかし、それが通用したのも数日で怪しんだ俺を女子グループは逃さず更衣室で着替えるハメに…伏せ目ガチでワイシャツのボタンを外していたのを思い出す

そんな色々と濃厚な日々は過ぎて季節は6月になった。


なお、俺が男に戻る光は見えてはきていない…


⭐︎⭐︎⭐︎


「今日から衣替えか…あれ、夏用のベストってあったっけ?」


ジメジメとした梅雨に例年より早い気温上昇。天気予報士が言うには体感はまるで密林にいるよう状態とのこと。行ったことのない場所を比較に出されてもイマイチ、ピンとこない。

男だった時もこの蒸し暑さに汗まみれで日々を過ごしていたのを思い出す。女になった今でも汗を多くかいてしまうのは健全だったので、替えのシャツを一枚用意するようになった。


(替えシャツ用意しておかないと…この前なんか冷房のおかげでお腹冷えたし…)


匂いもそうだが、外気温と室内気温との差からくる自律神経の乱れや食べ物が痛んだりしてこの時期から体調管理が難しくなる。だからこそ、対応できる事は対応しておきたい。これは昔からの習慣で母親である黒瀬朱音の口癖だった。


「あ、あったあった…部活は室内トレーニングだろうなぁ」


紺色のベストを着た後、窓の外をみる。外の景色は生憎の雨模様で朝から晩まで止むような状態でもなかった。スマホの天気予想でも降水確率は日付が変わる時間帯まで80%という高い状態だった。


「…朝ごはん食べよ」


⭐︎⭐︎⭐︎


「みんな集まった?狭いから十分な幅は取れないと思うけど上手く距離空けてね!」


放課後になり俺が所属するテニス部は現在、室内トレーニングルームの一室を使用していた。

ちなみにテニス部自体は人数はそれほど多く無い。十数人程度で部としての実績もあまり高く無いのだが、いかんせん顧問のやる気が高いせいか、休みでもいいこの日に室内トレーニングルームを使用しているのだ。


「他の部活の人も使用しているけど、あまり話しかけないように!落ち着いたら各々、柔軟を開始して終わったら筋トレメニュー開始して!全員が終わったら今日は終了でいいから!」


そう言って部員に指示を出すのは7月の公式戦を最後に引退をする部長の古川先輩だ。普段は眼鏡で過ごしている男子学生であるが、部活の時になるとコンタクトレンズに変えるため、部員含め彼の周りではそのギャップが好きだという人も多い。

顔も美形ではないが、特段悪いわけでもなく男女ともに分け隔てなく接するその優しさからか多くの人に慕われている人だ。


(古川先輩も引退か、一気に人がいなくなるんだな、、、)


三年生4人・二年の俺たちは4人、一年生たちが6人という部員数で活動をしているテニス部であるが俺たちの代は正直弱いので一年生と合わせても公式戦は勝てはしないだろう。


(まぁ、団体戦は難しくても個人戦ならいけるかな?てか、練習しないと…)


周りを見ると早くもストレッチを終わらせて、腹筋や背筋などに取り組んでいるペアもおり、未だにボーっとしている者は俺ぐらいだった。あたりを見渡して空いている人を探す。そんな時、後ろから声を掛けられた。


「お!奏ちゃんじゃないか~!ねぇ、一緒に練習しようよ!」


「松尾・・・?」


そこにいたのは男の時には在籍していなかった生徒、松尾灯が立っていた。



「それで?どうしてこの時期に部活動に参加したんだよ?生憎、うちの部活は強豪でもないから内申点稼ぎには向かないと思うんだけど」


「違うよ~、単純にテニスに興味があってさ始めてみようかなって思っただけ。運動不足解消もあるし」


「あとは、奏ちゃんがテニス部だって聞いたからさ。仲良くなりたいから入部しちゃった!」


行動力の高さに驚愕しつつも彼女のポテンシャルにはやっぱり驚く。こうやってストレッチをしていても、彼女の体はかなり柔らかい。運動不足解消と言っているが、これほど柔らかいと噓のように感じる。

そして、先程からおこなっている筋トレだってフォームがやたら綺麗だし回数だって誰よりも早く終わらせていた。元々、運動神経は良かったと分かるほどで、彼女の能力の高さに嫉妬してしまう。


「んっ…しょ!はい、次は奏ちゃんの番だね!」


「はぁ…松尾と組んでやると自分の体幹の悪さに情けなくなるよ」


「え〜?そんなことないって。さっきの体幹トレーニングは凄かったよ!30秒キープできたし。でも、お腹ポニョポニョなのは可愛いらしいね」


「触るな…おい!やめぃ///」


練習着の上から触ってくる彼女の手をその都度、止める。おかげで練習が終わった頃には他の部員の倍以上は疲れ果てていた。


⭐︎⭐︎⭐︎


「いやー、初めての部活動だったけど楽しかった。これも奏ちゃんがいてくれたお陰かも!」


「…そりゃどうも。こっちはシックスパックが出来るほど鍛えられたよ」


制服に着替えると彼女は喉が渇いたらしく、食堂まで向かい自動販売機にてジュースを2本買った。


「はい!今日のお礼ってやつかな、オレンジ味だけど」


「ん、ありがとう…あ、美味しい。2年もいるけど初めて飲んだかも」


「ほんとー?これめっちゃ美味しいから飲まないと損だよ〜」


雨脚が徐々に強まってくるのが食堂にいても分かるほどこの場所は静かであたりにいるのは数人の自主学習をしている人のみだった。

そんな中、雨がひどくなる前に帰りたく彼女に声をかける。


「松尾ー、もうそろそろ帰ろうや。雨も…」


「奏ちゃんって好きな人いる?」


「……は?俺は宮守先輩と付き合って…」


「違うよ〜、異性の好きな人ってこと。ちなみに私はいるんだ…すっごく奏ちゃんと雰囲気が似ている男の子」


何故だろう、ものすごく嫌な予感がする。

当たるわけじゃないけど、これは大きく掠るようなものがきそうな予感がする…


「でも思い出せないんだ。なんか頭に霧がかかっている感じで。でも、奏ちゃんに雰囲気が似ているからもしかしてって思ったんだけど」


「奏ちゃんが男の子だったらね」


その瞬間、心臓が飛び跳ねる感覚を覚えた。きっと彼女は男だった時の記憶を思い出しかけているのだろう。

けれど、きっとまだ気付いていない。


「ドキドキしちゃった?流石に私もそこまで恋愛感拗ねらせてないよ〜、またね奏ちゃん♡」


そういってペットボトルを捨て彼女は先に立ち去った。


(なんだよ、、、調子狂うなぁ…)


彼女がこのまま思い出し続ければそのうち男であった事を思い出すことができるだろう。


けれど、思い出したのち彼女はどうするのか

関係性は変わるのか、それとも告白でもしてくるのだろうか…


外をふと眺めると傘をさしてもびしょ濡れになりそうなほどの雨量。もしこの雨粒を全身に浴びても、この熱くなった身体は冷めることがなさそうな気がしていた

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