第6話 山脈振動
「はぁ…めんどくさ〜、私休んでいい?」
体育、運動が嫌いな生徒にとって1番嫌な時間。筆記の時間などは、ほぼ存在せず強制的に体を動かさなくてはならない為、インドアな生徒にとって苦痛でしょうがない。
そんな授業の中、ペアで柔軟をおこなっている華葉千冬は、まだ始まって5分も経っていないのにも関わらずため息と愚痴をこぼしていた。
「なぁ千冬。まだ、柔軟体操しかやってないだろう?そんなにため息をつくなって」
「奏はいいじゃん、体育得意だしさ〜。私、根っからのインドアなんだよ?体育なんかやりたくないのよ」
「それに、この時期から、うちの体育館って異様に蒸し蒸しするじゃん?これなら外の体育がよかったよ〜」
確かにまだ5月だというのに、ここ体育館は6.7月のような蒸し暑さのような状況だった。
まるでお風呂場かのような蒸し暑さの中で、消耗が著しいバスケという選択はあまりにも酷で、夏の水泳までもたないだろう。
「涼太が言ってたけど、うちの体育館って結構古いものだから耐震工事はよくやるけど暑さ寒さ対策は全く出来てないんだって。やるとしても、早くて来年から」
「俺たちは部活引退じゃないか…ついてないなぁ」
『千冬!黒瀬!ちゃんとやれ!』
熱血体育教師から響くようなお叱りを受ける。これ以上怒られるのも面倒なので2人して、ため息をこぼし再開する。
ダラダラと柔軟をしつつ他の奴らはどうなのだろう、と周りを見渡してみる。
榎本は流石、現役バレー部というだけある。
この体育館の暑さにも2年もいればなれるのだろうか。薄らと額に汗を滲ませているが、周りと比べて平然とした表情で柔軟をおこなっている。
そして、先ほどから楽しく会話をしているのは松尾灯(ひおり)だった。
男だった時から知っている、クラスのリーダー的な女子。
所謂、カースト上位のような存在にも関わらず悪い噂を聞かない女で俺も最初は少し警戒していた。
茶髪な髪色のロングヘアーに165cmと榎本とさして変わらない背丈、胸も程よく凹凸がありモデルのようなスタイルで、まさに男遊びをしていますよ、という雰囲気があったが入学して数ヶ月が経つと抱いていたイメージはアッサリと瓦解したのだ。
『え?灯ちゃん?彼氏いないよ。何なら女子と遊んでいた方が楽しいだって』
『灯ちゃんマジで優しいよ!いつも相談に乗ってくれるし!そこいらの男よりか、頼りがいがあるんだ~』
そう、彼女は見た目とは裏腹に分け隔てなく優しかった。登頂部から自分よりも弱い人を見下ろすのではなく、自分も下に降りてきてくれる。
それこそが、彼女がクラスの中でリーダーのように振舞える理由の1つだろう。
それに、決して男子に引けはとらないような姿勢が同性の目を集めているからだ。
「なぁ、千冬も松尾のことがすきだったりするの?」
「はぁ?あたしはそんな気は全くないんだけど。何なら、男の方が大好きだわ」
☆☆☆
「へい!パス!!前へころがして!」
準備体操とシュート練習やドリブル練習をした後は、四チームに分かれてクラス別の対抗戦が行われた。互いに練習の段階で暑さのせいかクタクタな状態になっているのにも関わらず、ダラダラとした動きに喝を入れるよう笛の音が響く。
俺と千冬は二番目のチームとして、榎本は第1チームとして出場。バラバラになってしまったが一緒のチームになった場合は、それこそ全力で勝ちを取りに行く榎本に合わせなくてはならない。真剣勝負が好きな彼女のことだ、きっとこちらがガス欠を起こしてしまうだろう。
(まぁ、のんびりとやっていきましょうか・・・)
試合開始と共に、ボールが高く飛ぶ。
しかし、この時はまだ知らなかった。女子のスポーツの怖さを・・・・
「はぁ、、、はぁっ、、、マジで!思っていたのと全然違うじゃん!!」
一言でいうと女バスをなめていた。
開始前はダラダラと準備運動をして会話をして、やる気などみじんも感じなかった連中がいざ試合開始のホイッスルが鳴ると徐々にやる気を出してさっきからコートの端から端までを走っていた。
まるで、シャトルランのように・・・
(こんなに動くとは思ってもいなかった、、、俺が求めていた華やかさは何処に・・・)
薄々気づいていたが、女子生徒となった俺の体力は平均としてはある方なだけで、男子の頃と比べたら全くと言っていいほど体力がなかった。あのテニス部で培われた無尽蔵の体力はいったいどこに消えてしまったのだろうか。
息が切れつつも周りの女子人は一生懸命にボール追いかける。
そこにはついさっきまで『汗でメイクが~とか汗の匂いが~っ』て言っていたのは噓なのだろうか。皆、額をぬぐったり胸元をパタパタと仰いでいる。
地獄のような湿度で尚且つ、俺を悩ませる点が二つあった。
(走るたびに胸が痛いし、あと脇がこすれてひりひりする~~!!)
走るたびにDカップの胸が揺れて大胸筋の付け根あたり(筋だろう)に痛みがこみ上げてくる。クーパー靭帯に痛みが発生しているのだろうか、脇が擦れるのは汗で濡れた体に密着している生地が擦れるだろう。
前半は飛ばしていたのにも関わらず、意識がそっちに行ってしまい後半はただ、シャトルランをしているだけだった。時計を見ると残り2分を示しており、とりあえず形だけでもいいから授業には参加していった。
☆☆☆
「はぁっ、、、はぁ、、、お疲れ様、、、」
息絶えた状態で榎本にゼッケンを渡す。「ここで休んでな」と言い残して彼女はコートへと向かっていった。
「なぁ、千冬。俺たち頑張ったよな?」
「うん、、、後は莉絵ちゃんが何とかしてくれると思う、、、てか疲れた~」
体育館の端に座り、試合を眺める。外から見るとこんなにも白熱していたことに熱を感じられた。そんな中、休憩をしていると向こうから声をかけられて、声の主がこちらに近づいてきた。松尾灯だった。
「お疲れ~奏ちゃん。めちゃくちゃ走っていたけど後半大丈夫だった?怪我したとか?」
「いやいや、そんなことじゃないよ。ただ・・・」
言いづらい、これが女子にとって恥ずかしいことなのだろう。もごもごしている自分を言えるまで待ってくれる彼女に我慢できず話をした。
「胸が揺れて痛かった・・・」
「ぷっ・・・!ふふふ、あははは!!それは大変だったね!ゆっくり休んだ方がいいよ」
「奏ちゃんも胸が大きいから運動するときはスポブラとかにした方がいいかもね!」
「あぁ、、、わかった。ちょっと買ってみる」
目の前にして話してみると彼女は一切、目線を話さない。だからこそ親身に聞いてくれると思うし、ついつい色々と話してしまうのだろう。
互いに近況を話しているといつの間にか後半戦は終わっていた。先生の笛の合図で、休憩をしていた私たちも前へ集まる。
「それじゃあまたね、奏ちゃん!あ、今度さ。その大きいおっぱい触らせてよ…」
「うぇ!?」
「冗談だよ~またね~」
きつい冗談過ぎる、、、バスケは終わったはずなのに何故かさっきよりも心拍数が早くなる。異性から同性になって彼女を見る目線が揺らいでいった。
(女子って怖いわ・・・)
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