第7話 忘れませんよ。きっと必ず〜

「ねぇ、皆んなとご飯食べなくてもいいの?私的には嬉しいんだけどさ」


「んー、クラス一緒だしさ。休み時間ぐらいは好きな人と一緒にいたいじゃん?」


その日の昼休み、中庭にて俺と雫はお昼ご飯を食べていた。女体化して最初の日もこうやって雫とお昼を共にしたが、前回と違うのは彼女が前と同じように自然体で接してくれているという事だ。

1週間も経てば彼女も慣れたのだろうか、まるで他人と話しているような雰囲気はなく自然体でリラックスした雰囲気が漂っている。

「それにしても、まだ5月なのに蒸し暑いね。あんな蒸し風呂な体育館でよく動けまわることができるね」


「まぁ、女子にとって日焼けの方が嫌だから。メイクとか落ちたとしても女子しかいないから気にしなくていいんだよね」


なるほど、確かにそれなら人目を気にせずに楽しめるだろう。

こうやって女性として生きてきて、見方が変わってきたものがある。今の事でいえば女子だって男子のように動き回りたい、運動したいって事だった。

それまでの認識といえばダラダラと運動するイメージがあったが、それは男子の目がある中でのこと。


メイクが落ちる、体臭を気にする…それは男の目に映った際に幻滅されるのを防ぐためだった。

『美しく可愛らしい、それといい匂いがする』それが必須なのだから手を抜くに決まっている。しかし、同性しかいない状況ならそんなことも気にしなくていい。走り回ってボールを投げて、たくさん汗をかく。メイクや汗なんかは更衣室の着替えでメイクを修正したり、制汗スプレーをかけるなりすれば多少授業が遅れるとしても女子としての尊厳は護られるのだ。


「…男だったら一生、気が付かないことだったかもしれないな」


「そーなんです、女子は結構大変なんですよ」


結構大変なのは俺だって痛いほど知ってる。歩き方も男子の時のような歩き方をしたら榎本や千冬に怒られたっけ。『もっと歩幅を狭くしろ』なんて。


「それよりもさ、今日はだいぶ横になってるね?そんなに疲れたの?」


先程から昼食を食べ終わった後、俺は彼女の膝を枕に横になっていた。それも20分は同じ体制だろう。雫も少し不思議に思ったのか尋ねてくる。


「あー、これね。笑える話だけど男だった時のような配分で走ったらクタクタに疲れ果てちゃってさ…すんごい眠いの」


恥ずかしい…自分で言ってて幼い子みたいな理由じゃ無いか。恥ずかしさから鼻をかく。


「ふふふ…奏って男の時よりもさ可愛いくなったね。そうゆう反応が可愛らしいよ」


照れるからやめて欲しい。頬が徐々に熱くなってきて思わず顔を隠してしまった。

しかし、どうしてこうも可愛いと言われることが嬉しくなるのだろうか。男の時は可愛いと言われて大して嬉しくなかった、何かむず痒い感覚があったからだ。


(女性心理って事かな…なんか心まで女に染まってきたかも…)


俺もこれから身も心も女の子に染まっていくのだろうか。二次元物で言えば洗脳系かな、ただの同人誌のネタだろう。そんな風に意識を変えていかないと少し不安が浮かんでくるから。

友人との関係はきっと続いていくだろう、けれど雫は?今いる彼女とは別れてしまうのだろうか?俺とは言わずに私やアタシなんて一人称に染まっていくのだろうか。

好きな相手も雫ではなくて、他の男と付き合いたくなるのだろうか。


「ねぇ、何か考え事でもしてる?」


「….なんかさこれからどんどん変わっていっちゃうのかなって。」


「…それってどうゆうこと?」


彼女の優しい声に自然と思っていることを溢れていく。雫は俺の話を一切、遮ることなく『うん、うん』と頷きながら聞いている。彼女自身も考えいたことなのだろうか。途中、沈黙が流れ時間が空いたのちに『そっか』と短く返答をする。


「やっぱりそんな事を思っていたんだね〜。まぁ、私も人のことを言えないか」


「…で、雫はどうなの?俺自身はいつまでも好きなままだよ」


「そんなの決まってるじゃん、女の子になっても私は奏の彼女のまま。別れる気はさらさら無いよ…」


ふと、心が軽くなる。安心したおかげか目頭が途端に熱くなり熱を帯びてきた。彼女にバレないよう目を隠すように腕を置く。


「なになに?奏もしかして泣いてるの〜?可愛い彼女だなぁ〜」


「…うるせぇー」


好きな形はそれぞれだ、それがもし性別が入れ替わったって何ら変わらないだろう。その証拠は安心して流れたこの涙なのだから。

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